救いようのない超絶下劣で吐瀉物の如きクソ殺人鬼のゴミ野郎に告ぐ
それは1月末の極寒の北海道で起きた殺人事件であった。スキー場に隣接したペンション「スペシャル・ホワイト・カントリーハウス」の厨房にて老人の絞殺死体が発見されたのである。被害者は事件の舞台となったペンションのオーナー、原内康夫。年齢は75歳。ニット帽をかぶり白ヒゲを蓄えた老人だ。人に恨みを買うような人物ではなかったという。
事件のあった夜は低気圧がもたらしたブリザードによって、このペンションは孤立しており、被害者オーナーと客を含めて中にいた7人はこの晩はペンション内に閉じ込められていた。
警察の調べによれば、外部からの侵入者と思われる形跡も確認されなかった。
つまりこの殺人事件の容疑者は、当時ペンション内にいた被害者オーナーを除く6人に限られているのである。そしてこの6人について簡単に紹介したい。
まず被害者オーナーの妻である原内和子72歳と、その息子の原内康孝36歳。この2人は被害者の遺族であるとともに、現時点では犯人である可能性も捨てきれない。
3人目の人物は20歳の女子大学生の中島椿。彼女は冬季限定のバイトとしてオーナーに雇われていたようだ。
そして客としてペンションに泊まっていた社会人カップルの田口義男26歳と川山春香23歳。大柄な田口と小柄な川山の凸凹カップルは、スキーをするために東京から北海道まで来たという。
(この川山春香は第一発見者でもある。明け方には厨房で絞殺死体となっていたオーナー。第一発見者となった川山春香が警察と救急車を呼んだ)
最後の6人目は謎めいた一人客であるコートの男、坂上三郎48歳。札幌から来たというが裏は取れていない。室内でもサングラスを常にかけていてその心の内を図ることはできない。
通報を受けてペンションに到着した警察は、ペンション内をくまなく探したが、この6人以外には誰もいなかったことが確認された。
つまり6人の中に、ペンションオーナーを殺した人物がいる!
○○○○
時刻はちょうど正午。昨晩のブリザードから一転して澄み渡った青空の下、1台のパトカーがペンション「スペシャル・ホワイト・カントリーハウス」の駐車場に停車した。
パトカーの中からコートを着た男が降りてくると、ギュッ、ギュッとパウダースノーを踏みつけながら、ペンションに向かって進む。齢45歳の彼は刑事であり、その名を本郷実道という。
本郷刑事は薄着で極寒の地に来てしまったことを後悔していた。
「さ……寒い。メッチャ寒いぞっ。そして雪が深い!こんなところで殺人事件など起こすんじゃないよバカ野郎」
愚痴りながらペンションの中に入った彼は、先に現場に入っていた佐川巡査からの報告を受けた。
「……というのがこれまでの調べで分かったことです本郷刑事。犯人はこの6人に以外にありえません!」
「報告は分かった。では佐川巡査。彼らをこのロビーに集めてくれ。早くな。とっとと解決させよう」
「そ……それではアレを?」
本郷刑事の指示によって6人はペンションのロビーに集められた。本郷刑事は彼らに挨拶をした。
「え~。刑事の本郷です。この度は皆様は不幸にして殺人事件に巻き込まれたわけですが、これから色々とお話させて頂きたいと思ってとります」
被害者の息子である、原内康孝は本郷刑事に訴える。
「刑事さん!犯人はこの中にいるんだろ!?早く捕まえてくれ!親父の仇をとってくれ」
すると客の1人、田口義男が血相を変えて怒りはじめる。
「勝手に俺たちが犯人みたいに言わないでくれ。そういうアンタこそ怪しいんじゃないのか!?」
「な……なんだと!俺が親父を殺したと言うのか!」
取り乱した原内康孝は客の田口に掴みかかったところを、佐川巡査に羽交い締めにされた。
「落ち着きなさい原内さん!本郷刑事がすぐに解決してくれます」
本郷刑事は手を伸ばし、原内康孝をロビーの椅子に座るように促した。原内康孝は田口を睨みつつ、しぶしぶ椅子に腰掛けた。
「それでは私から犯人の人物像について、現時点で類推できることをお伝えしたい」
佐川巡査は拳を握りしめる。今から名物の本郷節が炸裂するのである。本郷刑事は6人を一瞥すると、犯人の人物像について独創的な見解を述べはじめた……。
「まず確実なのは犯人には自首する気配がないことです。このことから察するにオーナー殺害犯は超絶変態ゴミ。人間としてゴミ。まあ殺人やる奴なんてゴミに決まってますが、しらばっくれてこれから楽しく人生送ろうというその根性はキングオブ超絶変態ゴミ野郎。ようするに吐瀉物のようなクッサイ人物なのですな。これはもう確定」
突然に自首しない犯人への罵倒をはじめた本郷刑事に6人は唖然とする。「この人は何を言ってるのか?」という表情を浮かべたのは田口の恋人である川山春香だ。しかし本郷は彼女の冷たい視線などお構いなしに、女子をドン引きさせるような話を続ける。
