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42.ギレムス――2

 自分で作ったらしい粗末な墓に、回収した短剣を翳すジール。

 亡き弟への報告を済ませると、彼女は少し離れて待っていた俺たちの元へ戻ってきた。


「ファリス……それにリフィス、キィリ、エマ。恩に着るよ。……アンタたちが望むなら、この銃だって譲っていい」

「バーカ、俺が欲しいって言ったのはお前自身だ」

「「っ!?」」

「その銃を強化するにしろ量産するにしろ、使うならある程度手慣れた奴も一緒にいた方が良いからな。嫌だっつっても何とかして協力させてやる」

「アンタはっ……はぁ、まあいいや。アンタの望み通りにするよ」


 何に対する反応かは分からないが溜息を一つ吐いて動揺を鎮めると、ジールはこれまでと違うどこか穏やかな表情で頷いた。

 蚊帳の外に居たはずのリフィスまで一緒に動揺していたのも謎だが、これは割と茶飯事になりつつあるから気にしないことにして、と。


「それで、この町はいつ発つつもり? アタシはいつでも構わないよ」

「明日にするつもりだ。そうだ、どうせ同行するなら今夜はコイツらの部屋に来るか?」

「んー……じゃあ、そうさせてもらうよ。どこの宿?」

「西の外れにある一画の中で一番背の高い建物だ」

「はぁ!? それって……アンタたち、今までよく無事だったね」


 俺たちが使っている宿は、「セグリア・サガ」で利用できるのと同じ宿だ。というかゲーム知識じゃそれ以外の宿の場所は分からない。

 位置的にも遺跡と行き来するのを考えれば都合が良いから普通に使ってたが……それを伝えると、ジールは素っ頓狂な声をあげた。

 なんでもその一画はギレムスでも特に治安の悪いエリアの一つで、宿だって安全とは言い難いとのこと。

 ……そういえば、この宿はゲームでも賊関係のイベントの起点になってたな。報酬も貧相だし意識から外してたが。


「いくらアンタたちが強いからって、寝込みを襲われるのは拙いだろ。……あぁもう、今日はアタシの家に来な! どうせもう戻らないんだしさ!」

「あー、俺たちは――」

「そうね、お言葉に甘えさせてもらおうかしら。少ないとは言いにくい数だけど大丈夫?」

「一晩だろ? それなら問題ない」


 ジールの誘いは蹴るつもりだったが、そこにキィリが被せてきた。

 ちっ……俺の反応を見て抗議しようとするリフィスを視線で制する。

 せっかくジールを良い形で懐柔できたってのに、ここで下手に波風を立てるのも気に入らない。

 少しばかりの殺意を込めて睨むが、分かっていると言わんばかりの表情で肩をすくめられただけだった。

 ……また、あの目だ。

 呆れたような、憐れむような、理解し難い感情を湛えた瞳。一つ言えるのは、そんな風に見られて良い気はしない。

 こちらの考えを知ってか知らずか……いや、知らないはずはないか。今は特に思考にフィルターも何もかけてねぇし。

 ともかく何の気はなしに交錯した視線を外すと、キィリは歩き始めたジールの後を率先してついていった。


 しばらく歩いてジールの家に辿り着く。

 家というより隠れ家とかアジトって表現の方が近いか。建物は思いのほか広く、確かにジールの言う通りスペースには不自由しないだろう。


「…………」

「その本が気になるの? 好きにしていいよ」

「そうか、悪いな」


 ゲームだと読めば魔力の値が上がるアイテムが落ちていた辺りを見ているとジールが気付いた。

 家の中は部分的に片付いていたり散らかっていたりするが、ジール自身が細かいところには頓着しない性質なのだろう。

 ちなみに一応それらしい本には目を通してみたが、当然ながらただの雑誌だった。微妙に使えそうな豆知識もあったが……まさか、それを覚えたのが魔力1アップ相当って事か?

