065[祖国]
ストゥディウムとプルウィアが、交通手段を手に入れて戻って来た。
私達は気を取り直して、母国へ戻る事を確認し合い
ストゥディウムとプルウィアが手配した馬車に乗り込んで
婆抜きをしながら、何のトラブルもなく母国へ入る
『なぁ~、俺が一人負けするのってさ
何の策略があっての事なんじゃないか?絶対に故意にだろ?』と
私とカーリタースの間に座ったストゥディウムが文句を言うのと
ストゥディウムの向かいに座ったプルウィアから
『フロースさん!これはゲームですよ?
時には、婆を引く事も大切ではありませんか?』等と
意味不明な事を言われている事は、
トラブルと認識せず、取敢えず無視する事にしよう。
そうこうする内に
馬車の窓から見える景色が馴染み深いモノへと変化して行く
幼少の頃から頻繁に遊びに来ていた教会と、墓地を越える頃には
向かいに座ったユーニに心配される程に
私の気持ちは沈み込んで行く
気付けば、ユーニが私の顔を覗き込みながら、ストゥディウムに
『少しだけ馬車から下りて気分転換しませんか?』と言う程
気遣われるレベルになってしまっていた。
勿論、その申し出はプルウィアによって即時に却下される
それが癇に障ったらしい、今世の私の祖母を良く知り、その死を…
その死へ導いた事柄も本当に良く知っていたコクレアは
抜き身の刃の様な冷たい目でプルウィアを睨み付け
『そんな周囲の気持ちを読めないままだと
本命に気持ちを気付いてもらう前に、思い遣りのない女って認識されて
恋愛の対象外にされるわよ』と、プルウィアの心に響く毒を吐いた。
ここでトランプが舞い落ち
プルウィアとコクレアの口喧嘩が始まるのだが
恋愛スキルの欠落したストゥディウムは心底、困惑してしまい
カーリタースに助けを求める
私はそんな光景を無言で見詰め、溜息を吐いてから立ち上がり
暇そうなのがユーニしかいなかったので『ユーニも行くか?』と誘い
馬車の窓を開け窓から手を伸ばし、風を使って掛金を外し扉を開け
馬車を追いかけて来ていたアモルに
風の加護を最大限に引き出した状態で乗り移り
思いの外、上手にアモルに移って来たユーニを連れて
『花を摘んでくる!城下町への門の手前、三叉路で落合おう』と
東向き進み、雑木林で囲んだ人工的な花畑へと向かった。
季節は移り変わり
教会の子供達と言う守手を失ったセププライの花畑は
前回コクレアと来た時より荒れ果てている
アモルが花畑の惨状を憂い、悲しげに嘶く
ユーニは、外れにある墓地と教会にあるのと同じ
神様をモチーフとしたステンドグラスを見て
ここがどう言う場所なのか?と言う事と
この場所の惨状が、どう言う事を意味するのか?と言う事を理解して
『ここは、あの教会の……』
『まぁ~そんな所だ』
私は短く言葉を切り、咲いている花を見付けては摘み
祖母へ贈る花束を作った。
自分が存在してしまったが為に死なせてしまった
祖母に対する罪悪感に苛まれ、一人で泣いて悲しみに暮れない為に
ずっと、見栄を張り続ける材料として連れて来た筈のユーニが
『アモルと僕は、ここでの事を誰かに話したりしないよ?
辛いなら泣いても良いんだよ?』と言って来る
私は「失敗したな…」と後悔し、大きく溜息を吐いた
それから『動くな』と言ってユーニに近付き
通り過ぎ様にユーニの肩に手を置き、一瞬、肩を借りて額を押し当て
微かな人肌の温もりを得て「私はまだ、大丈夫」と
静かな気持ちを引っ張り出して、冷静さを取り戻した後で
『意味不明、何で泣かなきゃいけないんだ?』と笑って誤魔化した。
私はまた、花畑に来た時と同じ様に風の加護を最大限に引き出し
アモルに乗り『あまり遅くなるのは良くないだろ?行くぞ』と
ユーニを急かして城下町への門の手前の三叉路へと向う
その三叉路へ到着すると
騎士団長のストゥディウムを出迎えに来た騎士団の小隊がいて
私とユーニの到着を待ち侘びていた。
アモルに2人乗りし、私の後ろに座っていたユーニが手を振り
『アルブム!久し振り元気してたか?』と大声を上げ
アモルから一人、先に降りて
全体的に白っぽい感じの青年に駆け寄って行く
「馬鹿だなぁ~」と思いながら、それを眺めていると
私が予測していた通りにユーニは
ユーニ自身が、自分の友人だと思っていた相手に剣を向けられ
ユーニが今も、自分の同僚だと信じていた騎士団員達に
乱暴に扱われ、縄を掛けられ罪人の様に拘束されてしまった。
