第1章 第53話 序章 幻想よ、我が道を理想の元に成せ
肩から血が溢れる、先程の衝撃で左肩の骨は砕け、左は使い物にはならなくなった。
激痛が走る、何とか左肩の止血をするが耐え難い激痛、奥歯を噛み締めてなんとか意識を保っている。
「おっと久々に使うからな、ちょっとミスった喉に照準を合わせたつもりだが肩にズレてしまった、まあ次は完璧に合わせられるしそれより今の「雫月」は中々にきくぜ」
「がはぁ!」
立つことすらままならない衝撃が全身を襲う、何が起こったのか全くわからない、攻撃をしたら俺がダメージを受けていた。
「何をした⋯⋯」
「いやあ、俺はただ君の技に合わせて流れる力を返しているだけだ」
「⋯⋯合気か」
「ん? 向こうではそう呼んでいるのかな?」
なかなかに厄介だ、カウンターなんかよりもよっぽど厄介だ、ショックを吸収して跳ね返す、ゴムみたいな感じだ。
だがあれはそんな単純なものでは無い、斬れば斬られる、これがカルミア、まさに
「願ったり叶ったりな相手じゃねーか」
左手を捨て右1本だけで刀を持つ、激痛なんか考えてられるか、俺はこいつを倒すんだ。
「はあぁ!」
左肩から袈裟斬り、しかしカルミアには1つの傷もつかない、そして俺の左肩から右の脇腹まで浅いが1本大きく切られた。
「あ、がぁ⋯⋯」
「大したものだよ、この傷で立ち上がれるなんてね」
「っ! クソが!!」
斬る、斬る、斬る、斬る。
何度傷ついても立ち上がる、まだ負けていないからだ、まだ片手はは効く、足もまだ大丈夫、打撲とか骨折とかそんなものがどうした、まだ大事なものは折れたり壊れたりしてない。
片手で刀を握る、これが最後の攻撃、俺はそう思い思いっきり振り下ろす。
「いくぞ! 『八文字大天照』」
だがそれも通用しなかった、それどころか衝撃を返されることも無かった。
「晴人、君はよくやったよ、でもねまだここまで来てないんだ」
自分の顔が引き攣るいままで支えてきたものが一気に崩れ落ちる感覚がした。
「じゃあな」
そして剣でなく拳でとどめをさされた。
顔が上がらない、血が滴る音、激痛、そしてカルミアとの実力の差が背中にのしかかる。
息を吐けば負のイメージが湧く、息を吸っても良いイメージは入ってこない。
次第に手足が震え出す、恐怖に屈しているのか? 負けるという自分の心をへし折る言葉が脳裏に過ぎる。
呼吸は乱れ、早くなる、その度に恐怖が全身を舐め回すような気持ち悪い感覚が身震いを起こす。
「無理だ、勝てない」そう悟る。
「お前じゃ届かねーよ」
うるさい声がした、耳を塞ぐ、でもそれは直接脳内に、幼い頃聞いた言葉が蘇る。
「いいか、呼吸を乱しちゃいかん、もし負けそうになったら呼吸を正せ」
思い出す、一度深呼吸をする。
心が、負の感情が抜け出していく。
体を覆い隠してた身震いするような恐怖は消えてなくなり、自然と力が抜ける。
「ちっ、今日は言うこと聞いてやるよクソジジイ」
驚きを隠せないカルミアを見据え、俺は刀を握り直す。
「さーてファイナルラウンドでも始めようか」
「ふっ、心をへし折ったつもりだったのだがな」
「瞬間接着剤を使って元に戻した」
「あんたの師匠は最高だな」
「いーや人を森の中、刀1本で生き延びろって笑いながらぶん投げた男だただのクソ野郎だよ」
間合いを詰める。
一瞬にして詰められたカルミアは虚をつかれたような表情をした、俺は刀を振る、柔らかく力は無い。
すっと1本線を引くように、そしてガードしている刀に当たる瞬間。
「ふん!」
一気に力を込める、同時に呼吸も一気に吐く。無駄の無い力の伝達、そして呼吸の力、これすなわち。
「呼吸による剛の剣戟、真正面からガードをしてもこれは防げない」
「っ! 『斬り返し』」
まずいと判断したカルミアはタイミングは少し遅れたもののカウンターを仕掛けてきた。
「なんだ?!」
然し、返すことが出来ない。
簡単に彼の技を説明するならショック吸収だ。エネルギーを吸収しそれを跳ね返す、彼の場合はそれを極めて技そのものを返すことができるようになった。
だがこれには弱点がある、『吸収できる以上のダメージは返すことが出来ない』至極簡単な話だ。
