28.ツィルス
「――戻ったぞ」
「おかえりなさいませ」
野営地に降り立つと、テントを出たリフィスが出迎えた。
この様子じゃ特に何も起きなかったようだな。
ま、そう頻繁に事件に遭遇してたまるかって話だが……いや、これからはそのイベントを回収していくことになるんだった。
種隷の捜索に多少手間取ったが、もう一休みするくらいの時間はあるな。結界がきちんと機能しているかだけ確かめ、俺たちは眠りに就いた。
それから数日後、俺たちはツィルスという村を訪れていた。
近くに小規模ながらも魔力流が通っているためか、エマを拾ったルートゥよりも温暖でのどかな雰囲気がある。設置されているギルドにたむろしている冒険者たちも田舎者じみているというか……平和なのは良いこと、なのか?
余計な面倒が無いって考えれば俺たちにもありがたくはあるが。
「ようこそお越しくださいましたー。何か御用でしょうかぁ?」
「依頼を受けに来た」
窓口に向かうと、今にも欠伸が混じりそうな間延びした声が出迎えた。
……そういえばこの村、時期によっちゃ災魔絡みの崩壊イベントがあったな。
その時コイツらがどんな顔をするのか……なんて。そういうのを愉しんでたこともあったが、ぶっちゃけ飽きた。
善人としては普通に助けてやるべきか。タイミングが合えば、の話だが。
記憶の片隅くらいには留めておくとしよう。
もちろんこの村を選んだのには理由がある。
最寄りにある小さな森が、今のエマにはちょうど良い狩場になると踏んだからだ。
そこに現れる敵は世界最弱と言っても過言じゃない。なんといってもゲームでいう主人公が召喚されて最初に挑むダンジョンより弱い程だ。
正確には少し事情が異なるんだが、そこは外野のフォローが効く範囲内。おかげでシステム的な経験値は多めともなれば、少しの移動で着ける距離だったことを感謝する他ない。当然ゲームとは違って、成長させたい本人が戦わないとレベルなんて上がらないからな。
「――せいっ!」
「ギィィイイイ!」
エマの剣に斬りつけられたゴブリンが悲鳴を上げる。
これまでの訓練の成果もあって動きは悪くない。狩りの経験が活きているのか、相手の動きもそれなりに読めているように見える。
それでも一撃で仕留められないのは、やはり剣に不慣れだからだろうか。
弓とか短剣なら話は違ったんだろうが……それだとスタイルが偏りがちになるからな。まあ、槍や斧を渡すよりはマシな選択だったと思う。
「……おっと」
「ギッ……ギィィィイイイイイ!!」
先ほどの悲鳴につられたか新たに現れたゴブリンを、リフィスの放った炎の枷が縛り上げる。その際に上がった悲鳴がまた別のゴブリンを呼び寄せるおかげで、いわゆる入れ食い状態だ。
お、エマがまた一匹仕留めた。
ちょうどそのタイミングで一体のゴブリンが枷を解き、あろうことか俺の方に向かってきたので腕を払ってエマの方へ飛ばす。
今やっているのはこの作業の繰り返しだ。俺とキィリはそれを観戦しながら、地味に薬草の採取をしている。
こうやって冒険者としての実績を積まないと受けられる依頼にも限りがあるし、面倒だが仕方ないか。
そういえばこの世界に現れるゴブリン、前世で言う一般的なゴブリン像とは違うんだよな。
この世界のゴブリンが、と言うべきか「セグリア・サガ」のゴブリンが、と言うべきかは微妙なラインだが……。
見た目は普通に獣じみた小鬼といったところだが、この世界のゴブリンは成体でもエマの身長の半分くらいしかない。背中にはハエのような羽が生えていて、耳障りな音を立てて飛行する。あと、知能は低いがなぜか下級の魔法を好んで使う傾向があって……要素を分析すると、妖精みたいなものと言えるかもしれない。
「ギギギ――」
「『双牙』!」
「ギギャ!?」
エマと対峙するゴブリンが魔力を集中させるが、一対一の状況でそれは命取りでしかない。
大き過ぎる隙を逃すはずもなく、瞬時に二度閃いたエマの剣がその命を刈り取った。
ふむ……無防備な相手に対しては、剣技もそれなりに決まるようになってきたな。
ただ、拙い技術で振るい続けた剣に蓄積した損耗も無視できないレベルになってきている。練習用にリフィスが用意した安物だからな、無理もないか。
「エマ、新しい武器だ」
「はい。ありがとうございますっ」
俺が投げた剣を器用にキャッチしたエマは、勢いそのままにゴブリンへ一撃を浴びせる。
もうそれなりの時間を戦い続けているはずだが、まだ余裕がありそうだ。思ったよりずっとスタミナはあるみたいだな。
得物を新しくしたことで切れ味も戻り、ゴブリンを一撃で仕留められることも増えてくる。
ゲームじゃレベルが低いときのエマは貧弱極まりなかったから期待はしてなかったが、微妙とはいえ成長が目に見えるのは良いもんだ。
俺は俺で、エマがその辺の地面に刺したボロ剣を手に取って魔力を込める。
「む……っ。また失敗か」
刃の内側から炎が湧き出し……砕け散った。手元に残った残骸を放り出し、大人しく薬草採集に戻る。
前世の物語の中じゃ悪魔が魔剣を鍛える話とか珍しくもなかったし、乱造できれば便利だと思ったんだが……そう上手くはいかないか。
地上界と魔界を合わせても強力な魔剣を作れるような職人は一握りなのを考えれば当然か。
まあ、こう折を見て試すうちに[付与術師]とか[鍛冶師]の類の天職を得られれば望みはある。
というか自分の力を込めた武器とか、単純に面白そうだ。
「――流石にそろそろ切り上げた方が良いんじゃない?」
「そうだな」
あまりに際限なくゴブリンが現れるものだからつい長居してしまったが、辺りが暗くなってきたところで村へ戻ることにした。
エマのステータスを確認する。
……レベルが上がるほどレベルアップのペースは落ちると考えても、あと数日はここが拠点になるかな。
なお、討伐証明部位であるゴブリンの羽の膨大さにギルドでちょっとした騒ぎが起きるのは別の話。




