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13.旅立ち――3

 それから買い物を続けることしばらく。

 ある方向から異様な熱気を感じ、そちらを見ると通路の一角に殺気だった人だかりが出来ていた。

 掲げられた看板には処分品格安放出の文字。

 人だかりから一人、また一人と受付へ抜けていく人々の手には中々品質も良さそうな多様な品々。

 彼らの表情は試練に打ち勝った英雄の如く満ち足りていて興味を惹いた。

 今は去る人数より参戦する人数の方が多い。

 既に限界に達しているようなその場は、ますますその熱を高めていく段階にあった。


 かつて俺が完全に四天王だった頃に挑んできた勇者一行を彷彿とさせる気迫にごくりと息を呑む。

 半ば無意識に踏み出そうとしていた俺の肩を、背後のリフィスが抑えた。


「放せリフィス。久々に滾りそうな戦場だ」

「戦場? いえ……アレは死線です」

「上等、むしろ望むところだ」

「……存じております。しかし主を危地先立たせるなど従者の名折れ。ここは私にお任せくださいませんか」

「ふん……良いだろう、荷物を寄越せ。無様な結果を見せるなよ?」

「無論。我が勝利をファリス様の為に……では、そちらの泉でお待ちください」


 決死の覚悟を滲ませるリフィスにこの場は譲る。

 中々見ない騒ぎではあるが、まさかこれが今生一度のチャンスという事もないだろう。

 俺が荷物を預かると、リフィスは人波に突撃していった。

 紛れるとか見失うなんてレベルじゃなく、綺麗な朱色の髪があっという間に視界から消える。


 ……ふぅ。

 貯蔵した魔力を変換し、滾々と水を供給する水珠。

 それが安置された泉を囲むベンチに座ってリフィスの消えた人混みを眺める。

 大体一般的な旅支度でも意外とかさばるな。

 リフィスが戻ったら人目のないところを探して一回収納魔法で片付けたいところだ。


「――少し、お隣宜しいでしょうか?」

「ん? ああ、別に構わん」


 ぼんやりと考え事をしていると声をかけられた。

 相手はリヤカーを引いた中年の男。

 サングラスと帽子のせいで人相は今一つはっきりしない。

 男は少しこちらを気にするように視線を送ってきていたが、ふと身体ごと向き直ってきた。


「時に、お名前を伺っても?」

「ファリスだ」

「ファリスさん、長旅の支度は初めてですか?」

「ああ、そうだ」

「拝見したところ火珠の類を持ってらっしゃらないようですが、これからのご購入でしょうか」

「いや、俺は炎魔法得意だし――」

「あああ、それはいけない!」

「?」


 そう言うと男は大げさに仰け反ってみせた。

 かと思うとサングラスを整え、最初以上に身を乗り出してくる。


「なるほど、確かに魔法が使えれば珠なんて必要ありません! でもですよ、魔力切れなんていつでも起こり得る事態なんです! 甘く見ちゃあいけませんっ!」

「あ、ああ」

「それに火と言えば料理の、食事の要! 火が無いとお湯も沸かせません! しかも夜には熱と明かりを保つのにだって必須なんです!」

「そう……だな」

「少しでも旅慣れた方なら万一に備えて各珠を持っておくのは常識です! ところで、ですね……ワタシこういう者なんですが」

「個人商会グネルヒ所属、ミムス?」

「ええ! 実はワタシ、外回りの最中でして。いやーアナタは運が良い! 今なら新開発されたこの特別な火珠をお売りしましょう!」


 雨のように降り注ぐ言葉の数々。内容にも特に間違いはない、ように思える。

 一応リフィスが戻ったら相談してみるか……そう考える内にも男、ミムスは語り続ける。

 ――ん?

 マシンガントークが途切れたかと思うと、ミムスは俺の荷物に手を伸ばした。

 予想外の行動に固まる俺を余所に驚いた表情をすると、手に取った水珠に魔力を通す。

 宝珠からは……どこか濁りがちな水が溢れ出した。


「いやあ、いけませんねえ! この水珠は欠陥品ですよ! 使い物になりやしません!」

「あ――」

「そんなアナタにこの水珠をお売りしましょう! ご心配なく、こちらはきちんとした品物ですから!」


 ミムスはリヤカーの上で半開きになっている袋に水珠を突っ込むと、代わりに別の水珠を取り出した。

 こんな調子で品物を次々と紹介されるうち、ベンチにはちょっとした山が出来ていた。


「――いかがでしょう! 最先端の商品をこれだけ集めて、占めて金貨三枚っ!」

「あー、えっと……」


 リフィスの反応からすると、金貨一枚でも相当な価値があるらしい。

 この一つ一つが最先端なら相応の対価なのかもしれないが……。

 俺がよく分かってもないのに動かして良いものなのか?

 確かに財布の中身を考えれば金貨の三枚くらい物の数じゃない。だが、そのために金貨の価値を見誤ってはいけないのではないだろうか?


「ファリスさん、迷うことなんてありませんよ。たった金貨三枚じゃないですか」

「…………」

「もしかして疑ってます? ワタシは善意で言ってるんですよ?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「……それに、ですね。ワタシかなりの知識を提供しましたよね? これもう情報料発生しちゃってるんですよ」

「なに……!」

「コレで話だけ聞いてサヨナラなんて泥棒ですよ。まさかそんな事しませんよね?」

「……ッ!」


 しまった……!

 ハメられたと気付くには遅すぎたか。

 ……今ここでミムスに金貨を渡せば負けだ。まんまと目的を果たさせることになる。

 だが、渡さなければ今度は俺が罪人だ。旅の始まりから面倒なハンデを背負わされる。

 何か……何か、手は無いのか?

 こんなことなら……出発するとき大人しく俺の分の荷物も受け取っておけば……。


「黙ってちゃ分からないですよォ? こっちもヒマじゃないんです、早くしてください」

「っ!」

「――控えろ下郎ッ!!」


 凄まれて不覚にも身を竦ませた瞬間。

 凛とした一喝が響き、視界に朱色の長髪が翻った。

 三流詐術に翻弄される炎将の図(交渉レベル1)

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