第1章 第51話 序章 前夜 思いの丈誰が誰の為を思うか
開戦の日の前日、俺はその穴というものを見に行った。
少し夜が深まったそんな時間帯にコソッと抜け出して城壁を見に行った。
「ここか⋯⋯」
大人が1人通れるくらいの穴が言われてた所に開いてあった。
「そこで何をしてる」
後から声が聞こえた。
振り向くとそこにはシフォンの幼馴染と呼ばれる男性が立っていた。
「何って⋯⋯」
「大方シフォンに言われた穴を見に来てたんだろ」
「何処でそれを?」
「盗み聞きしてた」
という事はこの前話していた内容は全て筒抜けというわけだ。
「それで、どうするつもりなんだ?」
彼はハンドナイフを取り出した。
「お前を人質にして今回の件を止めさせる」
「何?」
正面から切りつけてきた、難なく避けたが、踏めこんだ足を軸にして後ろ回し蹴り、それも避けて撥を取り出して喉に当てる。
「んで、そうしてどうするんだ?」
彼は俺を憎むように睨んだ。
「もう無理なんだよこの国は! あいつに乗っ取られてから全てが狂った!」
「ああ、その通りだな」
「だから俺達は逃げたんだ! 平穏を求め最後の砦であるあそこに! でももしそれが崩れるなんて事があったらそれこそ全てが終わるんだよ!」
その通りだろ、万が一にもシフォンや俺達が敗北するなんてことがあったら洋館に居る人々は全て死ぬだろう。結局は彼女が頼み綱という訳なんだ。
「お前は誰か殺されたのか?」
「殺されたさ! 父さん! 母さん! 妹! 全員殺されたさ!」
地獄を見たのだろう、殺されるというとんでもない悪夢を、だからこそ生き延びたいと心から思ってるのだろう。
そして彼は歯を噛み締めて悔しそうな表情をした。
「もうだからよ、誰も失いたくねーんだよ、シフォンも皆も、志龍だっけ分かってくれよ⋯⋯」
「だが断る」
その言葉に彼は驚きの表情を隠せなかった。
「すまんが奴に因縁があるのはお前だけじゃない、だから俺達は倒しに行く、そしてシフォンも倒しについてくる」
この言葉に彼は激情した。
「なんだよくそったれが!」
撥を避けて俺に殴りかかってきた、それを避けて俺は彼の足を引っ掛けて転かした。
「なんだよ⋯⋯分かってくれねーのかよ!」
「分かるよそりゃ、お前が現状を、皆を守りたい気持ちなんて重々に理解出来る」
「だったら!」
「だがな、逃げてちゃ救えねえもんだってある」
彼は何も言えなくなった。
「いつか救われる、そんないつかっていう保証はあるのか?」
「それは⋯⋯」
「じゃあ作り出すしかないじゃねーかその救いを自分たちの手で」
「明日が必ず来るとは限らない、なら可能性が少なくてもいい方に動くのにかけてもいいんじゃないか、例えそれが悪足掻きでも、自分が生きた証になるんだから」
そう言って俺は彼に手を差し伸べて立たせる。
そしてぶん殴る。
体は宙を舞って地面に叩きつけられた。
「少なくともあいつは逃げてない」
後ろを向いて俺は洋館に戻る。
「幼馴染である、お前が支えてやらなくてどうするんだよ、腹決めろや」
そうとだけ言い残して俺は歩き始めた。
彼の表情がどうなっていたかなんてどうだっていい。
────足を止める。
醜悪なその姿はかつて笑顔に満ち溢れていたであろう王国の人々とは似つかない。
「死霊」
夜が深まり徐々に力を帯びてきた浮浪人の死霊達が目の前に十数体いる。
俺は冷気を漂わせる。
「すまねえな、生憎今日はシフォンはいない」
両腕から魔力を放出させようとした瞬間、彼が飛び出してきた。
「邪魔だ、土塊に帰れ」
ハンドナイフで1体、2体、3体と一刺しずつ入れていく。
すると刺された死霊達は体から煙を出して崩れていった。
数秒程ですべてが事片付いた。
「お前⋯⋯それは」
「俺はシフォンの様なピンポイントなもんじゃ無い、『朽ちの加護』ほぼ全てのものを朽ちさせる事が出来る」
