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それでも、謝れ。


 自分の席に行き、机を持ち上げ、準備室に運び出す。


 準備室までの道のりで、色んな生徒に悪口を言われ、嘲われた。


 恥ずかしくて、情けなくて、悔しくて、悲しくて、辛くて。


 準備室に着いた途端に、涙が溢れ出た。


 誰もいない準備室。


 教室に戻っても、どうせ教科書はない。授業は受けられない。


 心の中はズタスタで、ボロボロで。


 ひとしきり泣きたかった。


 1時間目はココでサボってしまえ。


 持ってきた机をヤスリで擦りながら、号泣した。


 取り替えるのだから、机にヤスリをかける必要はないのだけれど、やっぱりこの悪口がいつまでも残っているのは嫌だったから。


 机に涙の粒が零れ落ち、ヤスリをかけ辛くする。


 それに苛立ち、更に涙が込み上げる。


「うぅ……」


 歯を喰いしばって泣いたのは、人生で初めてかもしれない。


 泣きながら机を擦り続けていると、背後で準備室の扉が開く音が聞こえた。


 慌てて袖で涙を拭き取り、扉の方に目をやると、


「何してんの、冴木」


 扉に凭れる、二宮くんがいた。


「……二宮くんこそ」


「俺は昼メシ食って眠くなったから、昼寝しに来たの。ココ、誰も来ないから俺の昼寝スポットなんだけど」


 眉間に皺を寄せる二宮くん。


 ……て、昼メシ? そんな時間になっていることに、全く気付かなかった。


 私、どんだけ泣いてたんだか。


 ていうか、『オレの昼寝スポット』て、お前だけの部屋じゃないだろうよ。そんな顔される筋合いないんですけど。


「何無駄なことしてんだよ。机、取り替えるんだろ?」


 眉間の皺を維持させたまま、ヤスリの掛けられた机を指差す二宮くん。


 だから、なんなんだよ、その顔。


「それでも、やっぱ嫌だったから」


「ふーん」


 自分から聞いてきておいて、私の返事に興味なさ気に適当な相槌を打つと、空いている席に座り、机に突っ伏した二宮くん。


 どうやら、昼寝をするらしい。

 

 なんとなく2人きりになるのが気まずくて、準備室の机を持って教室に戻ろうとした時、


「そうやって現状を嘆いててもいいけどさ、先にやることあるんじゃね? お前、ちゃんと中岡に謝ったのかよ」

 

 二宮くんに質問を投げかけられた。


 一旦机を置いて振り向くと、突っ伏したはずの二宮くんの顔が私の方を向いていた。


「謝ろうとしたけど、周りに阻まれたり、里奈に拒否られたりで……」


 二宮くんが何となく怖く感じて、二宮くんとは視線を合わせず俯きながら答える。


「謝れなかった?」


 二宮くんの言葉に『こくん』と頷くと、


「……まただ」


 二宮くんが呆れ顔で、わざとらしい溜息を吐いた。

 

「それでも謝れよ。お前はそれだけのことをしたんだよ。『謝れなかった』? 『謝るのを辞めた』んだろ? お前さぁ、ホントは『自分はこんな目に遭わなければいけない程、悪いことはしていない』とか思ってね? 結婚してるわけでもない男を好きになって、手を出した。それは犯罪でも法律違反でも何でもないもんな。付き合う付き合わないなんか、ただの口約束にすぎないもんな」


