014[目の前の御茶の席と私]
[目の前の御茶の席と私]
私はコクレアから渡されたメッセージカードの
カーリタースから私へのメッセージを読み
手近にあったテーブルの灰皿の上で
何時もカーリタースに言われている通り、メッセージカードを燃やし
炭となったカードの燃えカスを指で弾いて
今後、他の誰にも読めない様にカードの残骸を粉々にした。
コクレアは黙ってその光景を眺め
私の頭を撫で、私の肩を引き寄せて歩き出す
最初にコクレアが、私とユーニを呼び寄せた座席へと戻るらしい
「従うしかないか…」
私はコクレアに促されるままに行動する事にした。
私の気持ちを知ってか知らずか・・・
コクレアは座席に戻る途中「念には念を」と言う事なのだろう
『坊ちゃんがオイタしない様に、見張る手伝いをして頂戴』と
ユーニに声を掛ける
そして、逃げ場の無いテラスの端の席に存在する
一番奥の椅子にユーニを座らせ、
その次に私…続いてコクレアと言う順番で、私を挟んで座る
座り、落ち付いたコクレアは
撤収しきれていなかった半裸の女性店員に向かって
『もう、この子…暴れないから注文の品を持って来て頂戴ね』と
私が暴れる前に頼んだ商品を催促した。
『ほら、ストゥディウムさんも!』と、コクレアが誰かを急かす
その声に反応し、髪を掻き上げながらボス猿団長が動いた
「ボス猿って、そんな名前だったんだ」
私はボス猿団長の名前を呟き
夢の中でさえ、全く聞き覚えが無い事に内心驚いて
色黒で金髪碧眼なボス猿団長の顔やら体やらをじっと眺めた。
『ん?何だ?もしかして俺にホレたか?』
ストゥディウムが私の視線に気付き、ニヤリと笑う
御返しに私は、凄く嫌そうで何か言いたげな顔をする
正直な所・・・
「さっき、ボス猿の息の根を止めれなかった事を
この先も、こんな事に遭遇する度に後悔するかもしれないな…
なぁ~んて思ってしまう私に、罪は有るであろうか?」と思う
そんな中・・・
『ストゥディウムさん!坊ちゃんが嫌がりますから
フロース坊ちゃんの真正面には、座らないで下さいね』と
コクレアが言葉と、目の笑っていない素敵な笑顔で
先手を打って、牽制を加えてくれた。
暫くすると・・・
前、持って来ようとしていた商品は
混乱の中でブチマケラレ駄目になってしまっていたので
私によって、制服に危害を加えられていない女性店員が
注文の品を新しく交換して、持って来てくれる
テラス席のテーブルの上には人数分
数種類のホールケーキが1人1個かの如く並べられた。
私の目の前には・・・
フォークが1本だけ添えられた
苺が盛り沢山に積まれた、明らかに1人分では無いホールケーキと
紅茶用に準備されたミルクジャグに入ったミルク
砂糖壺、ティーストレーナー、温められたティーカップ
ティーポットは、熱い紅茶が冷めない様に
ティーコージーを掛けられた状態で配膳されている
「コレは凄い…と、言うか何んと言うか…
ナイフは何処?取り皿は何処へ?
このホールケーキは、もしかして…切り分けないのか?
本気でそのまま、フォークで食べるのか?ホント、マジデカ?
そうだとすると何つぅ~か、冗談抜きで男らしい御茶会ですな!」
私はちょっぴり怖気付き、取敢えずコクレアを見習って
紅茶をティーポットから、ティーストレーナーで漉して
ティーカップに注いだのだが・・・
ティースプーンとフォークしかない状態
ケーキに手を出すに出せず、座席に付いた全員の様子を窺った。
私の右にはユーニ・・・
王族の癖に、自分で御茶を入れる術を知っていた御様子で
私より優雅に紅茶を淹れ、優美に御茶を楽しんでいる
「イケメンで王族で…もしかして、風流才子だったりします?
