73.エルハリス――14
「なっ――!?」
見ていた俺からしても、弾幕を構成する火球どころかその根幹となる魔法ごと断ち斬るなんて芸当は予想外だ。
警戒したか大きく飛び退って距離を空けるリフィスの前で、当のジールは改めてオリハルコンの剣を構え直す。
そこに今までのようなブレや不安定さは無いと、直感的に感じ取る。
「うん、待たせたね。これで大丈夫そうだ」
「……分かりました。私も油断してはいられないらしい」
そう言ったリフィスが放ったのは炎の竜。
命中すると爆発を引き起こす魔法だったはずだが、真っ向から両断されたそれはただ無数の火の粉と化して散らされるのみ。
あらゆる魔力を拒む剣……それは物理的に魔法を排除するだけでなく、その根底から魔法を殺していると見るべきか。
「まだ……!」
「来いっ!」
そして炎竜が斬られた時には既にリフィスが新たな魔法を放っている。
先ほど破られた弾幕とは異なる、独立した無数の炎鎗と火球。
自在に軌道を変えて襲い掛かる灼熱の刃。
そして――。
「――『雷貫閃』!」
「くっ!」
連撃の最後を締めくくるように放たれた雷撃の槍。
それは瞬き程の瞬間に宙を駆け、ジールの構えた剣にぶち当たる。
轟音と共に地が震え、砂塵が巻き起こる。
視界が再び開けた時、そこには流石に肩で息をするジールの姿があった。
身体に増えている傷は炎による物だけ。
つまり、あの剣が破壊できるのはあくまでその刃に触れた魔法のみ。
それは剣さえ避けてジール自身を狙えば、魔法でダメージを与える事も可能という事。
そして逆に、その刃に触れた魔法はどれだけ不意を打ったものであろうとかき消される……あの剣は魔法に対して絶対の盾ともなるという事だ。
「次は、他の武器との組み合わせかな」
「……付き合います」
収納魔法から新たに剣を取り出すジールに、リフィスもまた剣を取り出して応じる。
未だに謎の多いオリハルコンの剣。
検証する必要のある事は、まだ多そうだった。
「――はぁ、はぁ……!」
「……体力の限界、といったところですか?」
……それからも訓練が続く事しばらく。
最初こそ苦戦していたものの、ジールは他の武器とオリハルコンの剣を組み合わせた動きもだいぶモノにしてきていた。
大きく息を荒げる彼女に対し、リフィスが声をかけるが……ジールは少し息を整えると首を横に振った。
「ううん、まだまだいける。強がりとかじゃなくて本当に。……これも魔族化の影響なのかな? 身体の内側に力が残ってるのが分かるんだ」
「……そうですね。眼にその兆候が現れています」
「そっか。自分じゃ確かめられないのが少し歯痒いね」
魔族化、か……俺は元から魔族だからピンと来ないが、人化を解いた時みたいな感覚なんだろうか。
なんとなく感じる変化ならそれなりに挙げられるが、身体が大きな変化を見せないとなるとはっきり判別できるのは目の色くらいしかないか。
だが、まだまだいけるという言葉とは裏腹にジールは武器を収納魔法にしまう。
オリハルコンの剣も鞘に戻し、構えも解いた。
「――でも、試すべき事は一通り試したからね。今日のアタシの訓練はこれくらいでいいや。付き合ってくれてありがと」
「……分かりました」
その言葉にリフィスも武器を収める。
そして、ふと自分の腹に手をやったジールがこちらに視線を向けてきた。
「ところでファリス、そろそろ夕食に行かないかい? 動いて腹減ったってのもあるけど、時間もいい感じだしさ」
「あ、それナらぼクがいい店を紹介するよ! キミたちコれまでずっと野宿だったんだろ?」
「そうね。せっかくこんな都市にいるんだから、それもいいかもしれないわ」
何故かジールの言葉にメーゼが応え、更にキィリが乗っかって話はどんどん勝手に進んでいく。
……いいのか?
旅路の中俺たちの財布の紐を握っていたリフィスに視線を向けると、やれやれといった表情で首を振られた。
あの様子だとリフィスの意見も肯定的か。
……まぁ、それならわざわざ反対する理由も無いな。
もう歩き出したメーゼたちの後を、俺も少し遅れて追いかけた。




