005[私とユーニの帰路]
[私とユーニの帰路]
私はユーニをその場に残して、小屋を出て
右手首に感じる痛みを力に変えて
力強く、バタンっと、左手で扉を閉める
そして、左手で触れた時に感じた痛む右手首の熱を気にし
熱を持っていた右手首の状態を服の袖を捲り見ると
「うぅ~わ…捻挫か?骨折とかじゃないと良いんだけど」
私の右の手首は思いの外、腫れていた。
暫くの後・・・
私に置いて行かれたユーニが我に返り、弓と矢筒を持って
『フロース!待って!』と、私を追掛けて来る
勿論、私はユーニを無視して厩に入り
自分の馬、尾花栗毛なアモルの手綱を引いて
徒歩で、無言で来た道を戻り始めた。
ユーニは私の荷物を自分の馬に乗せ
ふわりと軽く自分の白い馬に乗って、ゆっくりと追掛けて来る
『フロース…なぁ!フロースってば!』と
ユーニが繰返し、猫撫で声で私を呼び続けるのだが
私は振り返る気が起きなくて、そのまま歩き続けた。
太陽は、正午を告げるかの様に真上に存在する
日差しは強く、右手首が痛過ぎて馬の乗る事が出来ず
今朝、身支度の時に口に含んだ水以外口にして居ない状態
「少し辛くなってきたな…」
私は空を仰ぎ、無意識に溜息を吐いていた。
アモルが少し振り向き、私の顔を見て心配そうに小さく嘶く
私はアモルに対して『大丈夫だよ』と囁き掛け、少し考える
「そう言えば昨晩、夕食を食べる時間が無くて食べてないな
朝食も色々あって、おまけにユーニが追掛けて来てたから
食べずに出掛けて来てしまったんだよな…」
私は眉間に皺を寄せ、再び溜息を吐き
思うように体が動かなくなってきている状態に危機感を覚え
「今日は何だか、ツイテナイな」と
私は、体力的な限界が近付いて来ている事と
今の現状にウンザリしていた。
本来の今日の予定では・・・
1階の店で、適当に軽い朝食を食べ
今日の目的地「断崖沿いの隠れ家」その付近で、軽く漁をして
魚か蛸が取れなきゃ、海草と貝か蟹な海の幸の昼食を取り
昨日から目を付けていた、断崖に咲く花を手に入れる為
絶壁に生える木に弓と矢で紐を掛け、クライミングして採りに行き
手に入れた花を母の墓前に供えて家に戻る・・・そんな、筈だった。
ユーニは、曲りなりにも「我が国の第一王子」なので
本人様には、決して言えない立場だし
最近、ユーニに付き纏われてはいるが
私的に特に親しい間柄と言う訳でもないので、言う気も無いが
「ユーニさえ居なければ、予定通り行動で来たのに!」と
私は自分勝手にユーニに対して憤慨し、活力を得た。
そんな、ユーニに対する理不尽な怒りにまかせて
ズンズン歩いていると、少ししてから気持ちが悪くなってきた
「不味い、日差しと日光の暑さにまでヤラレタか…」
私は嫌な汗をかき、震えがきたので
無様にユーニの前で倒れる前に、応急処置をする事にする
「体と手首を冷やす序に、汗も流したいな…」
私はを当たりを付けて獣道のある脇道に入り込み
清流が流れる場所まで移動する事にした
ユーニは、私を心配してか?
もしくは…自力で城まで帰る事が出来ないからか?
私の後を付いて来ていた。
目的の清流に辿り着き振り返ると、馬に乗ったユーニの姿がある
私は溜息を吐き、水浴びする事は諦め
自分の事より先に、水辺で連れてきた自分の馬に水を飲ませ
馬の手綱が水で濡れない様に、ループ部分を馬具に引っ掛ける
そしてその隣で・・・
踏まれて怪我する危険を感じながらも、座り込んで腕捲りをし
無防備過ぎるのだが、木陰になった大きな岩の上に
うつ伏せになって寝そべって
熱を持った右手首を冷たい川の水の中に浸し沈めた。
喉は凄く乾いていたが、湧いたばかりの水でない生水
川の水をそのまま飲む訳にはいかず
水を加熱消毒する道具も持っていなかった為に我慢する
でも取敢えず、手首の痛みさえ何とかなれば馬に乗れる
「馬に乗れれば何んとかなる」と思って、そうしていたのだが
『体調が悪いんなら何故、助けを求めない!』と怒鳴られ
次の瞬間、私は軽々とユーニの肩に担ぎ上げられていた。
『君って奴はどうして僕を頼ろうとしない!
こっちから、交友を求めてるんだぞ!無視するなよ!
