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第1章 第45話 序章 刀を制し剛を制するもの

 昔、時代劇を見たことがある。

 満月の夜に己と己の刀を、身をぶつける。

 その姿に目が釘付けになった。

 プレアはそれを見て「まだ子供なのですね」と言っていた、まあそうなのだろう、純粋無垢な子供、ドラマというフィクションに憧れを、夢を抱いた。


『こんなふうになりたい』


 今となっては、所詮子供の夢、絵空事と捉えていた、だが空想が現実に起きた、月の夜に武士が2人、このシチュエーションに思わずほくそ笑んでしまった。


「? どうかされたのですか?」


 不思議そうにサルワが呟く、俺は正面を見据えて


「いやぁ、良い奴と戦えるんだ、最高だろ?」


 事実、サルワは強いだろう、目は穏やかで近所にいる優しい獣人族と言われても何もおかしくない。

 だが純粋に隙がない、どこを攻めいる想像をしても必ずガードやカウンターをされる。

 だから俺はあれを『無我の境地』死のイメージを与えるあの技を使った、結果はと言うと、


「晴人さん、そんな猿の小業私には通用しませんよ」


 優しい口調で驚くべきことを吐いた、これはかなりの強者だ、それに思わずにやけてしまったのは内緒だ。


「さて、そろそろ私達も始めましょうか」


「ああ、そうだな、楽しい事を延ばし延ばしされるのは俺も嫌いだしな」


「ほっほっほ、待ちきれないのはやはりまだケツの青い餓鬼、いや猿と言うわけでしょうか」


「おっさんこそ口には気をつけとけよ、だっせー負け方してクレナさんとかに失望されてクビになった時用のハローワーク位準備しとけよ」


 お互い笑い会う、だがその目は笑うどころかどんどん睨みをきかせる、やがて口も笑いが消えて、棒読みの笑いがここに響き渡る。

 そして暫くの静寂が訪れる。

 刀を取り出す。

 至宝の黒刀に黒を纏わせる、麗しき漆黒の黒刀は光をも飲み込み自身の刀身は恐れるくらい美しい。

 対するは背丈の3倍はある太刀、その精巧な刀作り、繊細さが際立つ逸品、名のある名刀に間違いは無い、だが鞘にあるあの7つの宝玉、7色の宝玉は美しくもどこか不気味な光を放っている。


「じいさん、良い刀持ってんじゃねーか」


「ほっほっほ、そう仰って頂けるとは、誠に恐縮にてございます、しかし晴人さんの刀も中々の名が通るものでしょう」


 実際、俺の刀は名が通るのだろう、だが俺にそれは関係ない。

 名など副産物、欲しいものは勝利、それだけだ。

 勝利の為に俺は吠える。


「潰させてもらうぜじいさん!」


「威勢のいい若造が、その虚勢、地にまで落としてくれるわ」


 お互いがお互いの間合いに入る、刀と刀が交わる。


 刀が触れた瞬間解った、これは駄目だと。

 一撃目、俺は『剣喰い』を発動した、いや対決を楽しむ俺からしたらそんな手最悪の悪手だ。

 だがこれはある仮説を確かめるためでもあり、何ならあえて言おう、

『こいつはそうでもしなきゃ先手を取れないし、悪く進めば負ける』

 俺は勝負を楽しむことを最優先しているが、それは勝利あってこそのものだ、勝てない相手に先手や流れを奪われるなんて事は絶対にしない。

 そして勝てるのであれば楽しむ、それが俺だ。

 さてそれ以上にこの刀について解った、『剣喰い』による先制攻撃は結論から言うと失敗、いや俺の刀、叢雲剣(むらくものつるぎ)がこれを好まなかった。

 チョコ嫌いの前にチョコを出したところで無駄というのと同じだ。

 つまりはこいつが嫌いとするものがあれだったというわけだ、そして仮説が定説に変わった。


「やっぱそれは『魔刀 天喰(てんくい)イ』だったか」


「ええ、そうです、よくわかりましたな晴人殿」


 魔刀は簡単に言えば妖刀の上位格、厳密い言えばもう少し変わるが、魔刀はそれぞれが呪いを持っており、扱いを間違えればその人は魔刀に殺される、だがその分能力は絶大、妖刀異常の諸刃の剣だ。