カルミアは振り切った威力で吹き飛んだ。
「ぐがぁ⋯⋯」
明らかに先程とは違うダメージの入り方、これが剛の剣戟、カルミアの鉄壁の城壁が音を立てて壊れる感じがする。
「いける!」
更なる追撃を畳み掛ける。
大きく息を吸う、彼の目の前にゆく。
「はぁ!」
息を吐く、この瞬間、吐く力を利用した剛の剣戟は1秒にも満たない持続時間、その間に攻撃を仕掛ける。
あらゆる方向から剣技を繰り出す、辛うじて彼は防いでいるもののほぼダメージが入っている状態、もうこの一撃で沈む。
「っ!」
腹の傷が痛む、少し攻撃が遅れた、その隙を見逃さず彼は逃げる。
依然としてこちらが有利ではあるが何かおかしい、あれだけボロボロのはずなのに目が闘志に溢れている。
俺は聞きたかった、何故そこまで出来るのかを。
「闘剣カルミア、何故貴殿はそこまで闘うことが出来るのだ」
「何故とは?」
「俺にそんな真似が出来ないからです」
そう言うと彼は思いっきり笑った、腹を抱え、少し涙を流して。
「教えてやろう晴人よ、闘剣カルミアとは我が道を往く者とし、幾万の敵を見ようとも、たとえ肉は裂け、骨は余す所なく折れ、全身の肉は潰され壊されて尚その戦いに闘志を燃やし抗い続け闘い抜き勝ち取ったもの、貴様がいう言葉なんぞに耳を傾けるわけがなかろう、図に乗るなよ」
それもそうだ、愚問を聞いてしまった。
なら決めたここで決めると。
「最後の攻撃です、貴方を倒します」
そう言うと彼は笑った。
「ふふふははははははは、やはり面白いな晴人よ」
両者刀を構える。
「我が道は孤独の道なり、行く末に待つ末路は未だしれずただ剣を振り剣を研ぐ、やがて空気は裂け、音を捨てて光を超える、幾千と積み上げられた我が刀よ、幻想を抱く我が頂の元に夢幻の太刀筋を創り上げる! いくぞ
『六幻夢双大天霄』」
一太刀目、それは勝負を決定づけるものだった、自分の黒が闘剣の剣を食した。
闘剣は初めこそこれに驚いていたが、笑みを浮かべ「見事」と言った。
二太刀目、無抵抗、もう何もしてこないカルミア、頭上から刀を振り下ろす。
三太刀目、左右の肩から袈裟斬り。
四太刀目、胴体割り。
五太刀目、六太刀目、七太刀目⋯⋯。
連撃は止まることを知らない。それにこの技は大層な名がついて入るが簡単な話しこれはただの連撃。
だが一つ一つの技を極め、限界を超えるスピード、集中力、そして人体のあらゆる力を一太刀、一太刀繰り出すことによって敵は6回幻想を見る夢双技になると師匠は言っていた。
究極の1と相反する究極の無限、それがこの技だ。
「勝負ありだ」
そう俺は言って倒れた。
「ねえアメジスト、君が出るの?」
「ああ、私が出よう」
「まあいいけど大丈夫なの?」
「大丈夫さ、ハルも、カルミアも」
カルミアは連撃を受けバラバラにはなったものの死霊である為回復を待っている。
俺は倒れてもう1歩も動けるような状態じゃない、もう抵抗をする気力もない、だから彼が回復すればこちらの負けだ、回復出来ない事を願いたいがそれは今見ている限り不可能に近い、俺の負けだ。
カルミアは回復しかけの四肢を使って立とうとする。
「く⋯⋯くそ、負けるわけには!!」
「いーや君は負ける」
魔女が、嫉妬が目を覚ました。
それと同時に俺の意識が無理やり閉ざされる。
──意識は私に写った。
「少しおいたが過ぎたようだねカルミア」
「そ⋯⋯その声は嫉妬の魔女?」
「正解さ、っとさて君には礼を言うよ彼をここまで成長させてくれたのだからね」
「はは、私はただ勝ちたちが為に全力で挑んだまで、そして負けた」
「ふむ、その通りだね」
カルミアはか細い声で尚も続ける。
「彼は凄いよ、成長速度が私が出会ってきた剣士の中で比にならない」
「ふふ、そう言ってもらえると鼻が高いよ」
「でも一つだけ言っておくよ、彼はこの先心をへし折られる壁にぶつかる」
「だろうね」
「そこで君に頼みたい、彼を助けてやってくれ」
「驚いたな、君がそんな感情を持つとは思わなかったが言わずもがな、たすけるよ」
そう言うと彼は笑った、そして空を見上げた。
「弟分に見えるよ、あの気迫、もっと早く出会いたかった、心の底からそう思うよ」
