36.ギレムス遺跡
ギレムスに着いた翌日。俺たちは町から少し離れたところにある遺跡を訪れていた。
町が滅ぶ原因となった災魔の襲撃の際に現れたというこの遺跡に、当然ながら正式な調査の手など入っていない。調査を名目にした遺跡荒らしの類が好き放題しているが、中には魔族が出る為まだまだ謎は多いらしい。
ちなみに、魔族が出るというのはデタラメだ。つい最近まで地下に埋もれていたような、それも地上界の遺跡に魔族が住み着いているはずがない。
その正体は人造ゴーレムを始めとした警備システムか、あるいはハッタリに魔族を騙った遺跡荒らしのどちらかだ。
「じゃあ、行くか。準備はできてるな?」
「抜かりはありません」
「よし」
リフィスが頷くのを確認し、地獄の門さながらに開いた入り口へと踏み込む。
中はありきたりな普通の洞窟って感じだ。入ったばかりのところだし当然といえば当然だが、それを差し引いても特に変わったところなんかはない。
「キィリ、通った人間が多い道は分かるか?」
「え?」
どうせ上層はもう漁り尽くされた後、敵も宝も碌に残っちゃいないだろう。ここは最短経路で奥へ潜っていくのが得策だ。
ただ、魔力で探知するのは俺は得意じゃないしリフィスじゃ魔力量が追いつかないだろう。
その点キィリの読心なら、ある程度近づきさえすれば人間の多い方向も必然的に察知できるはずだ。魔力探知と違って消耗らしい消耗も無いし、効率も良い。
キィリは自分に話を振られると思っていなかったのか目を瞬かせたが、すぐ察したように頷いた。
「……別に、わたしの能力はアンタが思ってるほど便利に使えるものでもないんだけど。うまくいかなくても文句は言わないでよ?」
「使えそうなものは試してみるってだけだ。俺にデメリットがあるわけでもないしな」
渋い顔を見せながらも歩き出したキィリを先頭に進んでいく。
予防線を張った割にはしっかりルートを把握していたらしい。俺たちは初めてこの遺跡を訪れたにしては相当な速度で地下へ潜っていく。
「…………ん?」
「行き止まり、ですね」
通路の行き止まりにあった小さな空間で立ち止まる。ずいぶん古い破壊の痕が残るそこには、ただ黒々とした大穴が口を開けているだけだった。試しにそこらの石を投げ込んでみるが、いつまで立っても音は響いてこない。
「――って、ちょっと待て。なに引き返そうとしてるんだお前ら」
「どうかしましたか?」
背を向けて来た道を戻ろうとするリフィスたちを呼び止める。
というかキィリ。俺の思考を読んでるお前が率先して行くんじゃねぇ。
責める意図を込めて軽く睨むと、だから嫌だったと言わんばかりの溜息が返ってきた。
「道を相当ショートカットできるチャンスだろ。ここを進むぞ」
「ここ、とは……その穴でしょうか」
「当然だ。爆発で勢い調整しながら行けば危険もない」
「しかし、明確な深さが分からない以上万が一という事も……」
「そうなれば引き返せるうちに戻るさ。流石の俺でもそこまで見誤るような事はねぇよ」
「……負担は四人分という事を、今一度ご考慮ください。それでも御判断が変わりないのであれば、これ以上阻むような真似は致しません」
ふむ……。リフィスの言葉を受けて、少し詳細に動きを検討する。
まず、爆発の回数だ。あまり頻繁に爆発を起こして勢いを潰してるようだと時間が掛かり過ぎるし、魔力の消耗だって増える。俺が力尽きるようならこの穴は大陸の底の底まで通じてることになるが、何にしてもその後の探索に備えて余力は多めに残しておくべきだ。
もう一つ考えるべきは、爆発の威力。落下の勢いを打ち消すにしろ、万が一が現実となって上に引き返すにしろ、威力の上限は俺が撃てる最大火力そのままってわけにはいかない。エマやキィリのダメージにならないレベルを考慮すると、かなりの手加減が必要になる。
その二つを考慮して、最初よりだいぶ具体的に算段を立てる。実際にうまくいくかどうかは試すまで分からないが、多分いけるだろう。
「――忠言、確かに聞き入れた。ある程度の見通しはあるし、やっぱりこの穴を降りるぞ」
「畏まりました」
「まぁ、その……なんだ。大丈夫とは思うが、拙いようならその時は頼む」
「お任せください!」
一応告げておくと、リディスはどこか元気良く答えた。
……いや、俺の気のせいか? 今のやり取りに喜ぶような要素があったとも思えねぇし。
ともかく、俺から順番に穴へ飛び込む。
速度がある程度出てきたところで最初の爆発。あとはそのスピードを維持するように爆発を繰り返す。
途中に特に罠の類もなく、作業的な時間が単調に流れていく。
やがて爆発の向こうに地面が浮かび上がり、少し強めの爆発を最後のブレーキ代わりに俺たちは降り立った。
確かに穴は予想していたより深かった。仮に人化していない俺だったとしても、何の工夫も無く墜落していれば危なかっただろう。
……ただ、これは少し深く潜り過ぎたかもな。
遺跡自体はまだ下に続いているはずだが、本来の目的を果たすなら上を目指すのが得策だろう。
幸いここが遺跡荒らしたちの到達点より下なら手つかずの宝の類を先取りできるわけで、今いる場所から上がっていくことの言い訳も立つ。
「キィリ、ここから下に人間の反応はあるか?」
「さぁ……もう少し歩き回ってみないとはっきりとは言えないわ。ただ、少なくともこの場所からだと上にも下にも反応は無いわね」
「分かった。じゃあとりあえず今の階層を巡ってみるか」
流石の俺も、ダンジョンのマップを隅から隅まで覚えているわけじゃない。この遺跡はやり込み要素もあって複雑だから尚更だ。
はぁ……今までの道のりを楽してきた反動か、正攻法で探索するだけの事が面倒に感じるな。




