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84.エルハリス――25

 リフィスが部屋を去った後しばらくして、再びノックの音が部屋に響いた。


「勇者サマが今日は何の用だ? 扉なら開いてるぞ」

「失礼する」


 部屋に入ってきたユイは部屋を軽く見回し、ベッドに転がっている俺の姿を見ると何とも言えない表情をした。


「……お前、今日ずっと寝ていたのか?」

「外に出たところで今更やる事も無ぇからな」

「お前と言う奴は……。まぁいい、それなら少し付き合え」

「だから何の用だって最初に聞いたんだがな」

「夕食の誘いだ」

「なんだ、またメーゼの妙な薬でもキメてんのか?」


 返事は弾丸のように飛んできた聖剣の鞘だった。

 殺気が無かったせいで見事に不意を打たれた眉間をさすりながら身を起こす。


「いや、その気が無かろうと普通の人間が今の喰らってたら死んでるからな?」

「分かっている。相手がお前だからこそだ」


 恨みがましい視線をしれっと受け流し、鞘を回収したユイは振り返りもせずに部屋を出て行く。

 誘われる筋合いは無いはずだが……わざわざ断る理由も特には無い。

 俺が大人しくついてくるのを確認すると、ユイは次第に人気の無い路地裏へ入っていく。


「なんだ、闇討ちか?」

「馬鹿を言うな。そもそも人通りは減ったが、すぐそこには見回りの兵の気配もあるだろう」

「お前がその気になれば誰がいようと関係無いだろうがな」

「そんな事を言い出せば場所を選ぶ理由も無いだろう……ほら、着いたぞ」


 そう言ってユイが足を止めたのは、他の建物に紛れた一軒の店の前。

 随分と古い木造の店構えだが、その雰囲気とは裏腹に決して小汚いわけではない。

 そして、少し意識を向ければ店の奥からは食欲をそそる香りが漂ってくる。


「なんだ、本当に普通の店か」

「だから最初からそう言っているだろう」


 薄暗い店内はさほど大きくないながらも繁盛しているようだった。

 ゆったりした雰囲気の音楽が流れていて、周りの音ははっきりと聞き取れないようになっている。

 普通の店というか……密会用の店だな、これは。

 とはいえ耳を澄ませば、この程度で四天王を欺くことはできない。

 聞こえてきた内容はよく分からない政治の話や商談ばかりだった。

 この分だとここの密会は健全な部類だな。よく見れば奥の方に居るのはラネルだし。


「――で? 本題を聞くとしようか」

「次の戦い、お前の目で見て勝算はどれほどだ?」

「お前もそれか……リフィスも同じ事を気にしてたが、勝算も無しに突っ込むような真似はしねーよ」

「……だが、確実に勝利できると断言できるわけでもない。そうだな?」

「チッ……」


 誤魔化すかどうか少し考え、ユイの問いに対する答えはその逡巡で十分だと気付いて舌打ちする。


「……別に悲観してる事があるわけじゃねぇよ。勝ちの目は十中八九俺たちの方にある。お前もそうだし、エマもE(エレメンタル)マガジンも手元に揃えた」

「なら聞くとしようか。お前が懸念している事はなんだ?」

「簡単な話だよ。肝心の魔王グナルゴス、その力の底についてこの世界での実際のデータが無いってだけだ」

「そうか。なるほど、それなら今いくら心配してもどうしようもないな」

「だろ? だから気にする必要は無い」

「ああ。……だが、それを聞けて良かった」

「?」

「それより、ここに来た目的の方を果たすとしよう。決戦前に食事抜きなどという愚行を犯すわけにはいかないからな」

「俺は別に人化を解けば――」

「食べなくていい事と食べない方が良い事とは別物だ。支払いなら私が持ってやるから遠慮なく食え」

「別にケチってるわけじゃない。奢りなんざ無用だ」


 ユイの言葉にジト目で返し、乗せられている自覚はあるが注文を済ませる。

 ……癪ではあるが、運ばれてきた料理はそれなりに美味かった。

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