「まあ犯人の人格は肛門についたウンコみたいに薄汚れていることは間違いありませんな。実にクッサイウンコです。ウンコ野郎と呼びましょう。さあ皆さん復唱してください!」
復唱と言われても一同はワケがわからない。原内康孝は返事に困った。
「へ……?我々が言うんですか今のを?」
「何か不都合でも?さあ皆さんご一緒に。犯人は超絶クッサイウンコ野郎~」
本郷刑事の声にあわせて6人にはしぶしぶこの糞下品なワードを復唱した。
「は……犯人は超絶クッサイウンコ野郎……」
ここからが本郷節の真骨頂である。本郷刑事は「犯人像を伝える」と称して、ひたすらこの6人の中にいるであろう犯人をディスりまくった。
彼の口から発せられる罵詈雑言は想像を絶するもので、もはや文章にして書き記すことも憚られる。放送禁止ワードに相当する言葉を連発した際は、川山春香の顔を恥ずかしさで紅潮させた。
「私の推理では、犯人はおそらくイン○ンタムシで、奴の○○は宇宙1汚れてることは間違いない。○○○の○○○は○○○で○○○だろう。犯人の母親もこんな○○○野郎を産んだことを後悔してるはずです」
本郷刑事によるシュールで下劣な独演会は30分に及んだ。いい加減、聞いている6人が疲れ果てたことを感じ取った、本郷刑事はようやく話を変える。
「ところで坂上三郎さん。そのサングラスを外してもらえますか?」
「え?構いませんが」
謎めいたコート男こと、坂上はサングラスを取った。サングラスの下の彼の目はチワワのようにつぶらな瞳だった。
次に本郷刑事は、疲れた様子でカウンターにもたれかかっている田口義男を見た。彼の目は真っ赤に充血している。そのイライラした様子からは、腸が煮えくり返っているようにも見える。
「大丈夫ですか田口さん?目がバッキバキになっていますが」
田口は不機嫌そうに答えた。
「我々は事件に巻き込まれた被害者です。なのにこんなふざけた遊びに長々と付き合わされるなんておかしいじゃありませんか!俺の目だって、おかしくなりますよ刑事さん」
その声は怒りに震えている。
「田口さんのお怒りはごもっとも。しかし田口さん。それもこれも糞犯人のせいなのです!皆さん。糞ゴミ犯人に怒りの気持ちをぶつけましょう。『この糞ゴミ変態人殺し野郎!お前など往復ビンタ10万発もらって死ね!死ね死ね死ね!』はいどうぞ」
田口の顔が青ざめだした。
「まだ言うのかよ……」
川山春香は恋人の様子に戸惑っているようだ。こんなにイラだつ彼を見たことがない。
「田口さんどうしたの?この刑事さんはオカシイ人だけれど、気にせずながしていればいいじゃない。別に貴方の事を言ってるわけじゃないんだから」
「……そうだね。しかしいい加減にして欲しいもんだ。30分もクソ話を聞かされる方の身にもなれってんだ」
本郷刑事はロビーで軽やかに踊り出す。
「糞犯人はしーね!しーね!ウンコに塗れてしーね!あっそれ、しーね!」
その時、突然に田口が本郷刑事に殴りかかった。
「いい加減にしろ!」
しかし本郷刑事は、一瞬で田口の懐に入ると、すかさず田口の服を掴んで払い腰で投げ飛ばした。
「ぐあっ!」
背中を打った田口はしばしロビーの床に倒れる。
「田口さん!」
恋人の川山春香はあまりの出来事に口を手で押さえて驚いた。本郷刑事は崩れてしまったネクタイを直しながら、死ぬほど下手くそな演技で、白々しく呟いた。
「あ~。いきなり刑事に殴りかかってくるなんてビックリだ~」
佐川巡査が本郷のもとに駆け寄る。
「本郷刑事。どうやらコイツが星のようですな」
「まだ証拠はないが、100パーコイツだろう。仕上げといくか」
本郷刑事は倒れた田口を起こす。
「腐れ外道ウンコイン○ンタムシゴミ犯人のことで、何故田口さんが私に怒るんですか」
「ゲホッ!ゲホッ!うるさい!茶番だ!こんなものは!」
「ええ。全く腐れ外道ウンコイン○ンタムシゴミ茶番犯人は許せませんな。即刻死刑にすべきです」
田口の目は涙で潤んでいた。
「うるせぇ!お前なんかに好き放題に言われる犯人の気持ちを、少しは考えたことあるのか!」
「どうしたんですか田口さん?腐れ外道ウンコイン○ンタムシゴミ茶番吐瀉物犯人のことで貴方が怒ることはない」
「それ以上、俺の悪口を言うんじゃない!俺が犯人なんだ!文句あるかチクショウ!」
というわけで犯人は田口義男だった。事件はあっけなく解決したのである。本郷刑事がペンションに乗り込んでわすが45分のことであった。
無事に仕事を終えた本郷刑事は駐車場のパトカーに戻った。
「あー。寒い。また吹雪だしたぞ」
佐川巡査が本郷刑事を見送る。
「お疲れ様でした。いつもながら見事なディスり具合です。それで田口の動機についてなんですが……」
「知らん。まあ糞野郎だからだろうな」
「その割り切り方さすがです!」
本郷刑事を乗せたパトカーは吹雪の中を進み、その姿は佐川巡査から見えなくなっていく。