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29.ツィルス――2

 ゴブリン狩りの翌日。

 イベント回収のために村を軽く巡った後、森からはある程度離れた草原の真ん中で立ち止まる。


 敵との実戦を繰り返していても身につく技術は我流のものだ。

 いや、同じく我流の俺やリフィスがそれを教えるってのもおかしな話に見えるが……俺には武術、「セグリア・サガ」でいう(スキル)の知識がある。

 実際に正当な武術を学んだ経験もあるキィリの助力もあれば、エマを効率よく鍛えていけるだろう。


「――まずは基礎だな。その辺はよく分からねぇし、キィリ頼む」

「はいはい」


 ここらで初歩的な部分を固めておくのも悪い話ではないか。

 武術以前の部分……剣の単純な振り下ろしや身体の動きを、キィリの指導のもと反復する。

 俺にも身体に染みついた動きってのがある。

 その所為ですぐ使いこなすのは難しいが、ものに出来れば役立ちそうだ。

 無数の人間が長きにわたって磨き、伝えてきた技術。それが今(魔族)のものになってると思うと……悪くない。他人が心血注いで作り上げたものを横から掻っ攫うような愉悦がある。


「ククッ……」

「こらファリス、余計なこと考えない。剣筋が乱れてるわ」


 つい邪心が表に出た。反省して無心に剣を振る作業に戻る。

 こういうとき普通の達人なら実際の動きから心の乱れを察して叱るんだろうが、キィリは逆だからな……剣筋の乱れとか気付けるのか?


「――ひとまず、基礎となる動きはこれで全部ね」

「そうか。武術の方もこの調子で頼む」

「んー……体力もまだ十分みたいだし、続けても良さそうね」


 ゲームじゃ仲間キャラ([英雄])は勇者一行に加わるタイミングで初期ステータスが変動する。

 俺がシナリオから外れた行動を取ってるせいで、ゲームと照らし合わせて今がどれくらいの時期か分からないのはイベント回収って観点で面倒の種だったが、ある程度の見通しは立つかもしれない。

 スキルを持ってるとなるとキィリは剣士系統の天職(ジョブ)を保有することに――あ、やっぱり時系列に関しちゃ憶測を出ないなコレは。


 キィリの出身は貴族だ。それは天職[貴き血統]として現れていて、その恩恵により本来キィリは物理戦闘に向いた能力を持っている。

 しかしその血筋も絡んだ諸々の事情から、コイツの戦闘スタイルは魔法を主軸に置いたものだ。

 剣士や魔法使いに専念してるような連中ならスキルから天職、天職から時系列を辿るのも可能だったがキィリじゃ駄目だ。信憑性に欠ける。


 一人で一喜一憂しながらキィリの技を再現していく。

 披露した範囲内で技を見る限り、天職は[下級剣士]ってところか。コイツに関しちゃ成長の上限も分からないのが痛いが、たぶん伸びしろはあるだろう。

 元々それより高位の武術の心得がある俺とリフィスは全ての技を難なく習得。

 エマも特に初歩の技なら十分使いこなせるようになった。


「わたしから教えられるのはここまでよ。キリもいいし一休みいれましょうか」

「了解。思ったより疲労が溜まるな」

「慣れない動きを続けてたんだから当然ね。基礎も含めて全身を余すところなく活用するためのものだし、初めのうちは消耗も激しいわ」

「そういうものか」


 周囲に敵の気配もない。いつもより僅かに重い身体を地面に投げ出す。

 強敵を仕留めた後のような感覚……心地よい疲労とでも言うのだろうか。それに身を委ねるうち、いつしか意識は微睡みの中に沈んでいった。


 ふと意識が戻ってから、自分が居眠りしていたことに気づいた。よっ、と軽い掛け声を上げ、すっかり疲れの飛んだ身体を起こす。

 こちらを見たリフィスが読んでいた本をぱたりと閉じる。

 少し周囲に視線を向けると、無防備に寝ているキィリとエマの姿が目に入った。


 どうしたものか……暇だな。

 これからの方針も大まかには決まっているし、余程の事態にならない限りしばらくはそれをなぞるだけ。

 分体で見張ってる勇者(ユイ)一行にも、本国スタグバールにも特に問題は見られない。

 勇者たちは渡した情報通り素直にサブイベントを消化して鍛錬をこなしているし、スタグバールもラネルの内政力とメーゼの技術がうまく噛み合って良い感じに発展している。残してきた配下の魔族がそれぞれ得意とする分野で支えになっているのも大きい。

 ……っていうか、肉体労働でもレベルは上がるんだな。戦力としては技術なんかの側面もあって一概に言うことはできないが。


 適当なところで分体との視覚共有を切り上げる。

 どっちの風景も割と飽きないくらいには面白いが、必要以上にハマっても非生産的だからな。

 二人が起きるまでは……基礎の動きでも、緩く流しておくか。こういうのは反復が大事だって言うし。

 身体を軽くほぐしてから剣を抜く。元は店売りの剣だが、振るうちに少しずつ手に馴染んできた気がする。

 頭の片隅でそんな事を考えつつ、俺はしばらく無心で剣を振り続けた。


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