003[私とユーニの初めての遠出]
[私とユーニの初めての遠出]
腹にできた傷を押さえ
くの字になり脂汗を掻きながら、倒れ伏す騎士殿から・・・
『お前が「死の贈り物をする花」のフロースか…』と
「誰が名付けやがりやがったんだ?」と、言いたくなる様な
私的に意味が分からず、何となく恥ずかしい
私に何時の間にか付けられた「二つ名」を呟かれる。
私は眉間に皺を寄せ「コイツ、死ねば良かったのに」心で悪付き
階段から落ちた騎士殿の容体を確認する振りをし
こっそりナイフを回収して
『ドジな客だなぁ~…
階段を踏み外さないでくれよ、もう少しで私まで
巻き込まれて階段から落ちる所だったじゃないか』と
何食わぬ顔をして『仕方ないなぁ~』と、言って見せ
その場で騎士の様子を見ているのも馬鹿馬鹿しいので
医者を呼びに行く事にした。
取敢えず・・・
ナイフを投げた時、パトロンの女性には
私が騎士に対して「何かした」のが見えたかもしれないが
「何をした」のかまでは、分からないだろう
ユーニは・・・
『アイツが階段から落ちなければお前…死ぬ所だったんだぞ!
フロース!誰かに殺される前に、誰かを殺して殺人犯になる前に
僕と一緒に来い!』なぁ~んて
既に割合有名な「殺し屋」である私を心配してくれている。
今回の事で、問題が起きる可能性は低いであろう
私は1階の店の店員に声を掛け
「アーレア・フローリブス・コンシタ」に常駐の医師を呼び
現場に案内する事はせず場所を教えて、その足で厩に向かった。
追掛けて来るユーニを無視し、突き進み
店の横に隣接する厩に入り、厩番に声を掛け
私は弓と矢の詰まった矢筒を持って
私を産んだ女性が仔馬から育て、可愛がっていた
尾花栗毛な愛馬「アモル」・・・
栗毛で鬣と尾が白い、25歳を過ぎた超高齢な雌の愛馬を連れ出す。
ユーニは『何処へ行くんだよ!』と
自分の白い、見るからに質が良く値段の高そうな馬を
私と同じ様に厩番出して貰い、追掛けて来る
私は追掛けて来るユーニと馬の足音を聞きながら
風で靡き、少し邪魔になる紅茶色の髪を手櫛で一つに束ね
紐で括りながら、溜息混じりに『仕事だ』と伝え
私は、少し振り返って・・・
『所でユーニ…
今日は、騎士としての訓練に行かないのか?』と、訊いてみた。
ユーニからは・・・
『今日は夜勤明けの非番』と想定外な言葉が返ってきた
『は?じゃぁ~帰って寝てろよ…』
『そうしたら、何時まで経ってもフロースが
普段、何処で何してるか…分からないじゃないか!』
『何でまた、そんなモノに興味あるのさ…』
『僕はフロースの親友に成りたいんだ!
だから、フロースの事がどうしても知りたい!
フロースには、僕の親友になって欲しい!
僕の事を知って欲しい!だから、同じ時間を共有して
御互いの事を理解し合いたい!駄目か?』
私はユーニが情熱的に真剣過ぎて、どうして良いか・・・
セププライの知識を使っても、どう扱って良いか
本当に分からなくなってきていた。
馬に乗り、2人で一緒に進む道・・・
劇場の裏手にある「宿屋・花街」の街並みは
夜伽遊びに興じた者達と、それを見送る夜伽の相手をした者達の影
パトロンを残し、仕事に向かう貧乏な騎士や商人等
パトロンを迎えに来たり、パトロンを送る馬車の姿で
静かに忙しない雰囲気を醸し出している
私は、ユーニと馬上で話をしながら馬を操り
時々出くわす酔払いを器用に避けながら、安全に道を通り抜け
会話しながらも思案を続けていた。
自国の第一王子をそうそう邪険にする訳にもいかない
だからと言って、私には秘密がある
我が国では今、現在の国王ウーニウェルスムが・・・
王族の血を引いていないと現れない
「女神の加護を示す刻印」を持つ、女児や女性を
17年程前から、虱潰しに探している
密かに私の「右内腿・足の付け根近く」には「ソレ」が存在した。
この国で生まれた事が知られている、私が「女」だと発覚すると
1回は、宮廷医師に全裸にして調べられる
赤子の時ならいざ知らず…この年齢で調べられるのは美味しくない
更に「国王御捜しの刻印」が、私の体には存在するのだ
「親が誰か」までも、確実に調べられる
調べられると・・・
今も愛人関係にある祖父と祖母に迷惑が掛かってしまう
私はコレ以上、自分の生活に介入されて
ユーニに「女」だとバレない自信が、何故だか持てなくて
焦げ茶色の目を伏せ『困ったな』と、溜息混じりに呟いていた。
私が放つ空気を読まないユーニが・・・
『溜息なんて吐いて、何か悩みがあるのかい?
