65.エルハリス――6
「さて、と……『煉獄の檻』」
目的の広場の隅で人化を解くと、小規模に炎の結界を生み出し分かり易く俺の領域を確保する。
しばらくこの魔法を維持していれば場に魔力を馴染ませる目的には事足りるはずだ。
それに関しては時間経過を待つとして、次はメーゼの作品の確認だな。
「は~、凄い炎ダネ~」
「範囲を抑えて火力に回しただけだ。本題に移るぞ」
感心したような声を上げるメーゼに軽く説明し、作品の内容を振り返る。
魔族化の黒珠、Eマガジン、あらゆる魔力を拒絶するオリハルコンの刀、俺の炎武器コピーみたいな可変装備の四つ。
さて、どう消化していくか……。
「ところでメーゼ、この黒珠の副作用は本当に無いんだな?」
「へーキへーキ。ナんせぼクが実際ニ使って確認してるカらネ、それは疑いナ
いよ」
密かにキィリに向けた視線に返ってきたのは小さな首肯。
万が一に備えて確認したが、嘘を吐いているなんて事は無いか。
それなら――。
「――ファリスさん」
「どうした?」
俺が口を開くより早く進み出た奴がいる。エマだ。
ゲームのように最強格とまではいかないまでも、今や十分アテに出来る戦力として成長した[英雄]は真剣な眼差しを俺に向ける。
「その黒珠……わたしに、使わせてください」
……驚いたな。
強くなってなお控えめな性格は治らないエマが自分から言い出した事もそうだが、その語調もいつになく強い。
忠誠の表れとでも取ればいいのか?
それなら断る理由もない。
そもそもエマが黙っていれば俺の方から同じ事を言い出す予定だったのだから。
「数には余裕があるんだ。却下する理由は無ぇな」
「あ、ありがとうございますっ」
「別に礼を言うような事じゃねぇよ。メーゼ、具体的な方法は任せるぞ」
「ほいほい。それじゃ手早ク済ませるとしようカ」
そう言ったメーゼは瓶の一つを開けると、謎の液体に濡れた黒珠を取り出す。
ふと、その眼が魔族の力を引き出す際の紅の色調を帯びているのに気づいた。
「え? め、メーゼさん何を!?」
「まぁすぐだカら、力を抜いてー」
「ぅ、あ……っ」
自然体でエマに接近したメーゼはそのまま無造作に彼女の胸元をはだける。
不意を打たれたエマの抵抗を魔族の身体スペックに物を言わせて突破し、その胸に黒珠を押し当てるメーゼ。
黒珠は不自然なほど滑らかにエマの身体に沈み込んでいった。
あらかじめ事情を知らなければ間違いなく止めに入っていた程度には怪しい光景だったが、事は済んだのかメーゼはあっさりとエマから離れる。
「はい御終い。定着ニは大体一日ってとコカナ。ぼクの場合だと、次の日ニは割と自在ニ魔族ノ力を引キ出せるようニナったよ」
「なんとも手軽な……エマ、大丈夫か?」
「は、はい……あっ。ごめんなさい!」
ふらつくエマを支えてやると、彼女は不意に顔を赤らめ俺を振り払った。
文句を言う以前にいきなり俊敏になった動作が気になったが、後ろを向いたエマが大急ぎで服の前を直しているのを見て合点がいった。
流石にそれくらいの機微はもう分かる。そんな思いを込めてリフィスのジト目を見返した。
「それじゃ、わたしもお願いするとしましょうか」
「アタシも頼もうかな。ああ、黒珠取り込むのは自分でやるから」
「オッけー。はいどうぞ~」
便乗するようにキィリがそう言い、ジールもそれに続く。
メーゼから瓶を受け取った二人は後ろを向いてその場で黒珠を取り込んだらしい。
違和感を覚えるように胸元を撫でながらメーゼに空になった瓶を返す。
「んっ……なんか変な感じだね」
「そうね。とはいえ本格的に感覚を確かめようと思ったら明日からが本番ってところかしら」
淡々と考察を述べたキィリ。
その視線が勇者一行に向いた。
「ところで貴方たちはどうするつもり? 彼女によれば新しい黒珠の用意くらい容易いみたいだけれど」
「わ、私は神に仕える身ですので」
「ん? お前たちの神ってのは魔族が信仰する事を認めてないのか?」
「いえ、そもそも魔族と人族は相いれないもので……」
「おいおい、この国を見てみろよ。人魔の共存なんてそう難しい事じゃない。寧ろお前が人であり魔族である存在として架け橋になるってのもアリなんじゃねーか?」
「で、ですが……」
「まぁいいさ、すぐって言っても数日後の話になるんだ。自分でもう少し考えればいい」
真っ先に辞退しようとしたレミナに甘言を吹き込んでみる。
こういうのは久しくやってなかったが、割と愉悦って感じがするな。
手応えも悪くない。あと数回押してやれば落ちそうな印象だ。
「――我が剣は人として磨いたもの、人を外れれば切っ先も鈍ろう。それは其方とて本意ではあるまい」
「……あーそうだな、勝手にしろ。だがその理由で断るんなら、天秤が傾いた時には容赦なく魔族化するぞ」
「其方がそう判断するならば、異論はない」
一方どうやってもブレそうにない爺さんからは案の定の答えが返ってきた。
無理に押しても角が立つだけだし、実際コイツの言う通りデメリットしかない可能性だってある。
というわけで言質だけ取って雑に流すとして……問題は勇者か。
相変わらず何を考えているのかつかめない表情で苦悩するユイを眺め、密かに溜息を零した。




