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30.ツィルス――3

 ……そうやって特訓の日々を送ることしばらく。

 エマも雑魚相手なら足手纏いにならずに済むくらいの水準に達し、俺はそろそろ移動することを検討していた。

 俺たちの側でやる事もだんだんワンパターンになって飽きが出始めていたってのもある。イベントは捨てることになるが、そこまで拘泥するほど重要なイベントでもない。

 そう考えながら眠りについた翌朝のこと。


「たっ、助けてくれぇ~!」

「……んぁ?」


 頓狂な悲鳴に目を覚ました。寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。

 ……来たか。この村でのイベント開始の合図だ。


 悲鳴は助けを求めるものだったが、慌てる必要はない。

 声の主は臆病な行商人。奴を追い立てていた魔物は、村の入り口を守る兵士が対処するはずだ。

 そういうわけで隣室にリフィスたちを起こしに――。


「ファリス、ストップ!」

「どうした?」


 扉を開けると、間の悪いことに着替えの最中だった。

 あー……ミスったかな。

 前世の知識じゃ、こういう時のパターンは……。


「いいから早く出てけーっ!」


 飛んできた枕を顔面で受け止め、俺は大人しく引き下がった。

 俺も寝間着のままだったし、ひとまず着替えて出直すことにする。


「――それで? わざわざ朝っぱらから突撃してきた言い訳を聞かせてもらいましょうか」

「ああ。多分リフィスも聞こえてたんじゃないか?」

「はいっ!? ……ああ、あの悲鳴のことでしょうかっ」

「悲鳴?」


 仕切り直し事情を説明する。

 イベント云々は読心を利用してキィリに伝えておいた。後で適当なタイミングを見計らってリフィスにも教えといてもらおう。

 ……リフィスはまぁ分からなくもないが、エマもどこか挙動不審だな。そんなに朝のこと気にしてるのか?

 実害あったわけでもないんだし、嫌ならさっさと忘れてしまえばいいものを。

 いや、見方を変えればサンプルは二対一。平然としてるキィリの方が間違ってるって事かも……。


「それで? 気の毒な商人が置いてきた品でも掻っ攫いに行くの?」

「いや、違う。というかそっちに関してはもう手遅れかもな」


 思考を脱線させていると、キィリにジロリと睨まれた。

 読心対策、一つ完成したのがあるんだよな。試してみるか。


「匂いから判断するに、商人が運んでいた商品は獣を引き寄せる効果がある。そもそも魔物に襲われたってのも商品が原因だろう」

「そ、そう」

「んー? キィリ、どうかしたかー?」

「別に。話を進めて。……後で覚えときなさいよ」

「というわけで今回の目的は、だ。エマ!」

「ふぇっ!?」

「荷物につられて集まってくる魔獣の撃退だ。ゴブリンとは比べ物にならないから覚悟しとけ」

「分かりました!」

「じゃあ早速――」


 出発するか、と続けようとした声を小さな音が遮った。

 出所はキィリの腹。

 赤い顔でこちらを睨むキィリに心からの笑顔で応じると、俺たちは先に朝食を済ませることにした。


 食事を済ませた後、件の商人の元へ行って荷物の回収を正式に引き受ける。

 出発の直前、俺はどこか調子の悪そうなキィリに少し離れたところへ引きずり込まれていた。リフィスが止めようとしたのを制して素直に従う。


「ちょっと……それ(、、)、やめてくれない?」

「いやぁ、そうは言ってもなー?」


 食前の話の途中から少しキィリの様子がおかしかったのも、今こうして少ししんどそうにしているのも原因は同じ。前世の知識に基づく読心対策……複雑な数式を脳裏に描いて思考を覆い隠すのを、俺なりに応用しただけだ。

 さっきからずっと、俺は最近気に入ったリフィスの料理の数々を頭に思い浮かべ続けている。空腹時にその思考が見え続けるのは辛いだろうし、今みたいな食後も別の意味でキツいだろう。

 ちなみに俺は正体が正体だからか、空腹も満腹も感じることはない。人化してる時はどっちも身体的に限界があるだろうが、とにかく精神的には余裕だ。


 ま、会話に支障をきたすようでは俺もつまらないからな。読心対策を解くと、キィリはほっと息を吐き出した。


「……で。これは何のつもり?」

「一つは俺の読心対策の性能テスト。その反応を見るに効き目は十分だったみたいだがな」

「それで、もう一つは?」

「読んだ方が速いだろ」


 もう一つとかなんとか勿体付けた感じになってるが、実際こっちにも大した意味はない。

 いつか思考を隠したくなったとき、いきなり読心対策を始めたら不審極まりない。そんな時のために普段から思考を隠すようにして備えておくだけって話だ。


 察したキィリは露骨に嫌そうな顔をした。コイツの読心は無差別だ。俺の思惑通りになるなら今みたいな嫌がらせが四六時中続くことになるわけだから当然か。

 どちらもそれ以上口を開かないまま時間が過ぎる。

 用が済んだなら戻るか、そう考えて歩き出した時だった。伸びた手が俺の服の裾を鷲掴みにする。

 振り返ると、キィリは意外な行動に出た。

 小さく震えながら……頭を下げる。


「頼むから……勘弁して、ください」

「…………。ククッ、ハハハハハハハハハハハ!!」


 俺とした事が完全に意表を突かれた。状況に思考が追いつき、直後どうしようもないほど可笑しくなって爆笑する。

 自分でも馬鹿馬鹿しい醜態だ。今刺客に襲われでもしたら為す術もないだろう。

 あぁしかし、こんなに愉快な思いをした事があっただろうか! 笑い過ぎて文字通り腹筋が痛くなりそうだ。


 ひとしきり笑い転げてから、どうにか体勢を立て直す。

 これは降参だ。こうもこっ酷くやられちゃあ懇願を蹴るわけにもいかねぇ。

 ……この読心対策は封印だな。


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