62.エルハリス――3
「魔族化……でも勇者がそんな……うぅん……」
分かり易く狼狽えてるユイはまぁ放置しておくとして。
無駄に主張の激しい胸を張りながらメーゼが示した先には、瓶詰にされた紅黒い拳大の球体三つ。
「で、あれが今言った人間を魔族化させる作品……便宜上ぼクは黒珠って呼んでる。えっと……ファリスとリフィス以外はみんナ人間って事でいいノカナ?」
「いや、そこの青いのも魔族だ」
「じゃあ最大で五つ……ま、炎将サマノ素材があればあと二つクらいはすぐニでも出来るカ。急いだ方がいい?」
「別に、まだそこまで差し迫っちゃいない」
「ふむふむ……」
黒珠とやらの説明はそれで終わりなのか、メーゼは一人頷きながら別の机に向かって歩き出す。
「ん、そこの机は飛ばすのか?」
「ああ、うん。それは量産目的ノ作品だカらネ、ファリスたちノ役ニは立たナいんじゃナいカナ」
比較的片付いた机の上には無骨なデザインの銃が一つ。
あっさりスルーされたそれは、ここエルハリスの軍に試験的に支給された量産品との事。
確かにゲームでもあるアイテムが開発されるまで、銃の攻撃力は割と低いところで頭打ちになる。一定の技量があれば銃を介する事なく十分な威力の魔法攻撃も出来るし、今の俺たちには無用の道具か。
「――それで? 任せてたものは出来てるんだろうな?」
「そう焦らナクっても、次の机だよ。ほら」
メーゼが手で示した先には、エマの掌にも収まりそうな小さな半透明のパーツ。
見る角度を変えると、それは微妙に異なる無数の色合いを見せた。
「それが……!」
「そう。ご注文ノEマガジンだよ」
俺の確認に、メーゼはこの上なく得意そうな顔で答える。
Eマガジンとは銃に換装するパーツの事。ゲームでは銃そのものとして登場したが、性能は他のものと比べて別物と言っても過言ではない。
普通の銃の攻撃方法は使用者の魔力を弾丸に変換して撃つか、その魔力を動力に実弾を撃つかの二つ。
そのメリットは使用者が魔法を使えなかったとしても銃を介する事で同じ効果を得られる事、そして一定以下の技量の者に限られるが魔力を増幅できる事だ。
反面強過ぎる魔力を込めると耐えられずにぶっ壊れるというデメリットも抱えており、これが火力の限界を生んでいる。
だが、Eマガジンは違う。受け入れられる魔力に上限はなく、メーゼの言葉が正しければ俺の全力さえ更に増幅するだけのキャパシティを誇っている。
そして、もう一つの能力……弾丸生成がこの武器の最大の特徴。
このEマガジンには魔力ではなく魔法を込める事ができる。それは実体を持つ弾丸に変換され、射撃をトリガーに本来の力を解き放つ。
恩恵はただの魔力増幅に留まらない。ゲーム内でもEマガジンが最強の武器の一つに数えられた理由こそ、この弾丸生成のプロセスで魔法を合成できる点にある。
相性によって外れの組み合わせもあるが、例えば火炎と突風の二つを合成した弾丸が相乗効果で本来以上の力を発揮するのは容易に想像がつく事だ。
「ストックできる弾丸の数は……六つか」
「そうナるネ。手ニ入る素材じゃそれが限界だった」
六つ。
銃という武器の強みに、引き金を引くだけで弾丸を放ち攻撃できるという手軽さがある。
そこにこのEマガジンの性能を合わせれば……早い話が、俺が完全詠唱で放つ大規模魔法を合成した文句なしの最高火力。それを気軽に六発連射できるって事だ。国一つを跡形もなく消し飛ばすくらいは可能なんじゃないか?
素材の特殊な性質に依存する以上Eマガジンの力で生成した弾丸はマガジンから出た瞬間に暴発するらしいが、それを差し引いても最強の名に恥じない武器だ。
「――ま、むしろミスリルとカいう伝説ノ金属が実在した奇跡ニ感謝すべキナんだろうケどさ」
「そうだな」
奇跡だの感謝だのメーゼらしからぬ台詞が飛び出してきたが、こればかりは俺もらしくない事を認めつつ同意するしかない。
Eマガジンの中核を為し、非現実的にもほどがある無茶苦茶な性能の原因となっているミスリル……サブイベントで古代から生きている妖鳥の災魔を撃破した時、その額に埋まっていたものを回収する形で得た素材。
その価値は地将の奴が種隷に命じて集めさせていた星の欠片とかいう最上級素材さえ比べるのもおこがましくなるレベルで別次元。
サブイベント自体思うように遭遇できない現状でこのミスリルを得られた事には、奇跡という表現がふさわしい。
「――ん?」
ようやくEマガジンへの考察から意識が戻ってきたところで、ふとその机の横に立てかけられたものが気になった。
それは無骨な長剣。どこか日本刀を思わせるシンプルなデザインのそれは、不自然なほど周囲から浮いて見えた。
「……ああ、それ?」
「複雑そうな反応だな。何か問題でもあるのか?」
「うーん……ある意味もう一つの最高傑作なんだケど……遊び半分で作ったガラクタというカ……」
いや、どっちだよ。
そう内心で突っ込みつつ、俺はその刀を試しに手に取ってみた。