ジェラシーしか、感じねぇ~なぁ~」
私は熱い紅茶を冷ましながら一口飲み、溜息を吐いて目を逸らす
私の左にコクレア・・・
コクレアは、現世での私の幼馴染の様な存在で
男なのに努力して、女性としての才色兼備を目指す人なので
敢えて何も感想は持って無いので、そのまま放置しておこう
私の真正面の席は、コクレアの計らいで空いていて
正面ユーニ側の席には、ボス猿団長事ストゥディウムが
偉そうに腕を組んで座っている
「相変わらずに、普段から偉そうだ
で、ホント相変わらず…手元に下僕を欠かせないんだな」
ストゥディウムの座る席の逆端の席では
アルブムが今現在、ストゥディウムの要望に応え
サイフォンでコーヒーを淹れる為
アルコールランプで、フラスコの中の水を熱していた。
私は1杯目の紅茶をストレートで味わい
2杯目の紅茶を砂糖を1杯だけ入れた
少しだけ甘みのあるミルクティーで味わいながら沈黙して
「暇だなぁ~」と思い、コーヒーを淹れているのを見守る
沸騰した圧力で、足管から吸い上げられた液体が
アルコールランプを消され、ネルフィルターで濾過され
フラスコに戻り溜りきるまでには、暫しの時間が必要だった。
注文の品が揃うまで腕を組み、何かを悩んでいたストゥディウムが
『取敢えずだ、ちょっとコレを読め』と
1通の開封した手紙の中から1枚を取り出し、中を広げた状態で
私の前に差し出してくる
それには、見覚えのあるカーリタースの文字が書かれていた
……親愛なる友「ストゥディウム」へ……
今夜の依頼、傭兵2人の貸し出しの件なのだが
一人目は数回貸し出した事のある「コクレア」で
もう一人は・・・
今回、我が組織の秘蔵っ子を貸し出す事にした。
その子は「フロース」と言う
16歳になったばかりの御子様なのだが
猿芸は仕込み済みで
サイレントに開始したい掃討作戦や、無差別の奇襲に特化する
少人数作戦に適した、鷹の様な子だ
新人の鷹匠のユーニ君で、何んとか出来そうだから
御試しで使ってみてくれ
今回は、コクレアとユーニ君に管理を任せておけば良いだろう。
後、こんな事を書くと弟子馬鹿に聞こえるかもしれないが
フロースは、傭兵としては凄腕なので
餌付けして、お前に懐く様に仕向けられれば
お前にとっても、凄く使い勝手は良い筈だ
この子は、セラに似ているから楽しめると思うぞ
何時か暇があったら、餌を与え
フロースを自分で飼えるかどうか試してみても良いと思う。
但し、フロースは一匹狼気質だから・・・
こちらの力量を見せて、尊敬を抱かせなきゃ従わない
馴れ懐くまでは・・・
特に凄く気紛れで、好き嫌いの激しい野良猫仕様となっている
相手の事を気に入らないと
依頼人でも殺すタイプの子だから、気を付けろ
それに加えフロースは、基本的に嘘や裏切りを嫌い
一度信用を失えば・・・
確実に敵対してくるタイプなので、取り扱いにも注意してくれ
今夜の作戦でフロースはまだ、扱い難い状態であろうが
先に書いた通り、コクレアがサポートしてくれる事になっている
大変だろうが頑張ってくれ
例によって例の如く、今回の依頼の成功を祈っている。
・・・追伸・・・
俺では甘やかしてしまって
誰にでも従う様には、躾けられる気がしない
フロースが、どんな集団行動の輪にでも入れる様…
気軽に気に入らない相手を殺してしまわぬ様…
そんな躾を頼む 以上
……君の幼馴染の「カーリタース」より……
私は無言のまま、紙に書かれたカーリタースの文字を眺めた。
「本人に断りもなく貸し出すなよ!つぅ~か…
私の扱いが、貸し出せるペット扱いってどうなの?」等
色々、私的に言いたい事は沢山あったが
依頼は依頼で、大幅な変更が有ったにせよ
既に受けた案件である事には、変わりが無いので涙を呑んだ。
呑んだのだが、しかし・・・
『困ったな…今日、私には他にも用事があるのだが…』
私がポツリと零すと『大丈夫です!』と、コクレアが言う
『母上様の御墓参りの序に、コノ依頼はこなせますよ
失踪した花売りをする女子供達の遺留品は必ず
その周辺の森で発見されていますし、今日のターゲットは・・・
綺麗な花を模したバレッタを付けて女装した坊ちゃんで決まりです!