 それに、あの7つの宝玉は伝説の七龍の宝玉、その呪いを受けたのがこの刀。誰でもこれは知っている。

 これを作った職人自体が妖刀作りに名を轟かせていた人だった、だがその人ですらこの刀はこう評していた。


「天喰らう呪いの龍の刀」


 魔刀に相応しい言葉を残し、この刀を打ち終えた後、2週間も経たないうちに死んでいるらしい。

 そんな刀と1戦交えられる、まさに


「願ったり叶ったりだぜ!」


 今まで抑えてきた殺意を一気に放出する。

 澄んだ空気の中に殺意が充満する、俺は機嫌よく笑い刀でサルワを指す。


「いいね、そうでなくっちゃ、でも分かってるか今からあんたが戦うのは空を割り、大地を裂く、豪雲、轟雷、妖刀叢雲剣だ」


 その刀身はいっそう光を飲み込む闇に変わった、戦いたかった敵が目の前にいる、刀も喜んでいる。

 全てを喰らう剣、対するは天をも喰らい、七龍の呪いを受けた魔刀、相手にとって不足なし。

 一太刀が胴を抜く、それを刀を使って受け止め返し頭から断つ。

 だがそれも止められる、少し間合いをとって体制を立て直す。

 だがそんな時間も与えてくれるはずもない、少しの油断を見逃さず、突きを繰り出した。

 普通の太刀の倍はある長いリーチから繰り出される突きは思っているよりも何倍も早く間合いを詰めてくる。


「はっ! 太刀使いの突きの対処法くらい心得てるよ!」


 峰同士で打ち合わせる、力で持っていかれないようにしっかりと力を入れて、そうすれば相手も攻撃ができない、そのまま俺は距離を詰める。


「成程、そのような事が出来るとは、いやはや世界は広い」


 と感心している、距離が俺の間合いに入った、そこで俺は思いっきりサルワの太刀を払い攻撃を仕掛ける。


「ですが少しばかりハル殿は刀にとらわれすぎですぞ」


 はらった勢いを使って上に投げる。

 サルワはそのまま体制を低くして一気に距離を詰めてきて、


「頭を使え」


 鳩尾を殴られ鈍い痛みが襲う、息が暫く出来ずに俺は悶え苦しんでいる。


「がぁ、ぐ、がはぁ⋯⋯」


 口から血が出てくる、血の生臭い味が口の中に広がっていく、内臓がグチャりとやられた音がした、肋骨も今の衝撃で下の2本が折れた。

 前を見ると上から落ちてきた刀を受け止めその場に突っ立っている。


「刀ばかりに囚われていると足元を掬われます、故に剣士にとって体術はそれなりに学んでおきそれを使えなければなりません、ですがそれが出来ていないハル殿を見るとやはりまだ」


