23.邪木霊の森――2
「っ……!」
「チッ――『紅渦』!」
ほぼ全方位から放たれた枝の槍。
瘴気で爛れ煙を上げる穂先を、咄嗟に生成した愛用の大剣で薙ぎ払う。
爆炎が広がるも、邪木霊たちは樹の中に一度引っ込むことでダメージを抑え、即座に反撃してくる。
固まっているエマを小脇に担ぎ、一回転して全方位を斬り裂くことで防御。
逸らした頬を弾丸のような速度で射出された葉が掠めていった。
いくらなんでも手数が多過ぎる。
魔法で殲滅しようにも、生じる隙は俺だけでなくエマまで守るには致命的。
他の手も幾つか無いではないが、この小さな[英雄]も巻き込むことになるのは間違いない。
なら、俺に打てる手は……邪木霊を突破して森の外へ逃れる。
それしか無いか。
「……行くぞ」
「え?」
斬撃を放って道を空け、後ろに放った火炎の反動も利用して駆ける。
正面から迫る槍衾を吹き飛ばし、横殴りに叩きつけてくる丸太を躱し、機銃の掃射にも似た木の葉の雨を最低限の防御で突き抜ける。
手数、破壊力、攻撃の多彩さ……どれを取っても一軍に匹敵する規模。
各地の魔の森が生半可な[英雄]さえ葬る死地たる所以を体現するかのようだった。
激化する攻撃に、エマへ気を遣う余裕もすぐに無くなり……。
「~~~~~っっ!」
「……舌は噛むなよ」
ずっと抱えているわけにもいかず、意図せずして振り回すような形になった。
やっぱ今の姿で良かったな。
傷つけないためとはいえ、これは確実に嫌われただろう。
顔色が悪いが吐くのか? ……お、耐えた。
流石は最強の[英雄]になり得る器ってところか?
『ツブレ・ロ!』
「甘ぇッ――『爆炎波』!」
前方からは腐枝の槍が、左右からは丸太の槌が、上方からは木の葉の散弾が迫る。
地面に叩きつけた大剣がその身を炎に還元して全て焼き尽くし、少女の小さな身体は抱え込んで爆風から庇う。
勢いを殺さないため、そのまま爆風に乗って前方へ。
『――ケケ・ケ!』
「ッ……!」
その時、目を回すエマの向こうに……してやったりとばかりに嗤う邪木霊の姿が見えた。
直後にその意味は明らかになる。
着地した瞬間、空を切るような感触と共に沈み込む足。
不自然に開けた広間が逃れる間もなく陥没したと気付き背筋が冷える。
勢いを殺せず止まらない回転の中、視界に映ったのは雑多に放り込むような無数の木々。
落とし穴なんて古典的な罠に誘導された自分を嘲う余裕もない。
こんなとき俺の知る勇者なら、[英雄]共ならどう対応する?
脳裏に過ぎる走馬灯を押しのけ頭を回転させる。
回避は不可能だ。
かといってこの僅かな時間で押し返すには物量が圧倒的過ぎる。
なら……!
墜落までに弾き出した答えは下策も下策。
俺の思考は誰かを守るようには出来てないんだよ、と誰にともなく言い訳を零し……穴の底、その更に隅へ炎弾を放つ。
「――悪ぃな」
「っ、あ……!」
小規模な一発が穿った人間一人分の空洞へエマを投げ、俺自身もその手前へ着地。
遠ざかる少女がこちらに手を伸ばしたように見えたのは気のせいだろう。
その手を、そんな表情を向けられるべきは俺じゃない。
出来る限り気は回したつもりだが、この際掠り傷くらいは諦めて貰おう。
……そこで時間切れ。
辛うじて立ち上がった俺に、樹木の軍勢が殺到した。