僕が相談に乗ってあげるよ』と、無邪気に笑って下さる
私は乾いた笑いを浮かべ
突き当たりを城門のある本通りに向かい馬を歩かせ
城下町の出入り口のを抜けた後、暫く本気で馬を疾走させた。
油断したユーニを・・・
私が向かう予定の目的地に向かう途中の森の中で
「まいて逃げてやろう」と、考えての行為だったのだが
街道を走り抜け森へ入り、一山越えた深い森の中
『あっさり、ついて来てやんの…』
『え?もしかして…僕から逃げようとしてた?
だが甘い!僕の馬術は指南役のお墨付きだ!
逃げても無駄だよ!今日こそは、逃がさないからね!』と
感情の高ぶりで、若草色に変化した青い目を輝かせ
ユーニは目の下に色濃く隈を作り
寝落ちしない様に必死で起きている御様子で怒鳴ってくる
最初の森の入り口付近で逃げ切る予定だったので
現在の状況に私は、本気で困惑していた。
私の頭の中で、幾つかの可能性が持ち上がり始める
ユーニに森の中で寝落ちされて、落馬されてしまう危険性…
そこら辺の野原でユーニに昼寝されて野犬や狼、熊とかに
ユーニが食べられてしまう、古典的で面白味の無い落ち…
現時点で、この先ユーニに何かあれば・・・
城門を出る時に一緒だった私の責任になってしまう事が
なぁ~んとなく、想定される
それをユーニが自分で回避してくれそうにない現実に私は涙した。
それに「不眠の状態で、私とアモルについて来れるって言う事は
私よりもユーニの方が、馬術技能が上なのだろうな…」
私はアモルの状態を見て、逃げる事を諦め・・・
目的地手前の山小屋にユーニを案内する事に決める
私が大きく深呼吸して、最後に諦めた様に息を吐き
『安全に仮眠をとれる場所に案内してやるよ、ついて来い!』
そう声を掛けると・・・
ユーニの表情が和らいでユーニの体が少し揺れた。
「コイツ…もしかして限界なのか?ヤバイな」
私は急いで自分が乗った馬をユーニの馬に寄せ、ユーニを支える
このまま、馬上でユーニに寝て貰っては身動きが取れなくなる
こんな場所、馬に乗った状態で動けなくなるのは
冗談抜きで本当に、とっても危険だった。
「こんな場所で、野犬や狼や熊の餌に何てなりたくねぇ~ぞ!」
私は仕方無しに、少しユーニに希望を抱かせる様に
『案内するけど…
私はまだ、ユーニの親友に成ったつもりはないからな!
一時的に一緒に行動するだけだから、それを覚えとけ!
今寝たら、親友になってなんかやらないぞ!』と
自分的に不都合が生じる危険のある言葉を選んでユーニに言った
私の言葉に反応してユーニが自分を支える私の手を取り
『「まだ」だね…分かった、親友になる為に頑張るよ』と微笑む
何かちょっと健気な感じのするユーニに私の胸が痛くなった。
実は私、ユーニを目的地には連れては行かない
そんな、つもりだったのである
「山小屋に寝かせたら
そのまま小屋に置き去りにして、一人で目的地に向かおう」
なぁ~んて風に考えていた…のだが
いざ・・・
山小屋に辿り着き、馬を厩に入れ
ユーニに先に小屋に入るように言っても、言う事を聞き入れて貰えず
放置して、馬に水と干し草を与え終わった今
『厩で寝るなよ…』
私は途方に暮れていた
ユーニは厩に置いてあった壊れかけたベンチに座り
私の荷物を腕に抱締め、そのまま熟睡していたのだった。
今回、持って来た唯一の私の荷物・・・
私が持参した「弓と矢の入った矢筒」は
今回、目的地に行ってやりたい事があって持って来た物で
それが無いと、此処まで来た意味が無くなってしまう
「それより何より…マジで、弓だけは返して欲しい
そんな弓に体重掛けられたら、弓が曲がって使い物にならなくなる!
つぅ~か…もう、手遅れだろうか?」
気持ち良さそうに眠るユーニを見ていると
だんだん、腹が立って来た。
私は徐に・・・
ベンチを蹴り壊しても、ユーニが落ちて大怪我しない場所を蹴り
ベンチを崩壊させてやった
ガシャドスンと壊れ落ちる音、ユーニのなさけない悲鳴
音と声に驚いた馬の嘶きだけが
静かだった厩の中、静かな森に木霊する
「乙女か!」と、突っ込みを入れたくなる様な座り込み方で
驚き慌てふためくユーニの姿を見て
私の気が少しは晴れた。