ユーニは、何故そんな事をされるのか?訳が分かっていない御様子で
抵抗し、殴られ『何故?如何して?』と繰り返しては蹴られている
まぁ~少し冷静に考えれば、当たり前の話なのだ
父親とは言え、国王の意に背き
隣国に亡命した状態になってた自国の王子様を大切に迎え入れる事は
普通、まず無いだろう。
『それにしても、無抵抗の人間をリンチするのを見るのって
気分悪いよな?何か腹立つし、この国の正義の味方を虐めちゃおか?』
私がそう呟くと、アモルが了承したと言わんばかりに嘶き
走り出して騎士団員達を蹴散らしてくれる
私はニヤリと笑い、途中でアモルから飛び降りて
アモルを狙った騎士団員の剣を奪って
基本、鎧を破壊する方向で剣を揮い
ユーニを殴った奴の脇を斜め下から「くの字」に切り上げ
蹴った奴の足の付け根を狙い、深く剣を突き立て貫通させ
剣を奪っては、次の獲物に向かう
それが一段落した時点で『あぁ~…やっちゃったかぁ~……。』と
少し離れた場所に停車していた馬車から
ストゥディウムが慌てた様子で降りて来て、惨状を見回し溜息を吐き
『あ、でも、自業自得みたいだから仕方無いんじゃないか?』と
カーリタースが、放心状態のユーニに駆け寄り、状態を見て
ストゥディウムに向かって振り向いて微笑んだ
後から来たプルウィアは、眉間に皺を寄せ
『アナタもフロースさんも、本当に野蛮ですね
城外のスラム育ちは話し合いと言うものを知らないのですか?』と言い
コクレアはユーニを見て『どっちが野蛮なんだか』と
今まで取っ組み合いの喧嘩をしていた御様子で、頬が腫れていたり
引っ掻き傷を作っていたり、服装が乱れていたりするのを直し
睨み合いながら歩いて近付いてくる
私は血と脂とで切れ味の悪くなった剣を捨て
落ちている新しい物を2本拾って、
『ユーニに社会勉強させる為のにしても、遣り過ぎじゃないか?』と
ストゥディウムに笑い掛けた。
ストゥディウムは、地面でのた打ち回る騎士団員達をの様子を見て回り
『社会勉強って…そんな予定は無かったんだがな……。
多分、団員が暴走したんだろう…に、しても……だ。
お前は「遣り過ぎ」って言葉の意味を知ってるのか?
肩から腕を切り離したりするのは遣り過ぎじゃないのか?』と
ドン引きした御様子で苦笑いを浮かべ
『フロース、後で事情は聞くが
命を奪わなくても、騎士生命を断つのは、駄目だと俺は思うぞ』と
曲げていた背筋を伸ばしてから、大きく溜息を吐いた。
アモルは、そんな中でも、まだやり足りないのか?
無事な騎士団員を追い掛け回していた。
私はカーリタースにユーニの身柄を預け
ユーニの安全が確保されたのを切っ掛けにアモルを呼び戻し
ストゥディウムに祖母の埋葬場所を確認して
アモルに積んだままだった花束を地面に手向けた。
それから私達は、アモルが馬の蹄で踏み付けたり
私が切ったり、突いたりして作った怪我人を治療した後
ユーニの怪我を馬車で治療しながら城へと向かう
城下で戦いがあった訳では無いが
戦争の痛手は其処彼処に顔を出し、城下の活気と言うものが
以前とは打って変わり、変質してちょっと陰気臭くなっていた。
私達は、負傷者の多い騎士団の妨害もあり
城外や城下で知人に会う事もなく、ノープランで城に入る事になった。
で、訪れた城の前
馬車から下り私が一人立ち止まり城を見上げていると
何者かが突然、私の腕を掴み
腰に手を回して抱締め、空いている手で私の顎を掴み
顔を近づけてくる
私は心底驚き、腕を掴まれていない方の拳で、相手の鳩尾を殴り
捕まれた腕を引き剥がし、
足で鳩尾を抑えた相手の肩を蹴り飛ばし剣を向けた。
『気をつけろ!!変質者だ!』私がユーニを後手に庇いながら叫ぶと
その声に集まってきた者達が騒然となる
一呼吸置いて、ユーニが我に帰り・・・
『ちょっ!ちょっと待て!剣を収めてくれ!
それ、僕の父上で、この国の国王だ』と言った。
カーリタースが肩を震わせて笑う
ストゥディウムが国王であるウーニに手を貸して起こし
『御前、馬鹿だろ?』と、王様に向かって正直な意見を述べてから
『フロース!これが我が国の王様だ!刻印見せてやってくれよ』と
言ってくれるのだが、
「どこの誰が、唐突に襲って来る様なおっさんに対し
際どい場所に存在する刻印を見せてやろうと思えるだろうか?
勿論、私は見せたいと思えない」のできっぱりと
『断る!』と宣言したのであった。




