048[変化]
建物の中、周囲に窓も無く、自然の風の吹かない廊下
セププライの記憶に有る通り、この場所では
私が操れる風は少なく、この時点で殆ど使えなくて
剣を振り翳し襲って来る相手をその風で如何にか出来る訳もなく
「あ…死ぬな、これは…」と思い、目を閉じた次の瞬間
温かい何者かが、私の体を抱く様に衝撃と共に包み込み
気付けば私は、後頭部を手で押さえられ、誰かの胸に押し付けられ
冷たい廊下に仰向けで押し倒されていたのだった。
次の瞬間、此処は室内なのに、土砂降りの雨が降り始める
大きな塊の物が、落ちる音に続いて
誰かが倒れる音と、野太い悲鳴が聞こえてきて
一瞬の通り雨は、上がる。
雨上がりに、周囲の息を飲む気配
私の体を包む温かい何者かが、私に体重を掛けてきて
両方の腕で、ぎゅっと力強く私を抱締める
私は強く抱き締められ過ぎて『はうっ』っと声を漏らし
沢山の足音が近付いて来て
少し離れた場所で立ち止まったのを私は耳で確認する
扉の開く音、新しく甲高い悲鳴が木霊し
私はゆっくり目を開けるが
誰かの下敷きになった、少ない視界の先に見えたのは
私を下敷きにしている者の衣服から滴る、赤い液体と
顔を横に向けて見る事が出来る床に降った血の雨の痕だけだった。
無意識で留めていた呼吸を再開し、私は血の臭いに噎せる
私を包んでいた者は、噎せた私を抱き起し
心配そうに見詰め『大丈夫?怪我は無いか?』と心配する
そう、私を庇う為に私を抱締めていたのはユーニだった。
私は庇われた事を恥しく思い、ユーニから目を逸らし
廊下に溜った赤い水溜りを見て、目を開けた時の光景を思い出す
ユーニの衣服から滴っていたのは、如何考えても血液だった
私は一瞬、怖い考えと寒気が過ぎり
『ユーニ…お前、背中見せろ!』と言って、後ろを向かせ
血に染まってはいるが、ユーニの背中に怪我が無い事を確認すると
「取り越し苦労だったか」と、自分を落ち着ける為に深呼吸する
そして多分、私の体は「死を覚悟して緊張した」のと
今の一瞬の怖い考えに「極度のストレス」を感じていたのだろう
緊張が解け、安堵して、私の体からすぅ~っと力が抜けていく
胸元を押さえていた私の手が緩み、私の手からドレスが離れ
ウーニによって紐を解かれ
支えを無くしていたドレスとコルセットが下へと落ちて行く
『フロース?もしかして、僕の事を心配してくれた?』と言って
私に後ろへ向かされていたユーニは、私の方へと振り返り
『うわっ!』と叫んで、大慌てで私のドレスを不器用に引き上げ
私に『ちゃんと服を押さえといてくれよ!』と叫ぶ様に言い
着ていた自分の上着を脱ぎ、舌打ちし
ジャケットが血だらけなのを気にして投げ捨てて
今度は自分が上着の下に着用していた詰襟のシャツを脱いで
それを私に腕まで通させて着せ、きっちりボタンを留めて
安堵の吐息を洩らした。
「其処まで必死にならなくても」と思いながら
ユーニに『ありがとう』と伝え
精神的に余裕の出てきた私は、周囲に目を向ける
首を刎ねられた遺体が3つ、廊下に転がっている
首を刎ねたであろう剣は、ウーニの手に握られていて
ウーニを羽交い絞めにするストゥディウムの姿が見える
使用人達は怯え、衛兵達までも怯えている
「何か変だ」と、何となくセププライ寄り私は思ったのだが
それと同時に「セププライの記憶の中のウーニは
そんな事が出来る技量なんて、持ち合わせていなかった気がするが
セププライの死後、鍛錬でも積んだのだろうか?」と
私は疑問符を浮かべ、黙って静かに、その場を見守った。
ウーニが『放してくれて大丈夫だ』と言い
ストゥディウムがウーニを解放し、『後は頼む』とウーニに言われ
ストゥディウムの指示で、後片付けが始まる
ストゥディウムの指示で、
私が着用していた「血を吸って重たくなったドレス」は
その場に残して行く事になり
上半身裸になったユーニに
私は、シャツと1枚の下着とハイヒールと言う変な格好で
風呂に入れられ着替えさせられた部屋へと
強制連行される事が決定する
私は抵抗する事無く、ユーニに抱き上げられ連れて行かれる
その途中、何となく気になって、ウーニの方に目を向けた。
すると、まだその場に居たウーニが
此方の方を静かに黙って凝視しているのが見える
私は、その目を見て、背筋を這い上がる様な恐怖を感じ