 その後は家にあった食材を全部使っての結構豪勢な食事を囲んだり、興味本位に家を探索してたらエマに見つかって珍しく白い目で見られたりして時間を潰した。


 やがて就寝時間になり、大体の面子が寝静まった頃を見計らって密かに家を出る。

 元から思念で命じていた通り、キィリもおとなしくついてくる。

 家の外に出た後はキィリに先導させて人気のない廃墟の片隅へ向かう。少女は気負った風もなく、元はバーだったと思われる部屋にあった椅子に腰かける。


「――今回の用事、改めて貴方の口から聞いておこうかしら」

「お前は、俺が怖くないのか?」

「……ずいぶん急な話ね」

「とぼけるんじゃねぇよ。俺は今日、お前を殺そうと本気で考えた。それはお前も知ってるはずだ。なら何故それに対して何の反応も起こさない? 生き延びる為には何かしら手段を講じるもんだろう?」


 感情のままに荒れる魔力を抑えようともせず、キィリの一挙手一投足から情報を読み取ろうと意識を集中させる。

 死こそコイツの望みなのか? 違う。本人が自覚しているかどうかに関わらず、死にたがりなら俺の[天職(ジョブ)]に引っかかる。

 じゃあ何だ? コイツは何を考えている?

 至って落ち着いた様子で何か考えているキィリ。読心能力のない俺には、その思考の中身まで見透かすことはできない。


「そうね……たぶん今の貴方にはどんな嘘も通じないでしょう。逆に都合が良いかもしれないわ」

「…………」

「魔族……世界の裏側から現れた化け物。実際に見た事があるのは魔獣くらいのものだったけれど、魔人についても漠然と侵略者くらいのイメージしか持っていなかったわ。中身だって精々犯罪者とか、良くて軍人みたいなものだと思ってた」

「……まるで、俺は違うとでも言いたげだな」

「確かに貴方も、それにリフィスも、そのイメージと同じような部分があるのは事実ね。でも……四天王なんて大層な存在に、そんな一面とかけ離れた心が混在しているっていうのは中々ショックだったの。貴方はともかくリフィスなんて純正の魔族だしね」


 新しい玩具を見つけたような、夢物語に思いを馳せるような……普段の様子にそぐわない無邪気さで、少女は言葉を続ける。

 足をぶらつかせる仕草もあいまって、その姿は普段よりずっと幼く見える。


「まぁ手短にまとめちゃうと、興味があるのよ。異世界の前世とかワケ分からない事考えてる貴方も、心の大半が魔族どころか夢見る少女みたいなリフィスも。それに貴方の野望が、人をどう変えていくのかにも。だから、貴方の邪魔になるような事はしないつもり」


 その言葉に嘘はない。もちろん、誤魔化しそうとする意図も。

 読心能力が無くても、俺の持つ能力が、技術がその事実を告げてくる。

 ……いつか、リフィスにもらった小言の一つを思い出す。

 人間は時にどんな獣より恐ろしいと。

 認めよう、確かに俺は目の前の非力な少女に気圧されている。


「……そのために自分が死ぬことになっても構わないってか?」

「私なら、貴方たちを誰よりも視る事ができる。いえ、きっとその為に私はこの能力(チカラ)を持って生まれたのね」


 最後の問いの答えは冗談じみたセリフだった。

 俺が呑まれていると、少女は唐突に立ち上がった。


「あまり長く出歩いてるのがバレたら怪しまれるわ。ジールの不審を買うのは避けたいんでしょ?」


 そう言うと、俺の様子など気にも留めずに歩み去っていく。


 キィリが俺に向けていた感情は、どこか違う次元から見下ろすような興味だった。

 だが……理屈ではなく直感で、その説明では腑に落ちないことが一つだけ残る。

 彼女の説明した興味という感情とは違う。

 呆れるような、憐れむような……あの目はいったい、何だったんだ?


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