58.リテグレン樹海――2
「やったか……?」
「おい勇者、お前がフラグ立ててどうする」
立て続けに大技を放った影響か肩で息をするユイの呟きにとりあえず突っ込む。
その発言のせいかは定かでないが……砕け散ったベザンドゥーグの欠片が、怪しい魔力を帯びて震え始めた。
「ったく……往生際が悪ぃんだよ」
「ま、何かしようとしてるのを態々見過ごす理由もないね」
大剣で欠片を叩き潰しながらそう言うと、頷いたジールも手斧を取り出して欠片を破壊する作業に加わる。
欠片は魔力を放っているから見つけるのは容易い。全員で取り掛かると、ものの数分で作業は片付いた。
一応妙な小細工をしていた場合に備えて山頂全体を軽く焼き払って……と。
そのとき、地面から飛び出した光がユイの剣に吸い込まれた。
仕組みは知らんが、地将の力は回収完了ってか。
さて、肝心のレベルは……と。
確認しようと連中を見渡すが、レベルが分かる奴は一人もいない。
今の俺のレベルが94だから……全員、最低でもレベル85以上って事か。
ゲーム知識なら魔王討伐の適正レベルは80なのを考えると、割と良い感じに仕上がってると言える。
目下一番の懸念事項だったユイも想像以上の動きを見せたし見通しは明るい。
ちなみに撃破を最後に回したベザンドゥーグは討伐適正レベル70。
そこに普通なら防御しても消し飛ぶような大技をガード崩して叩き込まれれば、この結果も妥当なところか。
「さて――それじゃ降りるか。レベルも上がってこの程度の環境じゃダメージにはならないっつっても、長々と居座る必要も無ぇだろ」
「それもそうだな」
「そう、ですね……分かりました」
神官のレミナは心残りもあったようだが、散々に荒らされた聖地をどうするべきかなんてすぐに結論が出る事じゃない。俺からすればどうだっていいしな。
とにかくそんなわけで、ひとまず山を降りることにした。
「「「…………」」」
「『乱火槍』、っと」
大元を絶ったからといって種隷が解放されるわけじゃない。
指令を出していた地将が消えた今これまでのように暗躍する事こそないが、最後に与えられた命令に従って動き続ける。
その様子はこの世界じゃ秘宝の一種としてごく稀に見る程度の機械って奴のようにも見えた。
ま、片手間に処理できる敵って事は変わらないが。
さて……これからどうしたものか。
目星をつけていたサブイベントはあらかた消化した。
発生しなかったイベントで今なら解放されてる類のものもあるんだろうが……一々回るのは面倒だ。それに、魔王グナルゴスが実際どれくらいのタイミングで動き始めるのかだって分かっていない。
当然だが炎将、水将がともに魔王を裏切ったルートなんて「セグリア・サガ」には存在しない。
ベザンドゥーグの言葉からすれば俺たちの裏切りは知られてるらしいし、いよいよゲーム知識は役に立たなくなってきたか。
その日の野営での訓練で試しにユイと戦ってみたが結果はこれまで通り微妙。
本人も何かを掴みつつあるようで、微妙なりに動きは改善されてきてるんだが……地将と戦った時とは比べ物にならないのは言うまでもない。
感覚としては俺と戦う時が特に酷い。他の連中、リフィスとの試合でも割と余裕ある動きの癖にどうなってるんだ?
これまでの経緯がややこしいからある程度は仕方ないんだろうが……キィリの読心が効かないのがまた厄介だな。
他の連中とも軽く手合わせしてみたが、そっちは地将の討伐を経て着実に力をつけているのが分かった。
経験値、な……。
俺自身の記憶としての魔界と、ゲーム知識としての「セグリア・サガ」における魔界を思い浮かべる。よし、大体一致してる。
次に今残っているサブイベントと、魔界で稼げると思しき経験値を脳内で天秤にかけ……。
――と、少し離れたところからユイたちの訓練を眺めていたアズールが近づいてきた。
「――ファリス」
「なんだ? もう正体はバレたし本名呼びでも構わねぇぞ」
「どちらでも良いなら呼びやすい方で呼ぶ。……それより、お前の望み通り地将は倒れた。これからどうするつもりだ?」
「決まってるだろ。魔王の奴が余計な事する前に魔界に殴り込むんだよ」
「勝算はあるんだな?」
「無いのに玉砕しに行くような馬鹿じゃねえよ。それに今すぐにってわけでもない。最後の準備くらいするさ」
「そうか……」
俺の言葉に曖昧な相槌を返すと、アズールはそのまま黙り込んだ。
そのくせ特にその場を離れるような素振りは見せない。
「なんだ? 何か言いたい事があるなら言えよ」
「…………。お前は……いや、やめておこう。これはぼくの言う事じゃない」
「あ? 何言ってんだ?」
「別の事を聞く。お前は魔王様を倒して……それから、どうするつもりだ?」
二つ目の質問は意外に考えたこともないものだった。
俺は生き延びるために魔王を倒す。戦力を揃えた目的だって根本的にはそのための手段に過ぎない。
魔王を倒した後、か……。
「正直考えたことも無かったが……それさえ乗り切れば時間は幾らでもあるんだ。その気になれば何だってできるな」
「何だってできる、か」
今度は納得したように繰り返し、アズールは戻っていく。
具体的な内容は別に決まってないが……アイツは何を読み取ったんだ?




