60.エルハリス
「えっ……ここが、あのスタグバール?」
「ああ。しばらく見ないうちに、またデカくなったな」
大陸南部に横たわるスーザ砂漠……いや、横たわっていたと表現する方が正しいか。
とにかく、往時に比べて随分と小さくなったその砂漠を抜けた先には見慣れない町があった。
木々と町が混在するような、それでいてどこか前世の記憶にある都会のイメージを想起させるような光景はスタグバールのものに違いない。
いや、違いないって言っても去年は大陸のどこを探しても見つからないような光景ではあるが。
「でも、灼熱と砂漠の国って……砂漠どこ行っちゃったの」
「さっき通って来ただろ」
「えぇ……」
「……そうか、お前たちがこの地を訪れるのは最初にファリス様に返り討ちに遭って以来だったな」
茫然とするユイたちに、珍しくリフィスが同情するような目を向ける。
すべての原因はメーゼ……あのマッドサイエンティストにある。国の発展って方向に研究内容を絞らせて金と材料を欲しがるだけくれてやった結果がコレだ。
今や国土の九割は草原に覆われ、所々では良質な素材になる新種の樹木が森を形成している。
更には町のある地面に敷き詰められた石畳に似た素材の影響で気温・魔力ともに快適な環境が保たれており、メーゼ曰くここで過ごすだけで滋養強壮になるとかなんとか。町の端には畑や農場の纏まった一画があるが、そこにもこの素材の恩恵は行き届いているとの事だ。
……まぁ、確かに改めて考えると何だここと思うのも無理はない。
何度か訪れているエマやジールさえ物珍しそうな目を辺りに向けているし、レミナに至っては目を回している。
シドの爺さんは……相変わらず読めねぇな。全く動じてないようにも、逆に魂抜けてるようにも見える。
「カルチャーショックを受けるのは勝手だが、こんな田舎でのんびりしてる程ヒマじゃねぇんだ。さっさと進むぞ」
「あ、ああ……」
それでも反応が鈍い一部の面子を半ば引きずるように町を発ち、目的地を目指して更に進む。
道中は一度災魔に出くわしたが、それなりに強力な個体でも今の俺たちのレベルの前では一捻り。どちらかと言えばスタグバール側の人魔混成軍の実力を確認できた事の方が収穫ではあった。
肝心の[英雄]の天職を持ってない連中だから俺から見ればモブには過ぎないが、見た感じ以前滅ぼした旧スタグバール軍とは比べ物にならない練度だったと思う。
だからどうしたって話だが、まぁそれは別にいい。
それ以外は特に何事もなく、目的地……最近名前が変わったんだったか。
確か……首都エルハリス。そんな名前だったはずの都市に到着した。
軽く魔力で探った感じだと問題は起きてないようだな。
それだけ確認して王宮へ向かう。
警備の類はこういう時の為の通行証で手早く通り抜け、真っ直ぐに目指すのはメーゼの研究室。
「……ん?」
「あ、それに触るなよ。爆発するから」
「爆っ……なんでそんな物が飛んでくるんだ!」
「遊び心だとさ。俺には分からん」
そうは言ったが、罠の数々に思いっきり引っかかりそうになるユイたちを見ているとメーゼの言いたい事もなんとなく分かる気がしてくる。
メーゼが普段籠っている最奥の研究室への道半ばというところで、前方からパタパタと軽快な足音が聞こえた。
「久しぶり~っ――むぎゅ」
「お前の方から来るとは珍しいな、メーゼ。その姿はどうした?」
「いや、コノ格好だと徹夜が続いても体力が長ク持つってだけ」
「そこは大人しく休め馬鹿」
顔面を掴んで止めたリフィスの手を軽く引きはがし、なんでもないようにそう答えたメーゼの頭に軽く拳骨を落とす。
トレードマークの白衣や枯葉色の髪毛は変わらないが、その姿は出会った時のちんちくりんとは大違いに成長していた。
別に成長期ってわけじゃない。魔族の人化を研究する中で開発した魔法を使って一時的に身体を大人のものにしているだけだ。
確かに子供の姿じゃ不便も多いし有用ではあるが……反動等を考えればそんな理由で使っていいものではない。
「で? 先に用件だけ聞いといてやるよ」
「話が早クて助カるよ! 実はキみの素材を切らしちゃって……」
「おい、節約して使えっつったろ」
「勿論したとも! それでも無クナっちゃったんだカら仕方ナい!」
「…………」
「ちゃ、ちゃんと成果だって上がってるカら! 証拠ナら見せるカらついてキてよ!」
慌てたようにそう言うと、メーゼは身を翻して元来た道を引き返していく。
わざと疑うような態度は取ったが、奴が無駄遣いするような事はないのは分かっている。
果たして、何を仕出かしてくれているのか……期待が表に出ないよう隠しつつ、白衣の背中を追いかけた。




