59.リテグレン樹海――3
――魔王を倒した後の事、か。
アズールが妙な事を言うせいで、これまで考えたことも無かったその未来が妙に引っかかる。
……と、前世の知識が不意に危機感を覚えた。決戦の前に戦いが終わった後の事を考えるのは死亡フラグって奴らしい。
ま、そんな験担ぎは知った事じゃないんだが。
なんてくだらない事を考えながらぼんやりしていると、いつの間にか訓練は一区切りついていたらしい。気が付けば全員テントの中に引っ込んでいた。
これは不寝番を押し付けられたか?
溜息をつきながら人化を解き……そこでテントからリフィスが出てきた。キィリ、エマ、ジールとぞろぞろ後に続いてくる。
「ん? なんだお前ら、もう休んだもんと思ってたんだが」
「えっと、その……聞きたい事があって」
「ちなみにわたしは見物してるだけだから」
ためらいがちに切り出すエマ。実力の方は最初に戦った時の勇者以上にもなったってのに、気が弱いところは全然変わらないな。
っつーかキィリ、野次馬なら帰れ。
そんな意思を込めて軽く睨むが、読心能力を持つ少女はどこ吹く風と受け流す。
「……まぁいい。ジールも同じか?」
「え? ああ、うん。そんなところ」
「それはまぁ分かってたが……リフィスはどうした? お前は特に今更聞くような事も無いだろうに」
「あ……それは……」
「大事なご主人サマが重要っぽい話してんのに、第一の忠臣が蚊帳の外じゃかわいそうでしょ?」
「そ、そのような事は……!」
「あー……なんとなく察したから大丈夫だ。悪かったな」
キィリの助け舟ってのが気に入らねぇが、リフィスについても把握した。
そう長い話になるとも思わないが……。
「別にわざわざ立ち話で済ませる必要もないだろ。テントに戻るぞ」
「ま、それはそうよね」
何故か得意げな顔で肩をすくめるキィリの頭をなんとなく軽くはたき、文句を聞き流してテントの中へ。
適当にスペースを作って腰を下ろすと、リフィスはその傍に。エマとジールは俺と向かい合うように、そしてキィリはそんな俺たちを横から眺めるような位置取りで座る。
「なんで緊張してるのかは知らんが、キィリも普通に座っていいぞ」
「で、では失礼して……」
「――で? 聞きたい事ってのはなんだ。明日に支障が出ない程度には付き合ってやるが」
じろりと二人に視線をやり、そこでふと思い至って改めて人化し直す。
相変わらず迷うように視線を揺らすばかりのエマに代わって口を開いたのはジール。
「最初に確かめておきたいんだけど……ファリス。アンタはベザンドゥーグにリファーヴァントって呼ばれてたよね?」
「ああ。そもそもあのアズールと正面からやり合ってたところで……って、よく考えたらお前らの前で全力見せた事は無かったか」
「第二形態?」
「それを話すのはまた今度でいいだろ。ちなみに勇者連中とリフィスは知ってるからな」
「そう……」
ジールが小さく頷くと、短い沈黙が降りた。
その様子は幾つもある質問を整理しているかのようで……程なくして次の言葉が続く。
「じゃあ、アタシたちにこれまでその事を黙ってたのはどうして?」
「そりゃいきなり炎将にスカウトされたって警戒するだろ。お前らの信用を得るには邪魔な肩書だったからな」
「……ま、そんなところよね」
こちらの答えは予期していたのだろう。特に戸惑う様子も見せずジールはあっさり頷く。
第一俺の正体については旅の中で幾つか手掛かりを出してたんだ。最後まで騙してるのはリスクが大きいとか一回信用を得た後ならバレても大丈夫だろうとか理由は色々あったが、一番は単純にずっと隠し続けるのが面倒だったからだがな。
二つ目の質問の答えなんて考えなくても分かる。だからこれは、正体について黙っていた事に何かそれ以外の理由は無かったかという確認。
そういう順番で訊いてくるなら、次の問いの内容も予想はつく。
が……まだ迷いがあるのか、今度の沈黙は思いのほか長く続いた。
そんな中で声を上げたのは、今回口を開く事は無いかと思われたエマ。いつも弱気な少女が、珍しく覚悟を決めたような表情で尋ねる。
「――一つだけ、答えてください」
「一つだけなんてケチな事は別に言わねぇが……なんだ?」
「わたしは……ファリスさんを信じても、いいですか?」
何……?
全く予想していなかった方向からの質問に面食らう。
思わずまじまじとエマを見つめるも、返ってくるのは打算の欠片もない真剣な視線のみ。
何か言う事は色々あったんだろうが……深く考えを巡らせる余裕もなく、口から出まかせのように説得力の欠片もない言葉が零れ落ちた。
「……さぁな。誰を信じるかなんて俺の決める事じゃねぇよ。ただ……ここまで仕込みに手間かけたんだ。今更お前らを裏切るような真似すると思うか?」
我が発言ながら頭を抱えたくなるほどの稚拙さだ。
こんな世迷言どうでもいい、次だ次。そんな意思を込めた視線で先を促す。
「それだけ聞ければ十分です。……ファリスさん。これからもよろしくお願いします」
「あー……それだけ分かれば十分、か。確かにそうだね」
「……は?」
「時間取らせて悪かったね、アタシたちは休ませてもらうよ。最初の不寝番はよろしく」
ぺこりと頭を下げたエマはともかく、ジールまで何かに納得したように頷きさっさと布団に包まってしまう。
結局さらっと不寝番を押し付けられたのはさておき、本当にそれでいいのかお前ら?
二人の考えている事が理解できずなんとなくキィリの方を見ると、からかうような笑みと共に肩をすくめられた。




