043[手配犯の集う酒場にて]
ユーニとグランツの行動が気にはなったが
開け放たれた窓から入る風が、私の味方をしてくれる
風に運ばれて来た羽虫が
私の通行を足を出して邪魔しようとした男の顔に体当たりをし
男に小さな悲鳴を上げさせた。
私は悲鳴を上げた男を一瞥して、そのまま通り過ぎ
カウンターで酒を飲む男の飲んでいる物を確認してから
『不躾で申し訳ない、この酒場でのルールを教えて欲しい
御代は、ビール1杯で良いだろうか?』と、男に声を掛け
カウンター内のバーテンダーに微笑み掛け
メニューに書かれた2倍以上の酒代をカウンターの上に置く
カウンター席で酒を飲んでいた男は、私を目線で
上から下まで物色し
『あそこに居るのは、我が国の王子と隣国の王子だろ?
2つの国の王子様を引き連れて来るとは豪勢だな、御姫様!
こんな場末の酒場に何の用だ?』と、大きな声で訊いて来た。
カウンターで酒を飲んでいる男の言葉に反応し
私達以外の酒場に来ている者達、総ての視線が
この国の王子であるグランツと、隣国の王子であるユーニに向き
ユーニとグランツが、自分達の素姓を明るみに出され
この後に起こる可能性の高い、戦いの為に身構える
因みに、多分…カウンターで酒を飲む男が私に言った
この場合の「御姫様」は・・・
私が女である事に気付いたのではなくて
私を男と思い、男と認識した上での「イヤミ」であろう
私は暫く無言で、面倒臭そうな目をして
カウンターで酒を飲んでいる男を眺め、大きく深呼吸して
不意に一度、大きな音で柏手を打ち、周囲の意識を自分に集め
『御戯れは、この辺で終了して貰っても良いか?』と
意識して低くした、自分の声を風の力で拡張して周囲に広めた。
一瞬、沈黙して…ざわめき出す店内
私は振り返り店内を見回し、獲物が不在なのを見て知って
大きく溜息を吐き
『私の一個人的な私怨で
賭け試合を申し込みたい相手を探しに来たのだが
今回、此処には不在みたいだな…
まぁ、仕方がないからもう一度、同じ事を言わして貰うけど
この酒場での「ルール」を教えて欲しい
この国のルールに則った「賭け試合」を出来るのかも…
教えて頂ければ幸いだ』と、正直に言ってみる
カウンターで酒を飲んでいた男は、表情を変える事無く
『そうかそうか…で、王子様を連れて来たお前は何者だ?
一般人が、2カ国の王子を共にして行動はしねぇ~よな?』と
再び私に、質問を投げかけて来た。
私はユーニとグランツを見て、私の素性が知りたいのだと知り
『あぁ~』と、面倒臭そうに声を上げてから
『私は、この国から南方方向にある
隣国の罪人処刑専門の元剣闘士だって言えば
グランツとの関係がそれなりに分かるかな?
因みに、隣国の王子様との関係は…
私が剣闘士で得た賞金で、祖母が経営する
「アーレア・フローリブス・コンシタ」って
店の客と、経営者の孫って感じだな』と、大まかに説明した。
また、店内が沈黙する…今度は、先程より長い沈黙で
私はちょっと不安になり、周囲を見渡す
見渡し戻ってきた、私の視線に合わせて
カウンターで酒を飲んでいた男は、小さく舌打ちし
『俺が知る限り、現在、その若さで元剣闘士を名乗れるのは…
隣国に住む、カーリタースって言う名前の
興行師兼、傭兵仲介人が飼ってる
「死の贈り物をする花」って、呼ばれてる
暗殺者のフロースだけだ…お前がそれか?』と
聞きたくなかった私の「二つ名」を出して、言って来た。
「ネームバリューで
物事が上手く進行する様になったのは良いけど…」
情報もほぼ、間違いない…の、だが・・・
「誰が名付けやがりやがったんだ?」と、言いたくなる様な
私的に意味が分からず、何となく恥ずかしい
私に何時の間にか付けられた「二つ名」と「枕詞」に対し
私は眉間に皺を寄せる
私の様子が気になったのか?ユーニとグランツが
余計な事に入口から離れてくれ、私の近くへとやって来る
私は色々、イラっとして
『私が、その話に出て来る「フロース」である事は認めるが
その二つ名と、枕詞は、外して欲しい…
寧ろ、それ付きで私の名を拡散したら、呪うよ?』と
刺すような視線で、カウンターで酒を飲んでいた男を睨んだ。
カウンターで酒を飲んでいた男は
『おぉ~そうだよな、そう言うモノだよな』と、言って
ニヤリと私に向かって笑い
『そうだな…今のは、俺が悪かった。
職業柄、内密にしなきゃイケナイ名前だよな』と、言う
「何処から突っ込みを入れるべきなのだろうか?」
一応、連絡しておくが…
仕事上、奇襲の時とかに暗殺的な事はするし
趣味と実益を兼ねて、プライベートで気紛れにやる事はあるが
私は、暗殺の依頼を受けた事が無い
「今後も、暗殺の仕事は受けるつもりが無いし…」
実績が無いのに暗殺者と呼ばれるのは
ちょっと普通に仕事の上で、不都合が出て来るのであった。
私が、不都合を回避する為に反論を考えていると
ユーニが、酒場のマスターらしきカウンター内の男と
カウンター席で酒を飲んでいた男に対し
ちょっと価値の高い金貨をカウンターに置いて渡し
『僕も、フロースが賭け試合を申し込みに来た相手に
別件で用事があるんだけど…話を聴いて貰えるかな?』と
にこやかに話し掛けていた。
ユーニが何を言い出すのか?と、様子を見ていると
『実は…困った事に、僕の国で
教会の祭司と、教会に隣接する孤児院の子供達
教会に預けられていた「先々代の王の妃」が殺されたんですよ
これは、外交問題になってしまうんですよね…ね?グランツ』と
グランツを巻き込み
『君達も、隣国の「先々代の王の妃」を殺した奴の為に
自国が戦争になったら、困るんじゃないかな?