 二宮くんの言葉に目を見開く。


『謝るのを辞めた』確かにそう。それは二宮くんの言う通り。


 でも、その後の話は、全然そんな風に思ったことも考えたこともなかったのに。


 この人は、どんだけ私を嫌な人間だと思っているのだろうか。


「お前は社会から裁かれるような事はしてないよ。ただ、道徳に反している。だから、世間に裁かれたんだ。だから俺は、今のこの状態は当然だと思うし、謝るべきだと思う」


 ただ、それでも二宮くんの言っていることは正しかった。


「……うん」


 ぐっと再度手に力を入れ、机を持ち上げ準備室を出た。


 二宮くんに正論を翳されるのは、川田くんを好きになった恋心まで踏み潰されている様で、悔しいし悲しいし怒りも覚える。


 でも、彼が正しいことは間違いなかった。


 許してもらえるはずがない。


 それでも謝ろう。


 里奈に、ただひたすらに頭を下げよう。



 昼休み、お弁当箱を広げながら楽しそうに男女がお喋りをしている教室に、机を持ちながら入る。


 それまで笑っていた人たちが、鋭い目に変え私を睨みつける。


『今の状態は当然』


 分かってる。 


 怒るな、泣くな。自分が悪い。


 自分の席に机を置き、深呼吸をひとつ。


 呼吸を整え、数人の女子とお弁当を食べている里奈の元へ。


「里奈」


 声をかけると、


「何しに来たんだよ」「里奈の近くに来んな、害虫」


 里奈の周りにいた女子が、私の肩を押した。


 バランスを崩してしりもちをつく私を見て、そいつらも、ウチラの様子を見ていた他のヤツラも笑った。


 その中に、川田くんもいた。


 川田くんは笑ってこそいなかったけれど、『厄介なことしてくれるなよ』とでも言いた気な表情で私を見ていた。


 心が折れかける。



『それでも謝れ』



 二宮くんの言葉が過ぎる。


 折れかけの心を立て直す。


 私は、それでも謝る。



「ごめん、里奈。本当にごめん。ごめんなさい、ごめんなさい」


 床に手を着き、必死に頭を下げる。


「そっちは謝って気が済むかもしれない。スッキリするかもしれない。でも私は……」


 里奈が泣き出した。


 また里奈を泣かせてしまった。


 私は、何をしているのだろう。


 何てことをしたのだろう。


 何て愚劣なのだろう。



「……死んでよ。顔も見たくない。学校来ないでよ。死ね‼」


 里奈が両手で顔を覆いながら、肩を揺らして泣く。


 里奈が、『死んで欲しい』と思うほど私を憎んでいる。


 当たり前だ。逆の立場だったら、私もそう思っていたはずだ。


 里奈は何も悪くない。私が悪い。だけど、


『こんなにも、里奈がこんなに心を痛めるほどに愛されていたのに、何で川田くんは私と浮気なんかしたの?』


 川田くんに責任転嫁をしたがる自分が顔を出してきて、本当に死んでしまいたいくらいに、自分に嫌気が刺した。

 

 教室に居づらくて、何の用事もないトイレに逃げ込もうと教室を出ようとした時、

 

