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80.エルハリス――21

「……ふぅ」


 なんとなく手頃な位置にあったエマの頭を撫でると、髪の間から見える表情が緩んだ気がした。

 俺自身、少し前まで今のエマ同様にダウンしてた身だ。

 エマとは別に身体に伸し掛かるような重みを感じつつ、まだ模擬戦を続けているシドたちを眺める。

 ……と、それまで少し離れていた場所で見ていたユイが近づいてきた。


「それにしても、まさかお前が仲間の事で慌てる様を見る日が来るとはな」

「放っとけ。そういやお前こそエマが無茶した時は大して反応しなかったな? 仲間想いの勇者サマなら大騒ぎしそうなもんだが」

「心配しなかったと言えば嘘になるが……私からすれば二回目だったからな。いや、二人目と言うべきか? ともあれ、お前にも良いお灸になっただろう」

「…………最近になって急に言うようになりやがって」

「さぁ、どうだか。よく見ればお前は存外に隙だらけだぞ」

「余計なお世話だ」


 軽い笑みを浮かべながら長椅子の隣に座ってくるユイを押しのけようにも、今の俺じゃ力が足りない。

 苛立ちの限りを込めた視線をあっさり受け流し、当の勇者は話題を切り替える。


「ところで、そのE(エレメンタル)マガジンを貸してくれないか? あんなものを見せられた後だ、張り合いたくもなる」

「おーっと、それはちょっと待ってもらおうカナっ」


 ついさっきまで用紙に何やら凄まじい勢いで書き込んでいたはずのメーゼが唐突に会話に割り込んできた。

 その説明曰く、実際に込めた最大級の魔法の操作を模索するのに魔法の装填数がこれ以上増えると不都合が生じるかもしれないとの事だった。


「まぁ急ぎナのは知ってるし、そう時間は掛ケナいケどネ。解析クらいはコノ場で済ませちゃおうカ」

「その辺は任せる」

「任されたよー」


 そう答えると、メーゼは収納魔法から取り出したよく分からない機器を並べて操作し始める。

 手慣れた動きでひとしきりの作業を済ませると、一つ頷いた狂科学者は並ぶ機器を次々と入れ替えていく。


「――さて。合成は普通に可能っぽいネ。準備は整ったカら、後はその子が起きればいつでも始められるよ」

「いつ起きるかも分かんねーのに、今そこまで準備しなくても……」

「……ファリス。別にエマは最初から寝てたわけじゃない」

「あ?」


 ユイの指摘と同時、エマの身体がびくりと震えた。

 軽く揺すると、躊躇うような微妙な間を置いてエマが顔を上げる。


「で、でもメーゼさん。わたしが起きたところで、いま何かの助けになる程の魔力は残っていないと思うんですけど」

「細カい部分はコっちで適当ニするカら平気。お願いしたいノは魔力ノ同調だケだし、量は問題じゃナいよ」


 メーゼの指示に従い、Eマガジンをセットした機器から伸びる二本の腕と俺、エマの腕で輪を作るように手を繋ぐ。

 この状態で両手に自分の魔力を注ぎつつ、エマと適当な魔法を合成すればいいとの事。


「っと……」

「んっ……」


 普通に魔法を合成する時とは違う形でも魔力が混ざり合っているからか、どこか混沌とした馴染みのない感覚に襲われる。

 そのまま数秒ほどの時間が過ぎ、メーゼの合図が作業の終了を告げた。


「……うん、成功だネ! 属性と魔力ノ比率も良い感じだし、コれはもう余計ナ手を加えナい方が良いと思うよ」

「そうか」


 受け取ったEマガジンの、今しがた合成したばかりの魔法が込められた部分を眺める。

 専門的な事は分からないが、中で揺らめく焔からは確かにこれが頂点だと感じさせるようなエネルギーを感じた。

 ……というか、素材が素材とはいえこれだけの代物を生み出す作業がこんな手早く出来ていいのか?

 もしかしたらメーゼの狂科学者っぷりは、俺のイメージを遥かに超えているのかもしれないな。


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