「⋯⋯」
「彼に伝えておいてくれ、「桐太刀 晴人、君はこの先これ以上の壁に出会う、死ぬほど絶望するかもしれない、負けに屈するかもしれない、でもなそんな時こそ自分を信じろ、闘剣カルミアを倒したのだ、負けるんじゃねーぞ」ってな」
「ああ伝えておくよ」
そう言い私は両の手を広げる。
「カルミア、君の存在はこの世界に存在してはいけない、私が『嫉妬』してしまうよ」
心を焼く愛が彼を襲う、体は押しつぶされ、存在を塵にしていく、だがその表情はとても幸せそうだった。
「さよなら最高の剣士であり我が弟子よ」
「ありがとう師匠」
1粒の涙が流れた。
死んだ後、私は夢の中で1人弟子をとった。
彼は才能を持ち合わせてはいなかった、然し誰にも負けないその闘争心、自分にはなかったその感情が興味を持たせた。
彼はみるみる間に成長した、やがて剣の腕は英雄とされた者達と引け劣らないものになってきた。
いつしか彼は英雄と呼ばれるようになった。
私は彼の元から出ていく時全てを話した、ある人を自分はサポートしていかなくてはならない、そしてそれはいつかお前の弟分になるかもと、そう伝えると彼は笑った。
「戦ってみたいよ」
願いは叶ったかカルミア、そしてどうだった自分の弟分は強いだろ、でもカルミア、君も強かった、そして私の大切な立派な弟子だよ。
さてハルの傷は深い、正直私が出てきたのだが痛すぎて失神しそうな位だ。
まあ呪いの類では無い怪我だ、治すのは簡単。
「ハル、君が死ぬにはまだ早すぎる、もう少し生きてくれ、じゃないと私が『嫉妬』してしまうよ」
みるみるうちに怪我は治っていく、傷は塞がり血の巡りも良くなった。
だが彼の意識が戻るのはもう少し先だろう。
地べたに座り込む、空を見上げるがそこは一面白い雲がかかったような世界、ペンキで空を塗りつぶしたかの如く一面白い。
先程から感じてるこの世界の魔力、結界を超える「一定の区間の世界の塗りつぶし」に等しいものだ。
これ程の実力が彼らには備わっているのか、思わず恐ろしく思う。
まあだからといって私や他の奴らも本気で力を貸すわけにはいかない、あの日が必ずやってくるのだから。
しかしまあよくやったよ彼は、実力は向こうの方が余裕で上、そして敵の十八番フィールド、純然たる不利を背負いながらよくもまあ勝ったよほんとに。
「強いね君は」
思わず口にしてしまった、当の本人はと言うと夢の中にいるのだがまあ気にしないでおこう。
さて、疲れたしまあ敵は襲ってこないと踏んで僕は休憩でもしようか。
「後は任せているよ志龍君達」
────少し遡る────
ハルがカルミアを食い止めている間に俺達は逃げつつ門を目指す。
「走れ! これはチャンスだ! っておっと⋯⋯」
目の前に何十体もの死霊が現れた。
「お前達に構ってる暇はねーんだよな、一気に方をつける、1音 轟音」
死霊達は轟音に当たると次々と吹き飛んでいき、風穴が空いたようにそこに居た者全てを吹き飛ばした。
「特攻だ!」
ダッシュで駆け抜ける、音速を使ってもいいがこれからの勝負を考えて体力を減らすのだけは勿体無い。
まあどちらにしても疲れるのだが。
「美穂、プレア、シフォン、大丈夫か?」
「平気よ志龍」
「大丈夫なのですよー」
「大丈夫だぜ志龍」
と言っていると2人の足が門の手前で止まった。
唯ならぬ気配は俺も感じていた。
「勘弁してくれよ、ここまで来てたのかお前達は」
四王が現れた、その王としての風貌と言うよりも全てが規格外、力ですべて封じ込めるそんな王のあり方が見えた。
「さてお前ら、どう遊ばれたい?」
俺は両手を広げる。
「生憎、俺達はもう戦う相手が決まっている、お前達がそれでああだこうだ言うわけがないがまあ一つだけ言っておこう」
「てめえらが崇めてる怠惰にお祈りは済んだか?」
突然怒り狂ったように吠えた、まるで竜が吠えたかの如く天たかだかにその声は響いた。
そしてそれが戦いの合図になった。
「勝負だアダムス!」
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
────志龍対四王アダムス────




