24.邪木霊の森――3
「ひっ……」
背後から息を呑む声が聞こえる。
拙いな、血が散ったか?
これでも被害は最小限に抑えたんだが……。
隅を取ったおかげで、最も破壊力のある丸太のほとんどは互いに邪魔し合って勝手に止まる形になっている。
頭を庇った腕が妙な方向に曲がっている以外、身体は大体原型を留めている。
無数の枝槍と葉弾には全身を貫かれたが、後ろのエマには届かなかったはずだ。
『コワス・・マダ・コワ――ギ・・ッ!?』
「逃がすかよ」
目の前の丸太からニュッと生えてきた邪木霊が首を傾げる。
その表情が不意に驚愕で染め上げられた。
燃え上がった邪木霊に腕を振るい、その首を刎ねる。
人間だったら内臓でもやられていたところだろうが……俺の身体は炎だ。
殺すには魔力が足りなかったな。
流れ出た血が身体を拘束する木々を燃やし、小さな空白地帯を作った。
傷を癒しながら確認したところエマは無傷。
最大の罠も凌いだ。
ここで一気に……そう考えたところで、目の前の木々がひとりでに動き出した。
「チッ……」
すぐに対処したいところだが、優先事項を後回しにするわけにもいかない。
土壁に手を突き差し、死角から不意を突こうとしていた根を焦がして無力化しておく。
片手間に放った炎は大量の樹木を燃やし尽くすには足りず、地中を熱して根回しを阻む内に腐緑が一つに束ねられていく。
『ギギ・ギ・・ガァアアア!』
「吠えてんじゃねェぞ雑魚がぁッ!!」
やがて完成した大樹の怪物。
その頭に当たる部分で腐毒を滴らせる花の中心から、精神に影響を与える咆哮が放たれた。
この程度なら無視したところで問題にならないが、まだ後ろの[英雄]はそうもいかない。
こちらも叫び返して打ち消す。
面倒だな……脅威を排除しようとした結果、主として目覚めたってとこか?
まあ状況は悪くない。
周囲の木々は妖樹に取り込まれたし、地中も敵の手中から叩き落とした。
眼前のコイツにだけ集中できる。
レベルも43と目視できる程度……図体はデカいが、脅威ではない。
『――ィィイイイ!』
「るせぇっつってんだろ!」
振るわれた蔦を炎弾で迎撃する。
軽いな……無詠唱の一発で足りるってのもそうだが、数が減った分さっきの丸太よりやり易い。
所詮は手札の尽きた惨めな残りカスか。
「黙ってろっ……『爆針』」
『――――!?!?!?』
牽制の炎弾を適当にばら撒いて隙を作り、魔力に物を言わせて槍サイズにした炎針を花弁の中心に撃ち込む。
鬱陶しい喚き声を封じ、狂ったように振り回される蔦を迎え撃ちながら魔力を集中させる。
並列ではあったが片方が単純作業だった為、その時はすぐに訪れた。
「終わりだ――『煉獄の檻』」
妖樹を囲むように走った炎の軌跡から火柱が立ち上り、内側にその熱を放出する。
数秒ほど耐えたが妖樹はあっさりと蒸発した。
まあ、鋼鉄さえ焼き尽くすって触れ込みの炎を浴びた割には保った方だろう。
力を捧げていた主を失った災魔は滅びるのみ。
さて、どの辺りでファリスと入れ替わるかと思案したところで……異変に気付いた。
俺が駆けてきた森の深部から、崩壊が始まっている。
それも、大地を巻き込みながら。
更に悪い事がもう一つ。
空を飛んでいた……そのすばしっこさ故にか警戒心の薄いことで有名な鳥が、まだ立っていた枯れ木の傍を通過。
次の瞬間にはミイラとなって墜落した。
見えたのは偶然だが、あれは一瞬で魔力を吸い尽くされたのが原因だ。
森自体の魔力が極端なマイナスに偏っているのか……?
そこで記憶に引っかかったのが、予想より炎に耐えた妖樹の足掻き。
アレが原因か……!
苛立つ間も無かった。
悪寒にも似た感覚が忍び寄ったかと思うと一気に強くなり、慌てて結界を張って防御。
即座に引き寄せるもこの一瞬でだいぶ魔力を奪われていたエマに、応急処置ながらも魔力を押し付ける。
冗談じゃねぇ、こんなイベント別のゲームだろうが!
俺は「セグリア・サガ」には無かった展開に心中で叫びつつ、結界の炎で障害物を燃やしながら全力で駆けだした。




