44.水妖の遺跡――2
「くっ、この……!」
「チッ――力差くらい見切れ勇者!」
結界を突き破ってきた水剣を迎え撃とうとするユイだが、その剣に十分な力が籠っているようには見えない。咄嗟に生成した短剣を命中と同時に爆発させ、相殺できるレベルまで水剣の勢いを弱める。
[闘神]の爺さんは危なげなく回避しているし、レミナはキィリが庇ったから他に気を回す事はない。もちろんリフィスも素早く身を躱している。
「おのれ、小癪な……」
「こっちのセリフだ馬鹿野郎」
アズルムイトは既に第二形態……魔人の姿を捨て、禍々しい魔力を帯びた水によって三メートル近い身体を構成する精霊じみた見た目になっていた。
……少し、目を凝らす。
すると視界に重なるようにぼんやりと、奴の内側にひしめく魂が見えてくる。
えらくゴチャゴチャしてんな。身体と魂が一対一で対応してる俺たちや勇者一行とは大違いだ。
炎で愛用の大剣を生み出し、天職[屍山血河を築く者]の固有スキル「堕魂の王牙」を発動。剣が魂を浸食する黒い魔力に染まり、先端が鎌を思わせる形状に湾曲する。
「覚悟しやがれ! 『獅哮烈波』!!」
「むっ……」
まずは様子見に大剣を一閃。
獅子を模した斬撃は、しかし行先を阻んだ水壁を蒸発させるに留まった。
人化はとっくに解いてる。そんな魔人として手加減無しの一発、それなりに魔力も乗せたんだがな。
……まあ、こんな成果でも無駄になる事はない。
「――『雷貫閃』!」
「うぐっ!?」
障壁が失せがら空きになった空間を雷撃の槍が駆け抜けた。
リフィスの得意とする上級魔法をまともに喰らった水将は、身体から火花を散らし呻く。
今度こそ――。
「ストップ!」
「図に乗るなァッ!!」
キィリの警告に駆けだそうとした足を止めるのと、アズルムイトが巨大な水槌を振るうのはほとんど同時だった。
咄嗟に各自の位置関係を確認する。
……この状態から全員が回避するのは無理だな。
そう判断するや否や、改めて一歩を踏みしめる。
「――『輝聖盾』!」
「「『剛撃』ッ!」」
レミナ神官が生み出した光の盾を食い破り、膨大な魔力と質量を備えた水塊が迫る。
気に食わないことに、俺と同時に前に出たユイが選んだのも俺と同じ上級剣技。
一撃の威力と速さに秀でた二つの斬撃は水槌と拮抗し……小さくない後退を強いられながらも、どうにか凌ぎ切った。
「マズっ――動ける人は回避を最優先して!」
「主に叛く者は等しく滅びよ! 『湟牙』ッ!」
再び、キィリの警告。
力を込め過ぎた反動で硬直する身体を無理に動かすと、再び無数の水剣が降り注ぐのが見えた。
俺の結界さえ容易く破った破壊の雨。まして今度は防御する余裕さえ無い。
「ぐおっ……!」
全力で飛び退り、かろうじて直撃は避ける。しかしその威力は凄まじく、余波だけで鋭い痛みと共に身体を吹き飛ばされた。
大剣を地面に突き立て、強引にその場で踏みとどまる。
ったく……これだから第二形態ってヤツは!
エマとシェリルも連れてくるべきだったか? 一瞬だけそんな事を考え、頭を振って意味のない仮定を捨て去る。
勇者一行も食い下がってる方だが、壁になる前衛がいないのが厳しい。……クロムとか。
不意に浮かんだのは俺自身が仕留めた重装備の騎士。
……俺とした事が現実逃避ってか? さっきから関係ない事に思考が飛び過ぎてる。考えるならもっと有意義なことにしろってんだ!
心中で自分自身を怒鳴りつけ、水将の方を睨む。
一度激高して逆に落ち着いた様子のアズルムイトは、きっかり六つの水槍を俺たち一人一人に照準しているところだった。
まだ回復しきってないのはキィリとレミナ。
キィリは近くにリフィスもシドの爺さんもいるが、レミナは少し離れたところまで飛ばされている。
「あの世で悔いろっ」
「世話の焼ける奴らだな畜生!」
水槍は精度を重視しているぶん威力は控えめな方だ。どうにか対処する連中を横目に走り、レミナに直撃しようとしていた水槍を割り込んで弾く。
「あ……」
「呆けてんじゃねぇ、立てるなら速くしろ!」
後ろを確かめる暇も惜しみ、床を蹴って駆ける。
上級剣技「狼牙連襲」……エマもよく使う連撃で水壁を削り、その奥から放たれた迎撃の水弾を躱し、ようやく本体に一撃を叩きこむ。
「好機。行くぞ、ユイ」
「わ、分かってる! 『聖殲』!」
俺が開けた道を通り、シドとユイが続いた。一瞬動きが止まったアズルムイトへと、それなりに強力な一撃が決まる。特にユイの剣から水将の体内に流れ込んだ光は爆発し、その身体を大きく揺るがした。
「グッ……許さんぞ貴様らぁァアア!!」
「――――」
ひび割れた耳障りな絶叫と同時、水将の身体を構成する水の一部が弾けた。奴自身でもあるその水はかなりの魔力を秘めた刃となって拡散する。
シドは別にいい。呆れたことに、もうこの状況から回避の為の動作に移っている。
問題は、ユイだ。先ほどの攻撃の反動か、この勇者は防御の姿勢さえ取れていない。
……長々と考えている時間は無かった。だからなんでこんな事をしたのかと聞かれても、大した理由は無いとしか言えない。
勇者の腕をつかみ、俺の膂力からすればあまりに軽い身体を後方へ投げ飛ばす。
「貴様、何を――」
「ファリス様!?」
身体を刃が通り抜ける嫌な感覚。
直後、世界が揺れるような衝撃と共に俺の身体は消し飛んだ。




