だから、天罰が下った。
噂話は光の如く。
悪い噂は光よりも早く。
里奈と川田くんにLINEをしてもブロックされていて、電話もメールも拒否された。
明日、クラスではどのくらい知れ渡っているのだろう。
どんな視線を浴びせられるのだろう。
自業自得。
分かっているけれど、怖くて全く眠れぬ夜を過ごした。
翌日学校へ行くと、噂話はクラスだけに留まらず、学校中に広まっていた。
教室に行くまでの廊下で『最低女』『くそビッチ』等々、名前も知らないヤツらから、あからさまに暴言を吐かれる。
言い返す言葉もないし、言い返したりなんかしたら『開き直っている』と言われて、事態が悪化するだろうことは目に見えている。
俯いたまま足早に教室に逃げ込むと、廊下とは比べ物にならないくらいの、突き刺すような視線が私に集中した。
その中に、目の周りを大きく腫らせて泣き続ける里奈の姿があった。
きっと、昨日からずっと泣き続けていたのだと思う。
謝らなきゃ。
里奈に近づこうとした時、
「よく学校に来れたよね。どの面下げて来てんだよ」
里奈を囲み慰める数人の女子たちが、私の行く手を阻んだ。
「イヤ、私はアンタと話したいんじゃなくて、里奈と話がしたいんだけど」
強気に喰ってかかる。だって、私たちの問題は、コイツらには関係がない。
「お前、どんだけ頭悪いんだよ 里奈はお前なんかと話したくないから拒否ってるんだろうが」
そう言った女子の影に隠れる里奈。
コイツらの言葉通り、里奈は私を拒否したいらしい。
謝ることさえ、許されない。
その様子を川田くんはただじっと見ているだけで、私を助けようとする素振りはない。
『川田だって同罪』二宮くんの言葉が頭の中を走る。
きっかけは私。首謀者は私。だけど、川田くんだって共犯者のはずじゃない。
少しくらい私の味方をしてくれたって……。
……するわけないじゃん。2番手の私なんかに、手なんか差し伸べて自分の立場を危うくさせたい馬鹿がこの世にいるわけないじゃん。ましてや1番手が号泣しているというのに。
成す術なく自分の席に行くと、『死ね』『消えろ』『汚女』等、油性マジックで書かれた悪口が机いっぱいに犇いていた。
机の中を覗いてみると、教科書たちは消えて空っぽの状態になっていた。
隠されたのか、捨てられたのか。
とりあえず、授業を受ける事が出来なくなったのは間違いない。
……机の落書きでも削り落とすかな。
ウチの学校の机は木製。ヤスリで削れば消えるかもしれない。
ヨカッタ。プラで出来てなくて。
正味どうでも良いことに喜んでいる自分に、情けない笑いが漏れた。
ヤスリを探しに美術室に向かう。
教室を出ようと扉を開けた時、友達と談笑する二宮くんと鉢合わせてしまった。
私の運は、どこまでも果てしなく悪い。
思わず二宮くんを睨みつけると、
「こわー。ビッチ冴木、まじこわー」
二宮くんの隣にいた男子が嘲った。
「……アンタのせいで……」
嘲笑う男子にもムカつくが、何より二宮くんに腹が立つ。
二宮くんさえ、二宮くんさえいなければ、こんなことにならなかったのに。
「はぁ? 何、俺のせいにしちゃってるわけ? 因果応報。他人のモン盗めばそれなりの罰が下るのは当然だろ。お前、本気の馬鹿だな。あ、馬鹿だからビッチなんだ」
二宮くんが私を馬鹿にしながら嘲笑する。
分かってるよ、そんなこと言われなくても分かってるよ。でも、
「二宮くんには分からない。誰かを本当に好きになったことないでしょ? そんな人に私の気持ちは分からない‼」
私だって本当は普通に恋愛したかったんだ。川田くんが里奈の彼氏じゃなかったら、みんなと同じ様な恋人になりたかったんだ。腹立たしくて、怒鳴るような大声を出すと、
