31.ツィルス――4
さっき商人からも直接説明されたが、そもそもの原因になったのは希少な薬草の一種。
この商人は中々に不思議な星の下に生まれたらしく、「セグリア・サガ」でも何度か騒動の原因になる。何か生存に必要なフラグがあるわけでもなく、現実でも殺りに動かなけりゃ死ぬことはないはずだ。
ゲーム内じゃ魔族がやたら好むって設定だったこの薬草が魔獣を引き寄せてるとみて良いだろう。
俺らには収納魔法があるし、可能なら拝借しても良いだろう。
内心で捕らぬ狸の皮算用を繰り広げながら、早足に移動する。
やがて――妙な匂いが鼻をくすぐった。
……なんだ? 決して心地よいものではないが、湧き上がってくるのは単なる嫌悪感だけじゃない。
「……そういうことね」
「キィリさん、どうかしました?」
「いえ、別に。それよりリフィス、何か気になることでもあるの?」
「はい。例の薬草、でしょうか……何か特徴的な匂いが……」
「薬毒は紙一重とも言うし、注意したほうが良いかもしれないわね」
「そうですね。簡単にですが対処しておきます」
リフィスが軽く手を振ると、吹き抜けた風が匂いを散らしていった。
割とマズいものだったのか? 匂いが消えた後も違和感が尾を引いている。そんな劇薬とかいう情報は無かったはずだが……。
内心で首を傾げながら進むと、やがて一所に群がる魔獣の群れを発見した。
ハウンドと呼ばれる知性の低い狼のような外見をした魔犬は先を争って何かを漁っている。嗅覚と気配察知に優れた種であるにも関わらず、俺たちの方には見向きもしない。
「少し見えてるけど……リフィス、あれが件の秘薬って事で良いのかしら?」
「そうなりますね。あれは錯毒草、そのままだと魔族や災魔に強い中毒性を示すといわれる劇薬です」
「よく知ってるわね。……秘薬?」
「生き物の体内に蓄積された瘴気に作用するものですから、普通の生き物には無害かと。加工法にもよりますが、秘薬というのも間違いではありません」
「そんな情報どこから仕入れてくるんだよ」
「すべてはファリス様への忠義ゆえです」
「お、おう。頼もしいな」
魔族に強い中毒性って、俺やリフィスには猛毒って事だよな? あの匂いも迂闊に嗅ぎ続けてたらマズかったんだろうか。
もしかしなくてもさっきのリフィスとキィリのやり取りは事情を知った上での連携だったのか?
密かにキィリの方を見ると、呆れ混じりの首肯が返ってきた。
……頼もしいことで。
そんな事なら依頼主には悪いが、その薬草は吹き飛ばした方が良いか。いや、珍しいものだってんなら頂いた方が良いのか?
分かんねぇな……まさかこの俺がこんなことに頭を悩ます日が来るとは。
まぁ、一回確保しておけば処分はいつでも出来るだろう。
爆発で軽く雑魚を散らし、再びの小爆発でこちらに秘薬を箱ごと飛ばす。念のため毒草には触れないよう気を付けながら箱をキャッチ、収納魔法で片づけた。
「よし、っと。『滅びの炎雨』」
「「「グルルル――ギャウ!?」」」
ご執心の秘薬を奪われた魔犬は殺気立った唸りを上げる。血走った目といい涎を滴らせる有様といい、その様子は尋常とは言い難い。
これがヤク中の末路か。おっかないもんだ。
エマの相手させるには少し早いかもな……とりあえず一回ぶつけてみるか。
俺が空中に放った炎球は無数の槍に変じて降り注ぎ、一匹を除きハウンド共の四肢を縫い止めた。
それでも動こうと足掻く他の個体には目もくれず突っ込んできた一匹はエマの方向へ払いのける。
「さて、エマ。出番だぞ」
「が、頑張りますっ」
起き上がろうとするハウンドに対し、エマは速さに補正のかかる剣技「疾風」による一撃を見舞う。
刃は確かにハウンドの身を斬り裂いた。しかし、確かにその身一つで生き抜いてきた魔犬はゴブリンのように簡単には倒れない。
強引に起き上がりながら振るわれた爪を警戒し、エマは一度下がって距離を取った。
……今のは悪手だな。ビビらず距離はそのままに爪をやり過ごせば、無防備な相手にトドメを刺せただろうに。後で注意するか。
「ガルルァッ!」
「く――、てぇい!」
猛る魔犬の突進に気圧されるエマ。初の実戦らしい実戦に呑まれたか?
そう思ったが、少女は一度下がりそうになった足を強く踏みしめ、ハウンドの牙を迎え撃った。牙と剣が火花を散らし、剣の方が弾かれる。
最初の後退が響いたな……ハウンドはそう力に優る魔獣でもないが、突進の勢い分で押し負けたか。
一対一で相手が格下とはいえ、万全な状態の魔獣と戦わせるのは早かったか。
俺がハウンドの脚の一つでも潰そうと手を上げたとき――身体を器用に捻ったエマは、魔犬の攻撃をうまく躱してみせた。
更に「疾風」の乗ったと思われる加速した剣が閃き、カウンターの要領でその胸に深く食い込む。
「ガッ―……」
逆用した突進の勢いも合わさってギリギリ、ってところだな。
受けた傷は致命的だったらしく、ハウンドはそれでも動こうとしながら崩れ落ちた。
中々良い勝負になったな。もう少し戦わせてもいいか。
別のハウンドの拘束を解こうとしたとき、視界の端でキィリが弾かれたように顔を上げた。
「キィリ、どうかしたか?」
「……残り香でも十分ってことかしら。秘薬が凄いのか、コイツの嗅覚が凄いのか……」
「ん?」
キィリは俺の方を見ると、なぜか肩の力を抜いた。エマの方に聞こえるか聞こえないかって程度の小声で独り言のように何事かを囁く。
どういう事か更に問い詰めようとすると、更にリフィスも何かに気づいたようにピクリと反応する。
「ファリス様、下から――」
その警告はギリギリで手遅れ。
下? 視線を下げようとした瞬間……足元が吹っ飛び、俺の身体は宙に投げ出された。