ハンドナイフをポーチにしまって、土塊となった者の元に向かって手を合わせる。
「助けられなくてすまなかった」
そう言い残して俺の目の前に立つ。
「俺は臆病だ」
「そうだろう」
「すぐに逃げるし、あれだけシフォンが危険にさらされても助けに行くのに足が竦む」
「やばいなお前」
「こっから先も逃げるだろう、だがな」
少し彼は笑った、何かが吹っ切れたそんな顔になった。
「覚悟は決めた、逃げながらでも俺は戦う、戦いからは逃げない、それでいいか志龍!」
俺も思いっきり笑い返す。
「満点の回答だ!」
普段は厚化粧をして皆を引っ張っていくそんな彼の最も不細工で不格好な回答。
だがそれこそが彼のスタイルなのだろう。
逃げて、怯えて、だが剥がした厚化粧の中にある信念、それこそが彼の最高の武器であり持ち味なのだろう。
「恥を偲んでじゃあどうしようもねえ、赤っ恥をかくくらいが丁度いいんだよ」
なんか吹っ切れたというよりも開き直ったって言った方がいいのかもしれない。
「だからよ、そっちは頼んだぜ」
そう言い残し彼は洋館に戻った。
「ああ、任せろ」
彼の後ろ姿にそう言葉をかけた。
「そこにいるんだろ怠惰」
忌々しい名を口にする。
後からケタケタと笑い声が、聞き覚えのある声がする。
「よもやここまで来てしまわれるとは、貴方様も中々に勤勉なのですね」
「まあな、それよりも本体じゃないってのはどういう案件だ?」
そこには死霊が1人見るからに奴とは違った。
「今回は意識をリンクさせてあるだけなのです、今貴方様の元へ向かえば確実に殺されますからね」
少し笑い声が含まれているのが気に食わない。
だがその気持ちを押し殺して俺はさらなる質問を重ねる。
「なんでこの国に手を出したんだ?」
「彼女が必要だったんですよ」
「シフォンが?」
「ええ」
奴は手を広げて空を仰ぐ。
「彼女こそが! 神が示した必要人物! 彼女を手に入れるために私はこの国に赴いたのですよ」
その言葉に俺は唇をかんだ。
「ならなんで周りの住人にも手を出したんだ、そしてなんでシフォンを捕まえなかったんだ?」
「それが神が示した彼女に与える試練なのですよ、そしてそれをクリアしてもらわなければならないのですよ」
何ともまあふざけた神とやらだ。
「最後に一つだけいいか?」
「ええ、何なりと」
「神とやらに伝えとけ、必ずぶっ倒すってな」
そう言って死霊の体を切り刻み凍らせる、こうすれば再生出来ない。
「お前もな怠惰」
俺は思い出す、美穂の両親が殺された日を、ルーベル学園を襲撃された日を。
沢山の人々が殺さ、笑顔を奪われ、絶望の淵に落とされた。
そして涙を流しながら生きている。
全ては神がそれを必要としていたから。
「ふざけんなよ」
ただ一つのことを成し遂げたいが為に人々を巻き込んで、すべてを奪ってきた。
自分一人では出来ないが為に多くの人々を使い捨ててきた。
泣き叫んでも、逃げ回っても、何をしても無駄。
「何が神だ、クソ野郎の間違いだろ」
地面を蹴る、そんなことをしても無駄だってことは重々に理解している。
今はまだ居場所すら分かっていない、だがいつか来る、奴らとの決戦。
今はまだその始まり、だがこの始まりこそが大切なんだ、ここでつまづいているようじゃ話にならない。
まずは怠惰、奴を倒す。
そして最後には神とやらを倒す。
「首洗って待ってろよ黒魔道教」
因果は繋がっている、ただ一つ失われた場所、『ロベン』という点で。
そして奴らはそれを知っている、切れることの無いこの一転に関して奇しくも深い繋がりがある。
「ふっ」
不意に少し笑ってしまった。
いや、結局は俺はそこなんだなって、どんな憎悪も感情も、すべての延長線上にはそれがあるのだなって。
なら、奴らもそれを求めるなら、勝ち取るしかない。
