12.旅立ち――2
「ふぅ……」
「あー、なんつーか……済まなかったな、色々と」
旅の準備の類を済ませ、俺とリフィスはギルドで冒険者証の発行を待っていた。
僅か一日だったが、人間というのも存外に手強い……いや、認めよう。
リフィスが居ないと手も足も出なかった。人間マジ怖い。
だが、いつまでもリフィスに頼りっきりというわけにもいかない。
復習も兼ねて記憶を振り返ることにする。
「――さて、と。あの街なんか丁度良いだろ」
適当な街が見えたところで地面に降りて人化。
リフィスと準備の内容を軽く確認した後、タスルブというらしいその街へ向かった。
「まずは日用品だな」
「…………」
「どうした、リフィス」
路地裏に見えた空いてる店へ向かおうとすると、さりげなくリフィスが道を遮ってきた。
「……ああいった、店は……ハズレが多いので……お勧め、しません」
「どういうことだ?」
リフィスが説明するところによると、人目につきにくい分いい加減な商売でもケチがつきにくいんだとか。
その中でも俺が行こうとした店は特に人気が無い。
それは他の店以上に癖が強い可能性を示している。
更には外から見るぶんだと商品にも粗悪品が目立つ。
下手に関わると面倒事に巻き込まれるリスクも高いことが想定されるそうだ。
「面倒、ね……それは俺でもわざわざ避けるべきもんなのか?」
「はい」
「む……」
冗談めかした言葉に頷くリフィス。
戯れの問いとはいえ、こうも迷いなく即答されると面白くないな。
俺は口を開こうとしたがリフィスが先んじた。
「……恐れながら。人間の悪意は、時に……どの魔族をも、凌ぎます」
「四天王の力があってもか」
「……思慮なく振るわれる力ならば、誘導で以て。そうでなければ……罠で、或いは欺瞞で以て」
「言いたい事は分かった。そういうことなら『善人』じゃ尚更、悪意って奴に引っかかるわけにはいかねぇな」
そう告げるとリフィスは満足したように一礼した。
俺自身も割と謀略とか嫌いじゃないし、その辺はなんとなく分かる。
状況をある程度選べば解のない罠に相手を陥れるのは難しいことじゃない。
その相手に弱点なんて都合の良いものがあるなら言わずもがなだ。
「とは言え、俺もそこまで社会に通じてるわけじゃない。頼りにしてるぞ、リフィス」
「っ……身に余る、光栄……!」
確認のつもりの何気ない一言だったが、なんかリフィスの瞳に火がついた気がする。
人化してなけりゃ耳と尻尾がフルスロットルなんだろうな……思い出したらまた触りたくなってきた。
と、とにかく準備に戻ろう。
さっきのリフィスの言葉を思い出しながら、表通りにある適当な店へ入る。
食器か――あ。
なんとなく手に取ったティーカップがぽろりと落ちる。
危ない、割れるところ……ってところで手の中に残った取っ手に気付いた。
……取れた?
「あー……そこの店員、すムグ!?」
「? お客様、如何なさいまし――」
「少し気になったんですが、この店の食器はどこの品でしょう? ――密かに熔接を。不可能なら適当に誤魔化しておいてください」
「それはですね、かの大陸北部の――」
正直に申し出ようとした口を塞いでリフィスが前に出る。
俺にしか聞こえない程度に声量を抑えた後半の言葉の迫力に思わず文句も引っ込んだ。
可能な限り魔力が漏れないように断面を加熱し……よし、うまくいきそうだ。
「――では、今回はこの品々を……」
「あー、俺が払おう」
「ありが――いえ、ここは私が」
お、話は纏まったか。
俺が財布を開くと、頷きかけていたリフィスの顔が強張ったように見えた。
そのまま有無を言わせない迫力で財布を押し戻される。
個人的に持ってた金貨があるし、懐事情的には何の問題も無いんだが……何故だ?
「――よろしいですかファリス様。確かに正直は美徳ですし善人なら押さえたいポイントですが、我々の素性を鑑みるに目立つ真似は避けるべきで――」
「……この数時間でえらく口数増えたな」
「何か仰いましたか?」
「……い、いや……」
「――特に悪目立ちなど以ての外です。あのレベルの買い物で金貨を出して、おまけに金貨に満ちた財布を取り出すなど――」
そうして幾つかの店を回った後。
……この時の俺は、まだ人間というものを舐めていた。
リフィスの説教も非がこちらにあるのは認めるが、耳が痛いくらいの感覚だった。
この後少しして、俺はその認識を大きく改めさせられることになる……。




