52.ウベ荒地――5
「――『影縫い』」
「その程度、見切れねぇと――ッ!?」
気配を薄くして距離を詰めてきたシドが剣を振り下ろす。
紙一重で躱した刃は地面を削り……俺の影に紛れて、黒い魔力刃を飛ばしてくる。
それも見切った。確かに避けたはずだ。
だが……肩口が浅く切り裂かれる。
どういうカラクリだ?
普段ならもう少し考える余裕もあるんだが、目の前の爺さんは即座に次の手を打ってきている。
ただ時間を稼ぐために退くのは気に入らない。
分析は放り捨て、起きた現象だけ意識に留めて俺も先を潰すべく動き出す。
「『狼牙連襲』!」
「……まだ、遅い。『浮葉』」
「ッ――」
シドは俺の剣を一度だけ受けると、簡潔に評じてきた。その身体が滑るように水平に移動し、側面へ回り込んで来る。
「セグリア・サガ」なら馬鹿みたいに攻撃を続けて致命的な隙を晒しているところだが、誇張気味とはいえその現象もあながち出鱈目とは言えない。連撃を前提にした技を中断しようとすると、動作にも相応の遅れが現れる。
直感に従ったおかげで、辛うじて防御が間に合った。
「――『閃爪』」
居合を思わせる強烈な一撃。
だが……この技は終盤クラスの剣士が使う強力なコンボの起点に過ぎない。
「『連爪』」
「引っかかるかよ……!」
翻った刃はその速度を緩めることなく、防御の最も弱い箇所を狙い再び牙を剥く。
逆に言えばそれは、事前の察知さえ出来たなら相手の動きをほぼ完璧に予測できるという事。
……まぁ、俺の得物じゃこの短時間に出来る事なんてたかが知れている。
返す刃も無傷でやり過ごし、次に来る本命に向けて意識を集中させ身構える。
「来いッ」
「ならば行かせてもらおう。『終爪』」
手の内を読まれているのを承知で乗ってきたシドの判断は自信によるものか、それとも別の意図があるのか。
元より距離は長剣の間合い。嵐にもたとえられる高速の連撃を防ぎ切るのは困難を極め、全身に細かい裂傷が走る。
「ぐぅ……!」
「――『余爪』」
連撃が止んでから少しの間を開けて、おまけとでも言わんばかりの気安さで繰り出された一撃。
その本来のコンセプトは連撃を凌ぎ切った相手の油断を突くというものらしいが……来ると分かっていても、それに反応するのは相当キツい。
油断とかそういう問題ではなく、ガードの上から連撃を浴びせられた疲弊が反応を鈍らせてくる。
逡巡する間もなかった。たまらず飛び退って距離を開ける。
……相手は[闘神]。俺の知る限り唯一無二の天職を持つ男だ。
大剣では速度が圧倒的に足りない。どれだけ仕掛けようが技量でいなされる。
――ならば。
避けられない攻撃ならどうだ?
「喰らいやがれ! 『爆炎波』ッ!」
この際だ、威力は度外視して速度を最優先に熔岩の波濤を放つ。
手加減って理由もあるが、何より確実に当てるために。
一面の赤がシドへ押し寄せ……。
「――『透灑』」
例によって、呟くような声が聞こえた気がした。
本来とは比べ物にならないほど弱体化しているといっても、当たって無傷で済むはずのない灼熱。
シドは汗一つかくことなく、それをすり抜けてみせた。
その動きは止まらない。一直線に距離を詰めてくる。
……技を使えば、動きは否応なしに多少の制限を受ける。
だが、たとえ一瞬の隙であろうとこの爺さん相手には余りにも惜しい。
小細工は抜きだ。大剣を構え、相手の動きに全神経を集中させる。
間合いに入った瞬間を見計らい、一撃。
「浮葉」とかいう技で側面を取ったシドが続いて繰り出すのは「閃爪」。先ほどの激突を再現するように剣を振るう。
「そう何度も同じ手が通じると――」
「――『連爪』」
減らず口を叩きながらも、意識はシドの握る剣から逸らさない。
だが呟きに反して剣が再び動く事はなく……。
「ぐッ!?」
側頭部に衝撃。
意識の集中が途切れ、そこで初めて回し蹴りをまともに喰らったのだと理解する。
その時には白刃が俺の首元まで迫っていて――。
身を投げ出すように飛びのいて距離を開ける。
……相手がその気なら首を落とされていた。その事は、認めざるを得なかった。