傭兵として、一時的に高い給料を貰えても
今まで蓄えた資産の価値が下がったりしたら、困るだろ?
このまま行くと、戦争の為に物価が無駄に上がって
金銭の価値だけが、下がっていってしまうよ?どうする?
取敢えず「実行犯達を売り渡してくれたら」
「強盗殺人の犯人の処刑」って事で、僕とグランツで話を纏めて
国家間の問題を内密に解決できるんだけど』と
私が予期しない方向に話を持って行かれていた。
『あぁ~そうそう!そいつ等ね
店への借金返済済みでない娘を店に黙って連れ出し
勝手に転売して、各地の娼館に損害を与えて回ってもいるんだ
何か知らないかな?それを僕等に教える事は
君達が不利益を被らない為に必要な事だと、僕は思うんだけど』
ユーニは、何時の間にか酒場に居る者達の心を掴み
『無償で、だなんて言わないよ』
『今日の酒代は、僕が奢るよ』と、情報収集をし
私とグランツに、その成果を
子供の様に無邪気な顔で、自慢してくれたのだった。
グランツは、戦闘がしたいタイプの男であるが故に
拍子抜けした様子で、つまらなそうに
『そうなんだ…凄いね』と、口先だけでユーニに対応し
私はユーニに・・・
『ゴメン!嫌がると思ったから勝手な事をした!今回は…
唯一の身内を殺されたアルブムに譲ってやって欲しい
犯人を国に連れ帰って、罪を償わせる事を了承して欲しい』と
私的に弱い部分を突かれて、言われてしまい
更に追い打ちで、私の中のセププライの記憶が
アルブムの辛い気持ちを私に理解させ、それが歯止となって
私はその事については、何にも言えなくなってしまった。
「それにしても…想定外なレベルで、しっかり組みたてられた
この場に居る者達への不安の煽り方だな
嫌がる者にも協力させる事の出来る、上手い会話進行だ」
私は少し、ユーニの事を見直し
「さっきまで、黙り込んでたり…静かにしていたのは
こんな事を考えていたからだったのか」と、感心したと同時に
「でも、やっぱり…ちょっと、おバカさんなんだよな」と
極め切れない、不完全さの残るユーニに対して
心温まるモノを感じる
カウンターで酒を飲んでいた男も
私と似た事を考えていたらしき反応を見せて、苦笑いしていた。
ユーニは、私とカウンターで酒を飲んでいた男の思いも知らず
親戚の家に遊びに来た御子様の様に
強面の指名手配犯達とフレンドリーに会話して
程良く酒が入り、饒舌になった指名手配犯の自慢話に対して
素直に感動し、褒め、多種多様な情報を引き出し
指名手配犯の自慢の技術を実演して貰い
『僕にも出来るかな?』と、その技術を教わったりしていた。
私とグランツは・・・
カウンターで酒を飲んでいた男の隣りの席に陣取り
この酒場の主的存在であった筈のその男に
グランツが、この酒場で一番高い酒を注文して勧め
私達も同じ酒を注文して、3人同時に溜息を吐く
『私の連れが…何かもう、何て言うかごめん』
私は、グランツと酒場の主的存在であった男
勿論、酒場のマスターらしきカウンター内の男に頭を下げる
店主は『高価な金貨を貰っちまったし
料金分は好きなだけ騒いでくれて結構だ』と笑う
グランツは・・・
『昨日の時点で気付いてたから気にするな』と、言い
酒場の主的存在であった男も
『根城にしちゃいるが、俺の店じゃないから気にするな』と
2人で似た様な事を言い
『この状況は、お前の所為じゃないから』と言ってくれた。
その通りではあるが・・・
『このお祭り騒ぎ…何時になったら終わるんだろう?』
私の問いに誰も答える者はいなかった。
隠し芸大会会場の様になった店内は
ユーニを気に入ったらしい、犯罪者達が集って
ユーニに対してユーニに見せる為に自慢大会をしている
その他の者達も、それを肴にタダ酒を食らい楽しんでいた。
この御祭は・・・
閉店時間を越え、翌朝まで続いてしまったのであった。