45.水妖の遺跡――3
俺を両断した水の刃。そこに含まれていた膨大な魔力が一気に解き放たれたことにより、痛みを感じる暇もなく木っ端微塵に吹っ飛ばされる。
俺の身体を構成していた炎が部屋中に散ったせいか、ぼんやりとだが拡張された感覚に部屋全体の様子が伝わってくる。
「ほう……意外なものが最初に脱落したな」
自分でその原因を作っておきながら、本当に意外そうな声を上げたのは精霊の姿をとったアズルムイト第二形態。
水がかたどる無機質な顔には既に勝利を確信したような表情を浮かべている。
そんな場合じゃないだろうに茫然としているのはレミナとユイ。それまで俺がいたところを呆けたように見上げている。
同じ勇者一行でもシド爺さんは無反応だな。水将へ攻撃を仕掛けようとする素振りを見せている。
無反応といえばキィリも……いや、コイツは気づいてるだろ。今の俺の思考だって読み取ってるだろうし。
「――ファリス……様……」
……っ!
下手をすれば聞き逃しそうなほどのか細い声。
だが、そこに込められていた魔力が、全てを押し潰すような気配が、部屋にいた全てのものの注意を引きつけた。
立ち尽くす腹心の表情は影になっていて見えない。
その身体から黒金の火花が散り、背後に九尾の幻像が揺らめく。
このままだと、何かとんでもないものが出てくる。
そんな焦りにも似た感覚に突き動かされ、大慌てで身体を再構築する。
収束点は先ほどまで俺の身体があった空間。
拡散していた感覚が束ねられていき、それと呼応するように生まれた炎の塊がその形を変えていく。
「――呼んだか、リフィス?」
「……え?」
「チィッ――リファーヴァント、貴様もか!」
「当たり前だろ。そしてひとの変身シーンを邪魔してんじゃねぇよ」
気の抜けるような声。リフィスの放っていた火花が収まり、九つの尾も心なしか小さくなる。
それを確認して一息つく間もなく、アズルムイトが放った水槍を……伸ばした右腕で掴み、そのまま握り潰す。
「なっ!?」
「あーあ、奥の手は魔王まで取っときたかったんだがなぁ」
左腕を伸ばして宙を掴み、虚空から這い上がってくるように双角を持つ龍頭が、二対の翼を備えた身体が、身体同様に狼の毛皮で覆われた双尾が現れる。
サイズは……いけるな。この部屋自体が広いこともあって、動き回るのに不自由はしない。
この龍の身体で飛び回ることだって十分可能だ。
「勇者に見せるのは二回目か。今回は味方だぞ、喜べよ」
「ッ……」
からかい半分に振り返ってやると、ユイは仇でも見るような目で睨み返してきた。一応トラウマものの姿だろうし腰抜かすくらいのパターンまで想定してたが、そこはさすが勇者ってとこか。
水将が放った水の刃を片手間にかき消しながら、そんな事を考える。
「ファリス様、なのですか……?」
「そういやリフィスは初めて見るんだったな……お前なら分かるだろ? あと今は別にリファーヴァントで呼んでも構わん」
ぺたりと座り込んだレミナを狙う水槍を広げた翼で遮りながら視線を巡らせる。
キィリは……おい、武器をしまうな。シド爺さん、お前もだ。
とはいえ、悠長にしてる時間もない。世話の焼けるアズールが消える前に片を付ける必要があるからな。
「リファーヴァント……貴様……!」
「悪足掻きはやめろって。俺が魔人の時の力差を考えれば、対等な条件の俺に勝てるわけが無いのは明白だろうに」
「おのれぇええ……!」
「なんだ、ボキャブラリも尽きたのか?」
先ほどとは一転して目に混乱の、そして僅かな怯えの……敗北の色を宿し始めたアズルムイト。そんな水将を挑発しながら自分の身体に意識を向ける。
能力の上昇はもちろん、天職【屍山血河を築く者】の固有スキル「堕魂の王牙」は正常に機能してるな。
「どっ……『湟牙』ッ!」」
「『爆炎波』」
何度も俺たちを全滅の危機に追い込んだ水剣の雨を灼熱の波濤で迎え撃つ。
敵が放ったの力は確か「水撃衝」……さっき俺を一度殺し、また最初をカウントするなら二度俺を殺している凶刃も同様に迎撃した。
「残念だな。遊びは終わりだ」
「き……貴様ぁぁああああ!」
それが「アズルムイト」の遺言になった。第二形態の力の限りを込め黒い魔力をまとった炎爪を振るうたび、その身体から気持ち良いほどの容易さで魂が弾け飛ぶ。
最奥に封じられていた魂だけ残して他の意識をすべて消滅させると、水将は形も保てずに崩れ落ちた。




