61.エルハリス――2
メーゼの研究室に入ると、ちょっとした会議室サイズの空間には様々な機器が乱雑に散らばっていた。
本人曰くこれでもジャンル別に整理されている方らしいが、素人目には辛うじて幾つかコーナーがあるくらいしか分からない。
メーゼが諸々の一部を適当に押しやりながら作った道を辿り、まずは研究室の最奥まで進む。
「さて……今更だケど、今回は随分な大所帯だネ」
「別に気にする事はない。居ても居なくても変わらないような連中だ」
「なっ!?」
どこまで話せるか窺うような視線に、勇者一行も含めて俺の正体は知っている連中だと伝える。ぞんざいな言われようにユイが抗議するような声をあげたが、それについては特に触れずに先を促す。
「ところで、ファリスはもう気づいた?」
「あ?」
「んー……じゃあ、リフィスナら気づいてるカもしれナいネー」
「「…………」」
勿体ぶるような声は、どうも要領を得ない。
振り返ってみると、リフィスは猜疑心の籠った目でメーゼを睨んでいた。その隣ではエマも似たような表情をしている。
俺もメーゼを眺めてみるが……別に変わった事は無いように思える。というか、元々俺は探知なんて専門外だからな。
「ッ――貴様、まさか……」
「リフィス?」
「いや、しかし……」
ふとリフィスが息を呑んだ。
しかし俺以外には割と棘のある態度のコイツだが、仮にも味方を貴様呼ばわりとは珍しい。
俺の声も聞き逃すくらい動揺しているらしく、今度は俺の方をどこか縋るような目で見てきた。
「どういう事だ……? エマ、お前は何か分かったか?」
「少し、待ってください……『心眼』」
スキルまで使った状態で、目を細めて俺とメーゼを見比べるエマ。
その瞳がリフィスと似た困惑に揺れた。
「えっと……どういう事かはわたしにもよく分からないんですけど。メーゼさんの中に、ファリスさんと同じ魔力があるみたいです」
「同じ魔力?」
当然だがメーゼと最後に会ったのはかなり前にさかのぼる。
で、今日もメーゼに魔力を取り込まれるような接触は無かったはずだ。流石に直接魔力を奪われて気づかないほど俺も鈍くはない。
なら……。
少し考えて、一つの可能性に思い至る。それは前に会った時、どうせ再生するし研究材料として提供したある一品。
「まさかお前……俺の腕喰ったのか?」
「って、違う違う! そコまで道踏み外してないカらそんナ目で見ナいで!」
「じゃあどういう事なんだよ」
「まぁ、今ノぼクノ状態にも関係してクるんだケど……簡単に言えば人間ノ魔族化。もっと言うナら、ファリスの眷属化って事にナるカナ」
「なに……?」
それはそれで割と道を踏み外してないか? 人間の倫理的に。
魔族の俺がそんな事を考えるのもなんだが、見ている前でメーゼの瞳の色が魔族……魔界側の存在である事を示す紅の色調を帯びた。同時、なんとなくリフィスから感じるような繋がりをメーゼからも感じるようになる。
「これノ利点は単純ニ魔力・身体能力がだいぶ強化される事だネ。あと、炎属性ノ適性も伸ばせる。魔族化ニ伴う副作用とカは要相談って事で、まだぼクしカ使ってナいけど」
「いや、安全性が微妙なもの使うなよ……」
「ああ、ちょっと誤解させちゃったカナ? コノ薬ニ副作用は無いよ。要相談って言ったのは、魔族化自体ニ何カ問題が無いカって事だケ。予め分カってたノだと、神聖系統ノ力ニ弱クナるとカさ」
「ふむ……」
ジールの呆れ声にスラスラと答えるメーゼ。
ゲームの……そして俺の知識を参照するなら、魔族という種族の抱えるデメリットは聖属性に弱いっていう有名なものくらいだ。
ちなみに神聖系統だの聖属性だのというのは光属性の一部が持つ特性で、勇者はデフォルトで備えている。
魔族にもこの聖属性を扱うヤツはいるし、完全に相反するものってわけでもない。
逆にメリットといえば、これから乗り込む魔界に満ちる瘴気は魔族の力を強める。
ゲームじゃこの瘴気って要素は同一種の魔族がストーリー進度によって強化されるギミックの根拠になってたが、実際に地上界じゃ雑魚扱いの魔獣なんかも魔界に乗り込めば種隷数人分くらいの力は発揮するだろう。
俺やリフィスみたいな魔族は自分も強化されるからどうでもいいが、ユイたち人間には結構大きい要素になるはずだ。
「効果時間はどれくらいなんだ?」
「そんナ一定時間しカ効カナいナんて勿体無いカらネ。一回使えば効果はずっと続くよ」
「ずっと!?」
それまで黙って首を捻っていたユイが動揺を露わにする。
これは……一発目から、結構な発明品が出てきたもんだな。