 少し見下して


「幼稚な餓鬼ですぞな」


「野郎っ!」


 頭に血が上ってしまいいつも通りの剣捌きというものが出来ず全て裁かれて次は蹴りを、また挑むが同じようにされて次は顎にアッパーを入れられた。


「ぐがぁ!」


 脳が揺れて一寸先の景色すら歪んで見える。

 そして脳の錯覚かどうは分からないがサルワがとてつもなく大きくまるで妖怪にも見える。


「若造如きにこの領域はまだ早かったようですね、まあまだステージはあるのですが、これは少々期待はずれでございましたな」


 と高笑いをしていた、俺は息を荒らしながらも睨みつけてその場に立つ、だがそれを見て哀れそうな目で


「ふむ、流石の図太さ感心しましたぞハル殿、ですがその怪我で戦っても無意味だと思うのですが⋯⋯」


「⋯⋯しるかよ、てかそれをおめーが決めんじゃねーよ、俺がまだまだだと言ったらまだまだなんだよ!」


 訳も分からず俺は叫んで突っ込む、そんな俺を見て一息ため息をついて


「無駄だと言っておるだろうが」


 太刀筋を避けてそのまま太刀を振り回す、俺はそれを受け止めたがあまりの力に押されてしまって少し隙ができ、そこにまた次は


「ふん!」


 膝蹴りが腹の中心に入った。

 沸騰したヤカンから湯が溢れるように一気に血が出てきた。

 血と一緒に吐瀉物が出てくる、胃酸の酸っぱさが口に広がり血の味と混ざりあう。


「ふむ、ここまでピンポイントに内臓をやられてしまってはどうしようもないでございましょう」


 息が苦しい、必死に酸素を取り込みながら睨みつける、その姿を見て笑いながら


「はっはっは、流石に息苦しいでしょう、まるで死にかけの猿そのものですな」


 なすがままにやられ、言われるがままに言われた。

 地に膝が着き、立ち上がることが出来ない、なんて言うわけない。

 震える足を無理やり立たせ、体を持ち上げる、それを見て舌打ちをして


「その執念深さはまさにゴキブリ並ですな、少し侮っていましたぞハル殿」


「ですが」と続き、太刀を持ち上げる


「これで終わりですぞ」


 右肩に向けて振り下ろされる、もう避ける気力がない、成すがままにそれを受け入れる────


『ほんとにそれでいいのか』


 いいわけあるか、ならお前ならどうするんだ


『決まっている、この危機的状況、そして最悪な状況、押してダメなら』


 引いてみろってか


『考えて、押し倒せ』


 それ考える意味ある?!


『まあそんなもんさ、てかそろそろ俺を使えよ、イライラしてんだけど』


 ────、ああ、任せたくはなかったが分かった頼んだぜ『憤怒の魔女 ローズクォーツ』


 瀕死であった俺の体が全力で振り下ろされた彼の太刀を止める、どこからともなく湧いてきた力にサルワは混乱している、


「さて、遊びはこれで終わりにしようか」


 瞬間、サルワの体が宙を舞い吹き飛んでいった。

 家にぶつかり血を流し何事かとこちらを見る、その目は焦りが見えた。


「誰だ貴様!」


 少し顎を上にあげて彼女は答える


「ふん! 俺の名か、そうだな『憤怒の魔女 ローズクォーツ』とでも名乗ろうか!」


 七大罪で最も凶暴な魔女が目を覚ました。




「ああ、イライラするぜほんとに」


 憤りを隠せずに地面を蹴る、


「せっかく来たのに志龍はいねーし目の前にはじーさんだしああもうふざけんなよ!」


 と理不尽なキレ方をする、これが彼女ローズクォーツだ、憤り、怒りを体現した人物、そして超が付くほどの戦闘人、目が覚めては志龍に喧嘩を売り、他の魔女ですら止められない問題児だ。

