17.ルートゥ
「――お、良い感じに村があるな」
「アンタの視力ってホントどうなってるのよ」
遠目にうっすらと村の影を捉えると、キィリから呆れ混じりのツッコミが入った。
それは多分、人化した状態でも四天王としての[天職]の力が引き出せるのが分かったのも大きいんだろう。
具体的に人に言える[天職]じゃないし口には出さないが。
そんなことより、ようやくルートゥ――目当ての村か。
時折僅かに雪がちらつくこともあるが、途中の町で防寒具もきちんと準備してあるから問題ない。
まあ、実質そんな対策が要るのはキィリだけなのはさておき。
防寒具のモコモコした感じも悪くないが、リフィスには及ばないな。
「セグリア・サガ」だとこの村には一人の[英雄]が居た。
所持しているスキルは「大器晩成」。
最初の育成こそ幾らか手間だが、きちんと育てれば勇者と同等以上の戦力になる、ゲーム内で最強のキャラクターの一人だ。
素直で誠実な性格もあって、人気の方も並のキャラクターの追随を許すものではなかった。
そいつ一人で魔王を討つなんてプレイもあったくらいで、戦力としては相当期待できる。
最初のイベントは、と……。
「んじゃ、まずは――」
「――あ」
俺が誘導しようとするのに被さって、ぐぅっという音が響いた。
音源はキィリ。
コイツ、たまに話の流れが全部見えてるのかってくらいタイミング良いんだよな。
都合が良いのは確かだし便乗することにする。
「キィリも腹減ってるみたいだし、昼飯にするか」
「畏まりました」
「いや、折角だし此処の食堂にでも寄っていこう。リフィスが手間かけなくても良い」
「しかし余剰の食材は使える時に使っておかねば――」
「悪いが、今回は村で食った方が良い気がする。『勘』だが」
「出過ぎた真似を、失礼いたしました」
「…………」
この「勘」ってのは、事前に二人で打ち合わせた符号だ。
ゲーム知識が絡む目的で外せない条件を満たしたい時に使う。
腹の虫を完全に聞かれたせいか、キィリは微妙な表情で話を聞いていた。
……あれ、コイツってその程度の事を気にするような奴だっけ?
ゲーム情報じゃなく、ここ最近旅をしてた感覚として。
まあ大して気にするほどのことではないか。
「ん? あれは……」
「如何しましたか?」
白々しく呟いて一瞬だけ足を止める。
この村の食堂は宿屋の一階にある。
そのすぐ傍にある畑で、黙々と作業を続ける少女が一人。
他の村人もある程度防寒の備えはしているのに対し、彼女はくたびれた薄着を身に着けているだけ。
身体を動かしていてもまだ寒いのか肌は青白く、小さく震えている。
そんな彼女の元に、外を走っていた腕白盛りと言った感じの子供が三人近づいてきた。
サイズの合っていない防寒具に包まれて着膨れした一人が最初に声を上げた。彼が三人のリーダー格らしい。
「やぁい貧乏人! 今日も盗み食いか?」
「ムカつくんだよ厄介者!」
「……っ」
子供の言葉に取り巻きの片方が同調する。
もう片方は少女の方を見てクスクスと笑っていた。
子供は足元の石を拾って投げ、その一つが少女に当たる。
所詮は子供の稚拙な言いがかり、事実無根の作り話。
これだってコイツらにとっては日常で、俺にとってもほとんど意味のないたかがイベントだ。
――演技とか抜きに、イラっときた。
ゲームの時の勇者の動きとは少し違うが、大した問題にはならないだろ。
なおも少女を囲んで騒ぎ立てるガキ共の前に進み出る。
「なんだよお前、用でもあるのか?」
怖いもの知らずってのはこういう事を言うんだろう。
こんな連中と交わす言葉など無い。
コイツらのレベルでも理解できる程度に絞った殺気を突き刺すと、ガキ大将特有の不遜な表情を浮かべていた顔がみるみる青ざめていった。
「…………」
「ヒッ!」
一歩踏み出そうとする素振りを見せただけで子供は腰を抜かし、無理に逃げようとしてひっくり返る。
少しは溜飲が下がったところで一気に殺気を強めると、本能的な危機感が恐怖を上回った子供たちは這う這うの体で逃げ出した。