『……ぷッ』
二宮くんもその周りの男子も、吹き出しては笑い出した。
『よくそんな昼ドラみたいなセリフが吐けるな』『正気の沙汰じゃねぇな』
目の前で男子たちが腹を抱えて笑っている。
心の声を吐露して、逆に辱められる悔しさ。涙が込み上げる。
爆笑する男子たちを押し退けて美術室へ走るも、
「おい、ちょっと待て」
何故か追いかけてきた二宮くんに腕を捕まれ、壁際に押し付けられた。
壁に肩がぶつかる。
「痛い‼」
「あのさぁ。俺が仮に本気で誰かを好きになったことがなかったら何なわけ??」
二宮くんが私の『痛い』を完全にシカトして問いかけてきた。
「我慢できなくなるんだよ‼ 気持ちが抑えられなくなるんだよ‼ 二宮くんには分からないでしょ⁉」
言いながら二宮くんの手を振りほどこうとするも、尚もグッと力を入れ、開放してくれない二宮くん。
「我慢出来ないって何? それは病気なの? 怪我なの? 違うだろ? お前は我慢が出来なかったんじゃない。我慢を、しなかったんだ。ふざけた言い訳で自分を正当化してんじゃねぇよ」
「…………」
何も言葉が出てこなかった。
二宮くんが、正しすぎて。
ただ、涙だけが流れた。
「あー。めんどくさい女。泣けば済まされるとでも思ってんのかよ」
二宮くんは冷めた視線を私に降りかけると、握っていた私の腕を開放し、教室へ戻って行った。
そんなつもりで泣いたんじゃないのに。
私の涙は、誰の同情も誘わない。
心配してくれる人も、庇ってくれる人もいない。
私のしたことは、そういうことなんだ。
気分が下がれば、自ずと視線も落ちる。
廊下に映る自分の影だけを見つめながら美術室へ歩いた。
美術室に着いた頃、HRを知らせるチャイムが鳴った。
……HRはココでサボるか。
美術室をキョロキョロ見回し、ヤスリを探す。
容易に紙ヤスリは見つかったが、HRの途中から教室に入るは気まずい為、終わりそうな時間に教室に戻ろうと、黒板の脇にかかっている壁掛け時計を眺めた。
どうせ教科書もないし、1時間目は机を削るのに勤しむことにしよう。
HR終了5分前に紙ヤスリを握り締め教室に向かうと、教室の前の廊下でまたも二宮くんが友達と喋っていた。
……入り辛。
視線を合わせぬ様、一目散に教室に入ろうとした時、
「お、ビッチ冴木」
二宮くんの横にいた男子が、ニヤニヤ笑いながら私の行く手を阻んだ。
「…………」
黙ってシカトを決め込んでいると、
「オイ、冴木」
今度は二宮くんが絡んできた。
「……泣いて済まそうとしたんじゃない。……二宮くんと、もっと仲良くしとけば良かった。そしたらこうなる前に、私が間違ったことをする前に、叱ってもらえたかもしれないのにね」
二宮くんが喋り出す前に弁解をする。
さっきの涙を誤解されたままなのが嫌だったから。
「…………」
そんな私を黙って見下ろす二宮くん。
「勘弁しろよ。何で二宮がビッチ冴木と友達になんなきゃいけねぇんだよ。あんまニ宮に纏わりつくなよなー、ビッチ冴木」
さっきと違う男子が、私を『シッシッ』と手で追い払った。
絡んで来たの、お前らの方じゃねーか。
言い返すのも面倒くさくて、握り拳を作って怒りを握り潰しながら教室に入る。
「おい、冴木って」
ニ宮くんが、またも私を呼び止める。
「…………」
『放っとけよ』の意味を込めて無言で振り向き、二宮くんに視線をやると、
「それで机の表面削るより、準備室の余ってる机と交換した方が早くないか? 削ると、お前の机だけ白くなって悪目立ちするぞ」
二宮くんの目が、私の手に持たれている紙ヤスリを見ていた。
……確かに。
二宮くんの言うことは、やっぱり正しい。