時には、僕を頼ってくれても良いじゃないか!』
ユーニはそう言って、私に断りも無く
アモルの手綱を引き、自分の馬の所まで連れて行って
自分の馬の馬具に私の馬、アモルの手綱を引っ掛け
私を担いだまま自分の馬に乗って、私を自分の前に座らせる
それから・・・
私のウエスト部分に腕を回し、私を自分の胸に凭れ掛けさせ
その私を捕まえた手で、器用にアモルの手綱を引きながら
馬を歩かせ始めた。
「アモルが抵抗するのではなかろうか?」と、私が心配していると
『このまま、城まで直行する!意見する事は許さない!』との
私が初めて耳にした、ユーニの威厳ある御言葉
アモルも抵抗無く、何故か従っているので私は驚き
取敢えずは静かに、私もユーニに従った…と、言うか・・・
右手首の痛みと低血糖、脱水症状でダウン寸前
抵抗する事が出来なくて、されるがままになってしまっていた。
道に出ると、ユーニは本当に器用に馬を操り走らせ始める
私は密かに、その事に驚愕していた
アモルは、騎手が自分より少しでも格下だと感じると
馬鹿にしたり、からかったり、故意に落馬させたりする
とっても高飛車な女の子で、人間の男が大嫌い
男が不用意に近付くと基本、噛む…暴れる…蹴ろうとする…
とってもデリケートな牝馬なのだ
なのに…ユーニと私を乗せた白い馬にまだ、ちょっかい掛ける事無く
高齢で気難しい性格のアモルが、従順に従い追走している
アモルはもしかすると、ユーニの馬術に対する技量を高く評価し
自分よりユーニを上の存在と認め、従っているのかもしれない
『ホントに凄いな…』私は静かに呟いていた。
私が何を言ったかは、聞こえなかった様子だが
ユーニが私の言葉に反応して
『え?何?どうかした?』と、私の耳元で声を発して
私を強く引き寄せ、自分の顎を私の肩に乗せる
私が少しばかり抵抗すると一瞬、ユーニは硬直して
私に音が聞こえる程、大きく息を飲み込み溜息を吐いて
何故だか分からないが・・・
2本の手綱を引き、ユーニはゆっくり2頭の馬を止めた。
『フロース…肋骨痛めてたりする?』
『?痛めてないけど』
私はユーニの言葉の意味が理解できなかった
私が不思議そうに振り返り、ユーニを見返していると
ボタンが外れ、少し肌蹴た私のシャツの前の部分を少し
ユーニに開かれ、覗かれる
今まですっかり、私は忘れていたのだが・・・
そこは小屋で、ユーニにボタンを外され
私は右手首を痛めていて、自分ではボタンを止め直せなかった場所
私は慌ててユーニの手を払い除け、胸元を隠した。
「服の中を覗かれたぞ…不味いな、私が女だとバレたか?
さて、どうやって誤魔化そう…
つぅ~か、そもそも誤魔化せるのか?この状況」と
黙って思案していると、ユーニは何をどう勘違いしてか?
『僕が、小屋で圧し掛かったりしてしまった時とか
さっき、不用意に担ぎ上げてしまった時とか
今、押さえ付けてしまったのとか、大丈夫だったのか?
痛くなかったか?誤魔化しは無しだぞ』と
とても心配してくれていたりする。
「ユーニは本気で「肋骨折る様な怪我を私がしている」と
勘違いしているのか?」
私は、「先に掛けられた言葉」を思い出し
やっと、ユーニが何を心配しているか理解はできたのだが
動揺し過ぎていて
「どうしたら良いんだろうか?
此処は、女だと全く疑われない事を悲しむべきなのだろうか?」と
気の迷いを脳裏に浮かべてしまっていた。
その可笑しな気の迷いに私が自分で気付き
ユーニが心配して私を見詰める、暫くの無言の時間・・・
私はユーニに見詰められたまま、ユーニから目線を逸らし
心の中での自分会議をした結果
「怪我してるって誤解してるのは、とても都合が良くないか?
誤魔化しが効くんなら、そのまま適当に誤解を利用して
騙してしまっても問題ないんじゃね?」と
結論を出して、会話を有耶無耶にしてしまう事に決めた。
『このコルセットを緩めたり、外したりしなければ
問題無いし、大丈夫だ…
所で、ユーニに折り入って頼みがあるんだが
聴き入れて貰えるだろうか?』
私は視線を逸らせたまま、神妙な面持ちで言葉を紡ぐ
ユーニは想定していた通りに
『何だい?言ってみなよ』と言ってくれた。
私はこっそり、ユーニに見られない様にほくそ笑み
今度は目を伏せがちにして、ユーニの目を見て
『今日、命日なんだ…
だから私を産んでくれた人の墓に供える花が欲しい…
本当は自分で調達したかったんだけど、ちょっと無理っぽいから
花を買いに行くのに付き合っては貰えないだろうか?』と言うと
しっかり私が作り上げた、演技の雰囲気に呑まれ
ユーニは目尻に涙を溜め
『任せてくれ!街に着いたら手配してやるよ!』と
嬉しそうに笑って言ってくれる…
「って…ちょっと待て!コラ!
私は、花を手配してくれとは頼んでないぞ!」
私の思いを知ってか知らずか、ユーニは凄く御機嫌で
私的に振動で手首が痛くて嫌なのだが
ユーニは、馬を走らせてくれるのであった。