 だがそのセンスとスキルは一流、体術で七大罪と同等にやり合える、天性の天才肌という訳だ。

 そしてその能力は


「うるぁ!」


 拳が飛んでくる、サルワはガードの体制に入ったがそれは無駄だった、ガード上から殴った。


「っ! な?!」


 ガードしたはずなのにそれでも物凄い強烈な拳が彼を襲った、ガード無視の攻撃、だが本来の彼女はそんなパワーを持ち合わせてはいない。


「ああ、イライラするぜ! ほんとに八つ当たりしたいくらいだ!」


「な、なぜ⋯⋯こんな力を⋯⋯」


「はん! 俺の脳力は『感情の増強』怒りの感情が強くなればなるほど俺のパワーは増す、俺にうってつけの能力だぜ」


 これが彼女『憤怒の魔女』の能力だ。

 故に彼女は世界中のどんな事にも怒りを覚える。

 故に彼女は世界中のどんな事にも憤りを感じる。

 それが彼女であり『憤怒の魔女』という存在を表している。

 世界中のいかなる事にも怒り、憤りを覚えその力を怒りの権化であるこの世界の為に奮い、ソロモンを倒した七人の魔女の一角に成り上がった。

 彼女は不敵に笑う、両手を広げ大きな声で叫ぶ。


「さあ、処刑の時間だ! なるべく早く片付けさせろよ、さもないと」


「地獄を見るぜ」


 処刑の時間(ショータイム)が始まった。


 1歩踏み出す、また1歩と、ゆっくりと歩きながら近づいていく。

 その表情は怒りを抑えられないながらも余裕があり、逆にサルワは焦りを感じていた。

 それは「なぜ、こんな無防備に歩いてくるのか」という疑問だろう。

 だが彼女にそれは通用しない、彼女の体術のスタイルは変態的攻撃型、つまりは型に当てはまらないスタイル。

 彼女に型など必要ない、センスと磨かれた感性でその場その場に応じた最善に等しい手を直感で見つけ出し攻撃をする。これによって敵は攻めにくくなるし読みが出来なくなる。

 まさに天性の才能、体術で彼女に勝つことのできる奴なんて、どこかの天才以上の天才か神様だろう。


「さーてかかってこいよ」


 プライドというか自尊心を煽られてサルワは下唇をかんで、


「その腐った面、二度と鏡を見れないようにしてやるわ!」


 刀勝負はどこに行ったのやら、サルワは殴りかかってきた、それを避けてサルワの顔を掴んで


「はいどーん!」


 地面に叩きつける、顔は地面にめり込んで、その一帯に小さなクレーターが出来上がった。

 何が起こったのか分からないサルワ、めり込んだ顔を地面から起こし、警戒しすぐ後ろに下がる。


「いい野生本能だ、でもなそこはまだ俺の射程圏だ!」


 来る、構えからしてあの技が、攻撃を極めた彼女の取っておきの技第一弾、


空砲(エアーガン)


 そう言い、1度思いっきり拳を何も無いところに打つ、普通ならそれで終わりだ。だが彼女は違う、拳を打ち、一瞬の間が空いた後にその付近にあった家屋が全て跡形もなく消え去った。

 文字通り跡形もなくだ。


「うーん威力ミスったかな」


 これが空砲(エアーガン)、原理は空気砲とほぼ同じ、空気を圧縮させてそれを放つ、だが彼女はそれを筒のような物も無しにやってしまう、以前どうやっているのか聞いたところ


「ん? んなのどーん! とやってぱーん! ってやったら出来んだよ」


 とまさにセンスの塊のような発言をしていた。

 改めて思う、まさにローズクォーツは体術の天才だと。


「ん? なんだもう起きたか、よく寝られたか」


 その体はボロボロだった、さっきの一撃により全身にダメージが、恐らく骨も何ヶ所か折れているというものではすまないくらいだ。


「流石、体術だけでその名を憤怒にまでのし上げたお方だ、実力不足を痛感、いや赤子の手でも捻られているそんな感覚がしてなりませんでしたわ」


 そう言って歩いて向かってくる、だが先程とは全然違う雰囲気を、殺気を出している。


「おうてめぇまだ何か隠してやがったか」


「さてハル殿、先程この刀は私の身の丈には合わないと思っておられましたでしょ」


 俺の意識に変わる、


「ああ、そうだが」


「それもそのはずです、これは()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()


「なに?」


 するとサルワの筋肉がいきなり肥大化した、上腕二頭筋が、大胸筋、大腿四頭筋、大腿二頭筋、体のあらゆる筋肉が大きくなり、それと伴って身長もありえないくらい伸び上がった。


「これは獣人族の中でも珍しい『獣化(ビーストモード)』という能力です、普段は普通の人とかと変わらない体つきをしていますが、意思や興奮によって獣になる、身体中の筋肉が肥大化し、背丈も何倍も高くなる、そして」


「私の場合この刀が丁度いい位になるのですぞ」


 俺の背丈の3倍はある怪物が月を遮りその白い髪を靡かせている。

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