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せめて、後悔したくなかった。



 それから二宮くんは毎日教科書を見せてくれた。選択科目が別々の授業は、誰からも教科書を貸してもらえない私の代わりに、二宮くんが他のクラスの友達に頼んで借りてきてくれて。


 二宮くんが隣の席にいてくれることで、悪口やシカトはなくならないけれど、水をかけられたり突き飛ばされたりといった、身体的な嫌がらせはなくなった。


 二宮くんには、凄く助けて貰っていると思う。感謝もしてる。


 ただ、二宮くんが言っていた通り、友達にはなれていない。


 一緒にお昼ご飯を食べたこともなければ、休み時間に話をしたこともない。休み時間は、二宮くんは仲間と喋りに席を離れてしまうから。


 お昼休みは、相変わらずひとり準備室でお弁当を広げている。


 まぁ、15分くらい経つと二宮くんが昼寝をしにくるのだけれど。


 二宮くんの目的は昼寝なわけだから、その時に会話をすることもない。


 ただただ静かに時間を過ごすのが、ココ最近の日常。

 

 今日も準備室でひとり、お弁当を食す。

 

 窓の外の景色をボーと見ながら、淡々と自分の口に箸を運んでいると、準備室の扉が開く音がした。


 アレ。今日は早いな、二宮くん。そう思って扉の方に目を向けると、


「二宮かと思った?」


 そこにいたのは、川田くんだった。


「……どうしたの?」


 あれから、川田くんとは口さえ利いていなかった。川田くんが、私を避けていたから。


「楽しそうだね、冴木。俺と里奈の関係拗れさせておいて、自分は新しい男とイチャイチャだもんな」


 川田くんが的外れな嫌味を言いながら、私に近づいて来た。


「……川田くんと里奈の仲を拗れさせたことは、本当にごめんなさい。だけど、私と二宮くんは別にそういう関係じゃない」


 好きだった男に、本命との関係の縺れを責められるのは、結構傷つく。


 いかに本命が大事か、私が遊びでしかなかったかを思い知らされるから。

 

「里奈と冴木の関係がギクシャクしたら嫌だなと思ったから、冴木とも付き合ってやっただけなのに。冴木が告ってきたりしなかったら。『誕生日にデートがしたい』とかワガママ言わなかったら、こんなことにならなかったのに」


 次々飛び出る川田くんの後悔だらけ本音に、喉の奥がきゅうっと締まる。


 なのに目は全開に見開いて、そこから涙が込み上げる。


 悲しくて、苦しくて、言葉にならない。


 声が出ない。

 

 堪えきれずに零れた涙を袖で拭った時、


「『彼女とその友達の友情の継続を願って浮気しました』って、何ソレ。どんな言い分だよ。冴木も冴木で、何でこんなわけの分からない主張で泣いちゃってるわけ?」


 準備室の外で話聞いていただろう二宮くんが、私たちを馬鹿にしながら中に入ってくると、いつも通り適当な席に座り机に頭をつけては寝ようとした。


「二宮には関係ないだろ。毎日毎日ココに何しに来てるんだよ」


 イラついた様子の川田くんが、二宮くんに突っかかる。


「昼寝」


 二宮くんは一瞬だけ顔を上げると、面倒くさそうに返事をしては、また頭を机にくっつけた。


「ふーん。毎日ココで冴木とヤッてるって噂だけどね」


 川田くんが今度は私に目線を移した。


 そういう噂があることは知っていた。でも、話相手が誰ひとりいない私が、誰に『それは違う』と誤解を訴えればいいのか分からず、解くことが出来なかった。


「そんなわけな……」


「で? 冴木と俺がどんなカンジでヤってんのか見に来たワケだ。いい趣味してんな、川田」


 否定をしようとした私を、昼寝を邪魔されて不機嫌な様子の二宮くんが遮った。


「そんなに抱き心地良かったんだ? 冴木は。俺とヤってんのが気になるくらいに。何が『冴木が告ってきたせいで』だよ。『冴木がワガママ言ったせいで』だよ。何全部冴木のせいにしてんだよ。本当は冴木に告られて嬉しかったくせに。モテ期が来て舞い上がってたんだろ? 彼女以外の女ともヤれて喜んでたんだろうが」


 二宮くんが立ち上がり、川田くんに詰め寄る。


「はぁ? 違うし」


 川田くんが、威圧しながら近づく二宮くんの胸を押した。


「違わねぇだろうが。中岡との間に蟠りが出来て上手く行かないのは、お前のせいだろうが。どんなに冴木がしつこく告ろうが、ワガママ言って駄々こねようが、お前が断れば良かった話だろうが。お前がちゃんと断れば、多少冴木と中岡の関係がギクシャクしようとも、こんな風に崩れることはなかったと思うけど? お前、性欲に理性が飲まれる気持ち悪いタイプの人間だよな」


