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85.エルハリス――26

「――ファリス様、いらっしゃいますか?」

「おう」


 ドアの向こうから聞こえてきたのはリフィスの声。

 その傍にはユイの気配もある。


「よりによって今日、朝食もとらずに部屋で何をしている? 入るぞ」

「こら、勇者貴様――」

「…………なん、だと?」

「ファリス……様……?」


 リフィスの慌てる声を他所にドアを開けるユイ。

 そして二人は同時に凍り付く。


「――ぅ……ん」


 その視線の先……俺の腕にしがみつく格好で眠っていたエマが、小さく身じろぎした。

 その拍子にはだけそうになった布団を、自由な方の手でかけ直す。


「まぁ、そういう事だ。エースを寝不足の状態で起こせないだろ?」

「そっ、そういう事とはつまり――」

「いや待て、落ち着くんだリフィス! まだそうと決まったわけではない!」

「あ……ファリスさん、おはようございま――って、あの、わたしっ……!?」


 騒ぎ出した二人につられてかエマも目を覚まし、此方もまたパニックに陥る。

 はぁ……。

 ひとまず全員が最低限の落ち着きを取り戻すのを待ち、こうなった経緯を説明する事になった。


「……して、その経緯とは…………?」

「昨日の夜にコイツ(エマ)が訪ねてきてな。明日いよいよ魔界(エスルグム)に乗り込むと思うと緊張して一人で寝られなくなったって言うから好きにさせただけだ」

「……本当にそれだけなのか?」

「それ以外に何があるって言うんだお前は」

「い、いや……別に、何と言う事も無いが……」


 何故かしどろもどろになって視線を泳がせるユイ。

 代わってリフィスが静かに口を開く。


「――エマ殿」

「は、はいっ!」

「一人で眠れなくなったというのはともかく、相手にファリス様を選んだのは何故です?」


 こっちも静かなのはいいんだが、妙な気迫を放っている。

 それにあてられたように顔色を悪くしていたエマは、どこか怯えた様子で俺の腕にしがみつく力を強くする。


「その……ファリスさんの近くにいるのが、一番落ち着くので……」

「それは当然です。――しかし!」

「ひっ!?」

「…………いえ、なんでもありません。貴女の言い分はよく分かりました。ご無礼をお許しください」

「い、いえ……こちらこそ済みません」


 唐突に矛を収めるリフィス。

 ……何か面倒なものを封じ込めたようにも見えて、場は一段落したが全く安心できない。


「――話は済んだの? ファリスはともかく、エマはそろそろ朝ごはん食べた方がいいんじゃない?」


 新たに部屋のドアを開けたのはキィリ。

 こいつ……、絶対タイミング見計らって現れやがったな。


 とはいえ、この話題がそれ以上引っ張られる事もなく。

 最後の準備を済ませた俺たちは、これまでは敢えて邪魔にならないよう干渉を控えていたというラネルたちに見送られてエルハリスを後にした。

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