気付けば鳥肌を立たせ、ユーニの生肌にしがみ付き
セププライが知るウーニであった筈の人物から身を隠す為
ユーニの胸に縋り付く
何故だか分からないけど、ウーニが凄く怖かったのだ
私の様子の変化に気付いたユーニは
『その格好じゃ、如何考えても寒いよね…
風呂の準備させるから、暫くこのままで我慢して』と、
何かしら勘違いしてくれた様子で、使用人に毛布を持って来させ
その毛布で私を包んでから抱き直し
風呂の支度が出来るまで、部屋で長椅子に座り
『姫抱っこされてんの嫌なんだけど』と言っても
『高確率で、総てを投げ捨てて逃げそうだから』と
私を解放する事は無かった。
実質、その通り、風を使役し辛い「こんな場所」からは
「早々に祖母を奪還して、脱出したい」と、思っていたので
私はユーニに反論する事無く
バレバレな私が考えている事を誤魔化すのも、面倒だったので
狸寝入りを決め込んだ
何をしなくても、待っていれば時間は経過する
『支度が整いました』との声に、私は目を開け
ユーニの膝の上から脱出しようとすると
『運ぶから、大人しくしててよ』と、ユーニに言われた。
風呂場に着き
無駄に広い脱衣所に置かれた革張りのソファーに座らされ
私の中で、動揺と焦りが駆け巡る
「ちょっと待て、ユーニは何処まで手伝うつもりなんだ?」
椅子に座らされ、靴を脱がされるのは、良しとする
『足首とか痛めてないか?』と、撫でる様に確認されるのも
ちょっと嫌だけど、我慢しよう
それから、毛布を剥れるのは、一向に構わないのだがしかし
ユーニは、無造作にシャツのボタンを一つ一つ外し始める
私は上から3つ目のボタンで、ユーニの手を掴んだ
『ちょっと待ってくれ、何するつもりだお前』
『フロースを風呂に入れるつもりだよ』
ユーニは、そう答えると3つ目のボタンを外し
4つ目のボタンに手を掛け、普通に外していった。
私は意味が分からず放心し、正気に戻って
『いや、いやいやいやいや……何、手伝おうとしてんだよ
つぅ~か、脱がすな!これ以上は勘弁してくれ!』と抵抗する
ユーニは、何かしら思いつめた様子で『見せてくれよ』と言う
『は…裸をか?』
『えっと、違うくて、そう言うんじゃなくて「
僕が見たいのは「女神の刻印」とか言うヤツ』
私はユーニからそう聞いて、大きく息を吸い込み
『何でまたそんなモノを…』と言う言葉を息と一緒に吐きだした。
『刻印を持つ女性を探す為にだけ、無駄に国家予算を使って
父上は「その一点」を中心に、恐怖で政治を動かしているんだ
その関連での処刑数の多さを知らないのか?
気になった事は無いか?』と、ユーニは擦寄りながら言う
私は、私が生まれた時
祖母と祭司の爺さんの手で、2種類の出生届が作成されていて
「フロース・男」となっている書類の方が憲兵に渡され
保管分の方では、2種類「フローリス・女」となっている書類も
教会で保存されている理由について
祖母と祭司の爺さんから聞いた話を思い出し
城下に住む権利を手に入れ、市民となった時に提出した書類を
「フロース・男」の方にした理由も
それ関連の事が、あったからだった事を思い出す。
私が黙っているとユーニは、少し覆い被さり気味になりながら
『フロースは、自分の性別が女神様に変化させられて
秘密にしてたってたのって
バレたら、性別を最初から偽ってたって疑われて
身内が処刑される危険に晒されると思ったからじゃないのか?』と
真面目な顔して訊いて来る
「カースが言った法螺話、まだ信じてるんだ…」
私は、ユーニには悪いが、ユーニの話しとは少しだけ違う事を考え
カーリタースに感謝しながら
「以外と、バレないもんなんだな」と、ある意味で感心する
ユーニは、私を見詰めながら
『この国の王族である僕が
国を混乱させる原因である、父上の探し求める刻印の事を
「見てみたい」と、思うのは、可笑しな事かな?』と
言葉を続けてきた。
私は近付き過ぎなユーニの顔を直視するのに耐えられなくなり
顔を背け視界に入った姿見を二度見する
「何時の間にかこんな格好になってしまったのだろうか?」
少し離れた場所に置かれた鏡に映る自分達の姿に驚き赤面する
『えぇ~っとぉ~…』「どうしよう」
私は胸元と内股に有る刻印ラインをシャツを寄せて隠し
ソファーの上、ユーニに両肩を押さえ付けられ
背凭れに貼り付けられた様な格好で硬直してしまった。




