25.邪木霊の森――4
「――ハァ……ハァ……ッ」
ヤバい……崩壊に、追いつかれた。
これまでの比じゃない勢いで魔力が奪われていく。
流石の俺でも魔力が枯渇したら死ぬ。
いや、そんな死に方じゃ第二形態にもなれずに本気で終わるかもしれない。
無理に結界を維持し続けるのは自殺行為に等しい。
こうなったら――そう思ったところで光が見えた。出口だ。
……本当に、嫌なタイミングだ。
「ああ畜生、上等だこの野郎がァッ!」
一声吠えて渾身の力を絞り出し、更に加速する。
ほとんど倒れ込みながら森を飛び出した。
限界に達して結界は消え、勢いのままに背中から地面に落ちて何度か回転する。
手足を大の字に広げて脱力すると、腕の中で丸まっていたエマがこぼれ落ちた。
「う、あ……」
「とりあえず生きてるな」
最後の最後でとんでもない目に遭ったが、目的は果たせたか。
全力疾走に最後の回転もあって、小柄な[英雄]はすっかり目を回している。
重い身体を起こすと、今にも此方へ駆けてこようとしているリフィスをキィリが抑えていた。
良い判断だ。
この状況で俺とキィリが同時に見られるのは拙い。
というかリフィス……こっちに来るなら、せめて人化は解け。
現在進行形で読まれているであろう思考を隠す気力もなく、ひとまずリフィスを視線で制しておく。
「……う…………」
「…………」
やがてキィリの意識がはっきりしてきた。
仕上げに移るか。
魔力の回復もしながら手持ちの道具の調子を確かめていた手を止め、立ち上がる。
そのまま軽くエマの身体を持ち上げ、大きく振り被り――。
「そぉら!」
「え――」
全力で放り投げた。
着弾点はルートゥの村の手前。
実際に落ちる前に回収する必要がある。
この考えはキィリが読んでるだろうし、一々説明する必要もない。
読心は鬱陶しい能力だが、こういう時くらい便利に活用してやろう。
合図代わりに目配せを送り、俺はまだ疲労の残る身体に鞭打って再び走り出した。
「――ぁぁぁあああああああ!!!!」
「よし、良いタイミングだ」
村の近く、適当な場所で人化したタイミングでちょうどエマが降って来た。
小規模な爆発を連続させてクッション代わりに勢いを殺す。
減速している最中に落ち着きを取り戻したらしい少女は、思ったより静かに腕の中へ収まった。
「無事か?」
「は、はい。でも、どうしてファリスさんが……?」
「ここだけの話、俺には魔族の血が入ってるらしくてな。こんな特技があるんだ」
そう言って使い魔を生み出す。
サンプルだし実際の能力は無いに等しいが、外見だけは今も勇者一行や縄張りを監視しているのと同じものだ。
コレでエマが向かったっていう魔の森が崩壊したところを見てたって設定で説明する。
「じゃあ、わたしがなんで助かったのかも……?」
「そうなるな」
「えっと……その……わたし、魔族に助けられた……のに……」
「それがどうした?」
「え……?」
……すっとぼけてはいるが、こいつが何を気に病んでるかは察しがついてる。
その根本は、エマのルートゥでの立場と同じところにある。
「そういや俺も気になってたことがあるんだ。お前、どうしてあの村であんな扱い受けてんだ?」
「それは……」
確認の意味も込めて尋ねる。
十分信用を得ていたおかげか、少し迷ったものの少女は話し始めた。
まず、エマはルートゥの生まれではない。
俺たちも泊まった宿の夫婦に引き取られた捨て子だ。
風向きが悪くなったのは今から数年前、村を疫病が襲った時のこと。
エマの家族も病魔に罹り、育ての親は二人とも死亡。
宿自体はエマの養父の弟夫婦が継いだのだが……そいつらにとってエマは厄介者でしかなかった。
素性が知れないことから一人生き延びた事を筆頭にある事無い事言いふらし、散々に貶した結果が今の状況。
俺の知る情報と、特に齟齬はなかった。
……にしても気に入らないな。
どうせもう立ち寄ることもない村だ、あの宿諸共に燃やしてやろうか?
「――ただでさえそんな状況なのに、魔族に助けられたなんて話が加わればもっと酷い目に遭うってか?」
「…………」
「なら、ちょうど良い。そんな村捨てて俺たちと来いよ」
無言で頷いたエマに勧誘をかける。
「セグリア・サガ」じゃ勇者の台詞は表示されなかったし、手本なんてものはない。
俺の腕の見せ所って奴だ。……専門外にも程があるが。
流石に驚いたか、エマは弾かれたように顔を上げた。
正面から視線を合わせ、真剣な表情で言葉を発する。
「エマ。お前の力が必要だ。俺たちと、一緒に来てくれ」
「………………はい。よろしくお願いします」
「前の上着、奪られちまっただろ。予備だけどやるよ」
「! ありがとう、ございます……っ」
長い逡巡の後、小さな首肯が返ってくる。
勧誘成功か?
新しく被せてやった上着を、エマは胸の前で強くかき合わせた。