「まじで死ぬなよな。死ねって言われて死ぬのって、反省してる様で全くしてないからな。腹いせでしかないだろ。で、中岡を更に追い詰める行為」


 準備室で寝ていたはずの二宮くんが扉の前で立っていた。


「死なないよ。死ぬ勇気ない。怖いもん。学校も辞めない。学校を辞める理由が親にバレたら……」


「親、号泣だろうな。自分の娘が友達の彼氏寝取って、イジメられて登校拒否って退学。親に同情するわ」


 二宮くんは本当に容赦がない。言い返す言葉など、勿論ない。


 全部自分が悪いのに、込み上げては噴出す、二宮くんへの怒り。


 わざと二宮くんに肩をぶつけながら教室を出た。


 トイレへ走り、個室に逃げ込み鍵をかけてしゃがみこむ。


 謝っても許されない、改善策が見つからないこの状態に頭を抱えていると、


「……え?」


 頭の上から水が降ってきた。……イヤ、バケツごと投げつけられたから、降ってきたというよりは、『水がぶつかってきた』の方がそれらしい。


「天誅ー」「ばーか」


 ドアの向こうから、罵倒と笑い声が聞こえた。


 ドアを開いてやり返す気分になれなかった。


 ヤツらが怖いわけじゃない。やり返したって返さなくたって、状況は変わらない。なら、やり返した方が得な気もしないでもない。


 でも、濡れてびしょびしょな自分をアイツらに晒して笑い者になりたくなかった。


 幸いヤツらは、壁を攀じ登ってまで私の姿を見たいとは思わなかった様で、チャイムが鳴ると共にトイレを出て行った。


 -------------寒ッ。


 かけられた水によって奪われる体温。


 ……今日、体育ない日だからジャージ持ってないや。おうち帰ってお風呂に入ろうかな。


 制服のスカートのポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、時間を確認。


 現在の時刻、13:50。


 お母さんのパートは15:00まで。買い物をしないで真っ直ぐ家に帰った場合、帰宅時刻は15:15。


 学校から駅まで徒歩15分。駅からウチの最寄駅までの所要時間30分。最寄駅から家まで徒歩10分。


 ---------大丈夫だ。お母さんが帰って来るまでに、なんとかシャワーを浴びて着替えて家から出られる。お母さんにバレずに済みそうだ。


 よし、さっさと帰ろう。


 鍵を開けてドアを押す。


 ……アレ? ドアが開かない。


 何度押しても開かない。力ずくで開けようと、肩で体当たりをしても開かない。


 閉じ込められてしまった。


 時間ないのに。早く帰らなきゃ、お母さんに見つかっちゃうじゃん‼


 便器に足を掛け、普段ほとんど使わない上腕二等筋力に力を込め、トイレの壁を攀じ登る。


 制服が水をカナリ吸っていて、物凄く重い。


 それでも必死に壁を這い上がると、ドアにモップなどが立てかけられているのが見えた。


 典型的なイジメに、苦笑いしか出来ない。


 なんとか脱出に成功した時には、もう30分以上経過していて、家に帰るのは不可能な時間になっていた。

 

 何もかもが上手く行かない事に奥歯を噛み締めていると、


『ココ、誰もこないから俺の昼寝スポット』


 ふと、二宮くんの言葉を思い出した。


 準備室に行こう。


 誰も居ない、誰も来ない場所に行きたかった。


 周りには敵しかいない。味方は1人もいない。誰にも慰めてもらえないのなら、せめて1人で居たい。

 

 悲しいからなのか、悔しいからなのか分からない涙で目を滲ませながら、準備室へ歩く。


 濡れた私の足跡が、廊下を汚す。


 申し訳ないが、掃除する気になれなくて、ただただ準備室を目指した。


 準備室の扉を開けると、二宮くんの言った通り、そこには誰もいなくて、ホッして足の力が抜けた。


 壁にもたれながら、床にへたり込む。


 濡れた髪から雫が落ちて私の顔を流れた。


 ……涙みたいだ。


 促されたかの様に、また泣いた。


 いっぱい泣いたし、トイレの壁も登ったしで、何だかんだ疲労困憊だった。


 睡魔が襲い掛かる。


 誰も来ない安心感に、ためらうことなく目を閉じた。





「冴木」


 私を呼ぶ声に薄っすら目を開ける。


「ココ、俺の昼寝スポットだっつっただろーが」


 私を見下ろす二宮くんがいた。


「二宮くん、授業は?」


「次、英語だからサボる」


 おそらく英語が苦手であろう二宮くんが、昼休みと同じように適当な机に突っ伏した。


 5時間目、終わったんだ。今日は6限までだから、あと1時間で終わる。


 あと1時間だし、邪魔者扱いされるのも嫌だし、1人でいたいし、適当に時間潰せそうな場所を探そう。


 準備室を出ようと立ち上がると、

 

「典型的なイジメに遭ってんのな、お前。水かけられるとか、マンガかドラマでしか見たことないわ、俺」

 

 二飲み屋くんが、ずぶ濡れの私を見ながら、心配するどころか馬鹿にしながら嘲った。別に心配して欲しいわけじゃないけれど。


 二宮くんは、どうして去り際にいつも話し出すのだろう。


 仕方なく足を止めると、


「さっさと家帰れよ。風邪引くぞ」


 二宮くんが喋り出したから立ち止まったのに、自分の昼寝スポットに私がいるのが気に入らない様子の二宮くんに、早くココから出て行くように言われた。


『さっさと帰れ』と突き放されてはいるのだけれど『風邪引くぞ』と気に掛けてくれた二宮くんに、ちょっとビックリした。


「帰れないんだよ。親にバレたら厄介だから」


 とりあえず二宮くんの質問に答えると、


「フッ……。確かに」


 二宮くんが、呆れた様に鼻から息を漏らした。


 風邪を引くのも自業自得と言う事か。


「お前ん家、ドコなん?」


 私に早くいなくなって欲しいはずの二宮くんの質問が、何故か終わらない。


「S町」


 何の為に住所を聞くのか分からないが、素直に答える。


「ちょっと遠いな。俺ん家の風呂貸してやろうか? 俺ん家、ココから徒歩15分。チャリで7分。ウチの親はどっちも18:00くらいまで帰って来ないし、弟もまだ授業中だし」


 突然の二宮くんの優しさに、驚きを隠せず目を見開いてしまった。


「心配、してくれるんだ」


「イヤ、同情。お前、可哀想すぎ」


 二宮くんの私への気持ちは、心配でも優しさでもなく、お情けだった。


 それでも、嬉しかった。


 同情でも何でもいいから縋りたい。


 だって今、物凄く辛い。


「……お風呂、貸してください」


「ん」


 立ち上がり、『ついて来い』と言わんばかりに先を歩く二宮くんの背中を追いかけた。

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