57.聖山ダグラット――3
「――山頂だ! 飛び降りろ!」
そう声を張り上げると同時、俺自身も暴走する氷炎獅竜から飛び降りる。
僅かに方向だけ変えて速度はそのままに直進した竜は、何かに激突して盛大に爆発した。
立ち込める砂塵の中、暴れ竜の制御ですり減った精神を立て直しつつ熱を利用して周囲を確認する。
一応……全員、無事に飛び降りたみたいだな。
連中が体勢を立て直したタイミングで砂煙を散らしてやろうとすると、一瞬早く発生した風が先んじた。
「そんな……峻厳で知られるダグラットの山頂が……!」
「平らになってるってか? 俺たちからすれば戦いやすくて都合が良いだろ」
「そういう問題ではないんです!」
何やら力説するレミナ。まぁ聖地とか教義とか絡んでくると色々ややこしいんだな、とだけ納得する。
誤解の懸念は杞憂だろうが、別にさっきの爆発が山頂を吹っ飛ばしたわけじゃない。
原因は――眼前にそびえる巨大な岩人形、地将ベザンドゥーグ。露出している胸部から頭頂までの高さだけでも十メートル近いその姿は、山そのものに寄生しているような印象を与えてくる。
……もっとも爆発の影響か無数の浅いヒビに覆われ煤けた、完全とは到底言い難い有様だったが。
子供が適当に作ったように適当で、それでいてどこか不気味な顔の目に当たる位置の窪みが俺たちを見下ろす。
「……炎将リファーヴァント。水将アズルムイト。よりにもよって貴様らが離反した事に、主は大層お怒りだ」
「ハッ、その割に自分は動こうとしない愚物なんざ知った事かよ。お前こそ完全に気紛れで捨て駒にされてどんな気分だ?」
「我はただ主に、使命に従うのみ」
言葉の途中で地面から突き出された岩槍は軽く躱し、手元に短剣を生成。
流石はイベントによっちゃほとんど何も喋らない事もある程の木偶の坊、挑発もどこ吹く風ってか。
さりげなく俺の正体もバラされたわけだが、特に動揺してる奴は居ねぇな。そう判断できる伏線は旅の中で慎重に張ってきたし当然か。
不意打ち気味の先制にもユイたちはきちんと反応できているのを確認して後ろに下がる。
「どうだ、足元抑えといてやろうかー?」
「不要だ! 勇者を見くびるな!」
そう言ったユイは補助魔法「纏輝功」の光を帯びた足で岩槍を踏み砕き、輝きを増した聖剣で巨大な腕の薙ぎ払いをスキルも無しに受け流した。
……ん?
アイツ、あんなに強かったか?
結構な妙手を平然と打ったユイを思わず二度見する。訓練の時とは発揮してる力も技量も段違いだ。
「…………」
「させないっ――『破槍爆』!」
「『障光壁』っ」
即座にもう片方の腕で追撃にかかるベザンドゥーグだが、そちらはジールとレミナが協力して処理した。安物の投槍を使い捨てるスキルによる爆発が勢いを大きく削ぎ、展開された光の障壁が完全に受け止める。
「……――」
「『黄泉渡』」
それでも何かを仕掛けようとしたベザンドゥーグの顔面に、ボソリと呟いたシドの放った斬撃が直撃。仰け反った地将の口から放たれた岩弾は見当はずれの方向へ飛んでいく。
無防備に晒された隙だらけの巨体を照準するのはリフィスとキィリ。
「『紅狙砲』っ」
「『空砲』」
炎と風の砲撃は混ざり合い、その威力を段違いに上昇させる。
そして、真紅の軌跡を追うように駆けるエマが長剣を振りかぶった。
「――『剛破一閃』!」
轟音と共に山が揺れ、攻撃を受けた場所から地将の身体に深い亀裂が走る。
もう少し相手の攻撃を抑えるのに手数を割かれるもんだと思ってたが、この面子の攻撃がマトモに通ったなら妥当な成果か。
「…………」
悲鳴の一つも上げることなく、あくまで淡々と防御の構えを取るベザンドゥーグ。
引き戻した両腕で身を庇う様子は戦いを放棄したようでもあるが……次の瞬間、地面から無数の巨腕が突き上がった。
天高く伸びあがった腕は人間の関節では有り得ない動きでぐにゃりと曲がり、上空から連続して襲い掛かってくる。
「こんなものっ……みんな伏せて!」
「は、はい!」
「『神醒撃』ッ!」
甲高い謎の共鳴音を上げる聖剣を振りかぶるユイ。その言葉に従うのも癪ではあったがしゃがむと、頭のすぐ上を通り抜けた光の刃がすべての巨腕を断ち切った。
巨腕はその断面からボロボロと崩壊を始め、上空から落ちてくる残骸も途中で分解されほとんど地上には届かない。
範囲攻撃としては随一の威力を誇る、勇者の専用技……使えたのか。
流石に多少バテちゃいるようだが、それにしたって凶悪だ。何より聖剣の光による再生阻害が大きい。
地面にも光が流れ込んだのを見るに、本体にも幾らかダメージは通ったはずだ。
「ファリス様っ――」
「ああ、問題ない! そのまま仕留めろ!」
「仰せの通りに!」
尋ねるように振り返ったリフィスに力強く頷く。
光の影響か、どこかぎこちない動きで反撃に移ろうとするベザンドゥーグへと各々の大技が一斉に直撃し……地将の巨体を打ち砕いた。




