騎士と魔女
緊張で詰まりそうになる息を、意識して吐く。
「ハァー…」
本番まであと15分。 セッティングも終わり、 後は時間を待つだけ。
テーブルに置いていたケータイが光って、お客さんの誘導係をしている後輩からの
『凄いです!!満員かもしれませんよ』
と言うメールを映した。
震える指でケータイの電源を落とし、テーブルに戻した。
今のメールを見なきゃ良かった
そんな小さな後悔を打ち消す様に、汗ばんだ両手で衣装であるローブの裾をギュッと握った。
今日は私達演劇部にとっての一年の花、大会の公演日だ。
私達が演じる劇は《騎士と姫》。
その名の通り、二人を主役としたラブストーリーで、騎士が王の命で戦いに行くことになり、彼は両思いの姫に帰ってきたら結婚してくれと頼み旅立つ。無事戦場から帰還した騎士と姫は結ばれハッピーエンド。
私の役は悪役で、戦場で騎士を惑わそうとする゛魔女゛だ。
私ったら、三年なのに大役だからって緊張しちゃダメじゃない!
心の中で自分を叱ってみても、手の震えは一向に止まらない。
そのことがさらに私を焦らせる。
「大丈夫か? あんな 」
その時、声と共に誰かが私の肩を叩いた。
ゆっくり振り返えると、そこには主役である゛騎士゛役の しゅんすけ が心配した顔で私を見ていた。
しゅんすけ は小学生のときからの友人で、今の演劇部に居るのも、彼の誘いだった。…そして、 今私が好きな人でもある。…が学年一のイケメンでモテもする。
そんな彼に今の自分を見られるのが情けなくて、 思わず彼から目をそらした。
「顔色悪いよ。まぁ あんなはこれが始めての大役だもんな。お前、緊張してるんだろ?」
さすが しゅんすけ 、よくわかるね
今声を出せば確実に震えるので、頷くだけで答える。
「なに言ってんだよ。わかるよそれぐらい」
まるで私の心を読んだかの様な答えに驚く。
いや、普通わからないもんでしょ。…しゅんすけってエスパー?
「いや、俺がエスパーなんじゃなくて、お前がわかりやすいだけだよ?」
うーん、皆には何考えてるかわからないって言われるんだけどなぁ
「まぁ、伊達に毎日見てる訳じゃないしな」
…うん?何か言った?
「いっいや、何でもないっ。そういえばもう緊張は良いのかっ?」
やめてよ!せっかく忘れてたのに、思い出したじゃない
思わずまた落ち込むと、
しゅんすけはスッと真剣な顔になり、いきなり私の前にひざまずいて私の左手取り、゛騎士゛の台詞、しかも一番重要な姫に告白するシーンの一節を話し出した。
「『姫、この度の戦いで私は戦場に向かわなければなりません。ですが、 私は必ず貴女の元へ帰ってきます。……だから、 だから無事に戻って来たあかつきに、私に許可を頂きたいのです。貴女を私のものにする許可を』」
「『何を今更言っているのですか。私はもう』っと、あぁ… えっと」
彼の迫真の演技に呑み込まれ、私も思わず姫の台詞を口走ったが、途中で現実を思い出し台詞を打ち切った。
すると しゅんすけ はなぜか少し不機嫌そうな顔をして、私の左手を離すと床に座った。
「しゅんすけは調子良いみたいだね。思わず姫の台詞を言いかけちゃったよ。本番もこの調子で。
…まぁそもそもこの台詞を言う相手は私じゃないけどさ」
私が褒めつつ、でも少し呆れたようにそう言うと
、なぜか しゅんすけ 更にその顔を拗ねたように歪めたが、すぐに子供の様に両手を私に向けて伸ばした。
「センキュ。…ん、起こして」
「あんたねぇ。子供じゃないんだから。…もうっ
よいしょっと」
彼を起こすために両手を勢い良く引っ張った。
立ち上がったときに勢いがあったため、彼の顔が近くなった。
急に近くなった好きな人の顔にドキッとした。
「ほら、もう大丈夫だ」
彼はいきなりそう言って笑った。
私は一瞬意味がわからず怪訝な顔をしたが、すぐにいつの間にか緊張がほどけていたことに気付いた。
まさか、今の会話は全て私の緊張をほどくために?…やっぱり しゅんすけ には敵わないなぁ。
私は素直にそう思った。
彼にはいつも助けられてばかりで申し訳ない。
でも彼は謝罪を求めはしない人なのだ。
「しゅんすけ、ありがとう」
勇気を出して、しゅんすけ の目を真っ直ぐ見ながら私はそう言った。
すると彼はなぜかバッと顔を背けた。
心なしか耳が赤い気がするがどうしたんだろう?
「くそっ、反則……」
……?何が反則なの?しかも最後の方が聞こえませんでしたけど。
おかしな言動をした彼を私は怪訝な顔をして見る。
「あの、しゅんすけ?」
呼び掛けると彼はビクッと肩を小さく跳ねさせた。それから何かを決心するかのように一度深く頷くと、こちらを振り返った。
「あんなっ!」
「なっなに?」
彼の真剣な表情にドキッとした。
「あんな はさっき、゛言うべき相手は私じゃないけどさ゛って言ってたけど…俺はあれ、騎士が姫に言ったんじゃなくて、俺自身がお前に言ったんだけど」
「…へ?」
言われたことが理解できず混乱していると、彼は更に言葉を畳み込んだ。
「だから、俺はお前がっ」
「はいストープっ。君たちさぁ、今何の時間か忘れてない?」
しゅんすけの言葉を遮って話したのは゛姫役゛のゆきだった。
「いやっ、でもゆきっ」
「はいはい、もう五分前だからあっち行く!」
「っあぁもうっ。あんな!」
「はっはいっ!」
「終わったら話すことあるからな!!じゃ!」
「うっうん」
しゅんすけ はそう言い残すと本番に備えに行った。
「ったく。あんな もっ…頑張ろうね」
「…うん」
私とゆきは頷き合った。
〈ブーー〉
幕が上がる合図のブザーが鳴った。
私はしっかり深呼吸して気持ちを切り替える。
―私達の、最後の舞台が始まる。―
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「でも、本番のときの先輩達の演技、凄かったよねぇ」
「ねぇ、しゅんすけ先輩とゆき先輩、…それに、あんな先輩も!」
「そうそう!だから、最優秀賞って言われたときにやっぱりって思ったもん」
「ね!」
「あっでも知ってる?」
「何?」
「あのあと、しゅんすけ先輩とあんな先輩が付き合うようになったんだって!」
「うそっ!」