その為にだけに、目立つ馬車で城下を走り回ったんですから!』
との事だ…と、言う事はだ
私が右手首を負傷して、墓前に供える花を準備出来なくて
「花売りの子達から花を買う予定」だってのは、偶然にしても
最低でも、カーリタースの中では・・・
私の髪を結い上げた時点で、私が此処へ来る事も
単独作戦の仕事しか受けない私が、騎士団に協力する事も
総て織り込み済みだったと言う事になる。
「全部、ユーニの都合の良い様になっている気がして腹立たしい」
なぁ~んて思っていた、私の気持ちですら
カーリタースの手の内での出来事だったのだろう
此処まで来ると、何処までがカーリタースの策略か分からない
『してやられっぱなしだな』
私は脱力して椅子の背凭れに体重を預け
少し思案し、抵抗を諦めた様に大きく溜息を吐いた。
私は少しの間、目を閉じ決意を固めて椅子から立ち上る
『さてと…コクレア、今直ぐ家まで送れ』
『えぇ?駄目ですよ!坊ちゃん、一度受けた仕事は完遂しなきゃ』
『ん?あぁ~…そう言う意味で言ったんじゃねぇ~よ
服とか髪とか化粧とか…
バアちゃんに身立てて、やって貰って来るんだよ
私のバアちゃんは、陰間の着付と飾り立てのプロだぞ
コクレアだって師匠って崇めてんじゃん…分かるだろ?』と言うと
コクレアは表情を緩め微笑んだのだった。
『そうよね…中途半端な女装して恥をかくくらいなら
綺麗に美しくなりたいモノよね』
『だろ?』
私がコクレアと連れだって行こうとすると
ユーニが私の腰を抱く様に捕まえる
『何なんだよ、お前は…何がしたいんだ?』
私がユーニの手を右手は使えず
左手だけで引き剥がそうとしていると、ユーニは更に腕に力を入れて
『カーリタースから!そう、カーリタースから
「誕生日を祝ってやってくれ」って、言われたんだ…』と
尻窄みに言い放ち、腕を解き開放してくれた。
ユーニは私を見詰め、私が何か言うのを待っている様子だ
私は困り『あ~…だからホールケーキなのか』と
ケーキに対する感想だけを口にすると
『いやいや…
ホールケーキが出て来るのは、この店での通常運転だよ』と
アルブムが覆してくれる
私は沈黙し、少し考えた
「今日は、教会の子供等の家にも寄る予定にしてるんだよなぁ~
アソコの子供等が、誕生を祝うケーキを年1回しか食べれないのに
私が此処で、自分の誕生日を祝うケーキを食べるのは
ちょっと気が引けるし、申し訳ない様な気がする。
それに、失踪した花売りをする女子供達ってヤツの中に
私の知る教会の子供等も含まれているかもしれないから
余計に今、祝われるのは嫌なのだが…しかし
コレが、1人1個のホールケーキってのが通常運転なら
残ったメンバーの所に、ケーキが2ホール余分にあっても
多分、大丈夫だよな」と、言う事で・・・
『ベファーナの祝福の日でもないのに
誕生を祝うケーキを食べるのは「私ルール」に反する
だから、辞退させて貰うよ』と言って、その場を立去る事にした。