清々しくはない、ただ段々と目的が明瞭化してきた。
空を見上げる、曇が無い、美しい空がそこにはあり満天の星空が広がっていた。
決戦前夜、その星を見ながら俺は帰路にたった。
洋館に戻って自分の部屋に入った、まあ自分の部屋と言っても美穂と2人部屋で共有しあっているって感じだ。
男同士で無いのはプレアがハルを離さなかったからだ。
部屋に入るとそこには美穂がいた。
何となく気まずかった。
「どこいってたのよ?」
美穂が不機嫌な声で呼びかけてきた。
あのぶん殴られた日からあまり声をかけてもらえなかったので正直ちょっぴり嬉しい。
「いや、穴の確認に行った」
「誰と?」
「1人だ」
「ほんと?」
「ああ、ほんとさ」
ベットに寝転がって俺は天井を見る。
暫く沈黙が続く。
「⋯⋯1人にしないでよね」
俺は思いっきり美穂の方を振り向く。
迂闊だった、いや俺は馬鹿だった。
美穂を1人にするなんて、仮面を外して素の美穂に戻っているのにそれに気がつけなかった。
「すまん⋯⋯」
「嫌なのよ、もう1人になるのは⋯⋯」
体が震えていた、表情は見せずとも理解出来る。
「美穂⋯⋯」
「居なくならないでよね志龍、耐えられなくなるくらい怖いから」
俺は美穂のベットの方に行き彼女の手を取る。
少し驚いた表情をしていた。
「自分の事ばかり考えてた、すまねえな」
と俺は気づかれないように氷を作ってそれを軽く投げる。
見事にそれは彼女の服と背中の間に入った。
「ひゃっ!」
いきなりの事に驚いてこちらを見ていた。
俺は少し笑って。
「すまねえ、いやほんとに」
「何すんのよ!」
顔を赤く染めてこちらを睨んでいた。
俺は頭をぽんと撫でる。
「少しばかり元気になって欲しくてよ、お前をほったらかしてたのは本当に悪かったって思ってる、だからこそよ元気を出して欲しかったんだよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「俺も同じだ、お前を失いたくない、だからこそ今回も絶対に勝つ、怠惰を倒してみんなで笑おうや」
「志龍⋯⋯」
「安心しろ、俺は絶対にいなくならねーよ」
いつもの様に、魔法の言葉をかけるように言う。
彼女との合言葉みたいになっている。
何故こんなことを言うのか、それが美穂が1番安心できる言葉だからだ。
美穂も笑った。
「分かった、約束よ」
そう2人で笑いあった。
──夢を見た。
世界が揺れ動く。
これから始まるのは大戦の序章、即ちプロローグだ。
かの者は夢を見た、理想の上に自分が立っている夢を見た。
下を見ると花が咲いていた、1輪摘もうとすると、花は腐った。
それに便乗して他の花達も腐った、土も腐り、空気は汚れ、見上げた空はどす黒くドブでもぶっかけたようだった。
次第に自分も腐っていった。儚き幻想は死を告げて、愚かな愚想へと成り果てた。
いずれやってくる世界の変容は誰の手によってなされるのか、若しかしたら、この世界がそれを望み自ら変えるのか。
誰もまだ知りえない、だが必ず訪れる。
特異点は結ばれ1つの糸となった、小さな点は集まり大きなものとなり、その繋がりは確固として切れたり無くなったりすることはもう絶対ない。
最悪はその手中にあり、絶対悪として未来の変容を眺めていた。
まるでそれが起こりうることを知っていたかのように、全てがわかっていてそれが起こっているだけ、そう思わざる負えない位静かに眺めていた。
彼は決して神ではない、特別な人間ではない、ただ巻き込まれたのだ。
この全ての始まりは彼の妄執、終わるのは彼の物語が終わる時だ。
これが何を意味するのか、彼の者のとは誰か俺には分からない。
ただ始まるのだなと理解した。
誰が何を思い、その先に何があるのか。
誰も知らない物語が始まる。
────決戦前夜────