 胸を押されようともビクともしない二宮くんは、川田くんを蔑みながらまくし立てる。


「中岡と別れようにも、浮気した手前、自分からは言えないもんなぁ。そんなことしようものなら、冴木以上に白い目向けられるだろうからな。自分は身動き取れないのに、かつて自分を好きだと言って、浮気の原因になった女は他の男と楽しそうにしてて腹が立ったんだろ。冴木の移り気が許せなかったんだろ。お前、まじでしょーもないな。元々冴木はお前の浮気相手だろうが。そんな冴木の気持ちも繋ぎとめて置きたいとか、駄々っ子か。ダサイにも限度があるだろ」


 二宮くんに吐き捨てられた言葉に、川田くんが顔を真っ赤にさせて憤慨した。


 だけど、言い返すことは出来ないでいる川田くん。


 結局川田くんは、私たちを睨みつけて準備室を出て行った。


 何だろう。涙が止まらない。


 この涙の意味に気付いているから、止まらない。


 私の涙を嫌う二宮くんには見せないように、横髪で顔を隠しながら川田くんの出て行った扉を見つめ続けていると、


「ごめん。冴木」


 何故か二宮くんが謝りながら私に近づいて来た。


「……何が?」


 だから、顔を背ける。


「嫌だったろ。好きな男を悪く言われるのは。それに、別に冴木は俺に移り気なんかしてないのにな。冴木のことも【浮気相手】とか言って。確かに浮気相手だったけど、川田は冴木のことも好きだったんだと思うよ。だって、浮気したの数回じゃないんだろ? ただの遊びなら浮気の継続なんかしなかったと思うし。なんか、川田の態度が癇に障ってついキレてしまった」


 二宮くんがもう一度「ごめん」と謝った。


 ……違う。私、二宮くんの言葉に何の嫌悪感も抱かなかった。


 私の涙が止まらないのは……。

 

「二宮くんが川田くんに怒ってくれたこと、嬉しかったよ。……私ね、後悔だけはしたくなかったの。こんな目に遭ってまで好きになったから。せめて、川田くんを好きになったことだけは、後悔したくなかったの。なのに、凄く後悔してしまったの」


 両手で顔を覆って、どうしても我慢出来ない涙を垂れ流す。


「……ホント、ばかだよな。冴木は」


 そんな私を、二宮くんがそっと抱きしめた。


 辛くて苦しいのに、二宮くんの体温に、匂いに、髪にかかる息に、心臓が激しく動いた。


「後悔、してもいいじゃん。これで吹っ切れるだろ? だいたい、お前はこんな状態になったことを俺のせいだと思って恨んでいるかもしれないけど、川田と冴木の関係バラしたの、俺じゃねぇし。多分川田本人だし。俺にバラされる前に自ら中岡に白状して、ショック受けた中岡が周りに相談したってところだろ。だって、俺が登校する前に噂広がってたし。ツイートする程面白い話でもないと思ったから、呟いてもないし」


 二宮くんが「泣き顔、隠さなくていいよ」と私の背中を擦った。


 自分の体温が上昇していくのが分かる。

 

「初めは『二宮くんさえいなければ』って思ってた。でも今は『二宮くんがいてくれて本当に良かった』って思ってるよ。ありがとうね、二宮くん」


 耳までも赤くなっているだろう自分の顔を見られたくなくて、二宮くんの顔を見上げることは出来なかったけど、それでも感謝の気持ちは伝えたかった。


「どういたしまして」


 二宮くんが、私の背中を擦っていた腕に力をいれて、身体を密着させてきた。


 どうしたらよいのか分からないくらいに、恥ずかしい。


「…に、二宮くん。私と抱き合うの、嫌じゃないの?」


 抵抗するのも違うと思うし、二宮くんにこうされるのは嫌じゃなかった。


 されるがまま抱き合っていると、


「抱き心地、確認しておこうかと」


 二宮くんが、耳元で笑った。


 ハグをしてくれるくらいだ。今は私のこと、そんなに嫌いじゃないのかもしれない。


「……二宮くん、私と友達になるのは、やっぱ嫌?」


 懲りずにまた聞いてみる。


「うん。だから無理」


 抱きしめられながら、サクっと振られた。

 

 コレは二宮くんからしたら、同情以外の何物でもないのだろう。


 ドキドキしていた心臓がチクつく。


 その原因はもう分かっている。


『もう、誰も好きにならない。』そう言った傍から、アッサリ覆す。


 私の意思は、余りにも弱い。



 私は、二宮くんが好きだ。


 神様は意地悪だ。


 またも私に実らぬ恋をさせる。

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