2話
第2はなっしー!
アナウンスが流れる。もうすぐ目的地だ。
電車がホームに滑り込む。席を立って扉の前に立つと、丁度そのタイミングで扉が開いた。電車を降りて改札に向かう。学生にとって夏休みでも社会人にとっては平日である。午後9時にもなるホームは多少の人はいるものの、空いていた。改札を目指して歩く。階段を降りて右へ向かうとそこは北口の改札だった。電子切符を取り出して読み取り機にかざすと電子音を鳴らして改札が開いた。
「誰かいると思うか?」
榛名に尋ねる。
「いや、間違いなくいないだろう」
即答された。まぁ、そんな気はする。『出勤日』以外は来ないのが基本だ。皆それぞれの場所でそれぞれに活動している――この地区は。
地方支部は長野県内では大きく分けて北、中央、南の3つ、更に東、中央、西に分かれている。俺の所属する部署は北地区西部署だ。因みに署員は管理部2、事務部3の、計5名。管理部は俺と榛名なので、俺が部長だ。部長と言っても、やることは変わらない。
駅のホームを出て左に曲がり、線路の下を歩く事10分程。3階程の高さの雑居ビルが立ち並ぶ一角に、紛れる様にして国際宗教連合長野地方支部北地区西部署のビルディングは存在する。表札には『長野県神社・寺院広報組合』の文字が彫ってある。ドアのガラスは見ただけでは分からないが実は防弾ガラスだったりする。
認証カードをドアの真ん中についている読み取り機にかざす。認証したという事を示す電子音と共にドアが開錠された。榛名も同じことをしてから中に入る。榛名が入ってドアが完全に閉まると、自動で鍵が閉まった。
1階は談話室になっている。部屋を覗いてみたが、畳張りの部屋が広がるのみで誰もいなかった。誰かがいたという形跡もなく、蒸し暑い。廊下を奥まで歩くと右手に階段がある。階段を上ると事務室のある2階だ。事務室のドアを開けると、天井まで届く青いプレートで区切られた室内が姿を現した。入って奥の方の部屋が、事務室だ。
「あっつー……やっぱ誰も来てないかー……」
俺は部屋の壁に取り付けられたエアコンの操作パネルを弄る。温度設定24度。エアコンが動き出して冷気が室内に注ぎ込まれてきた。
「僕も喉が渇いてきた。ついでだ、ご主人の分お茶でも淹れて来よう」
「麦茶で頼む」
「了解」
榛名が部屋を出ていく。俺は自分のデスクに座り、パソコンを起動した。パソコンのOSは連合オリジナルのOSだが、慣れると使いやすいOSだ。
『ユーザー名を入力してください』
パソコンの表示に従って、俺はキーボードで識別情報を入力していく。ユーザー名、STAIN。パスワードは12ケタのランダムな英数字。入力が終わると『認証完了』の表示の後、デスクトップが表示された。青い背景に数個のアイコンが並んでいる。
取りあえず、メールチェックからするか。
俺はマウスを操作し、『連絡』のアイコンをクリックする。ウィンドウが表示され、メールやらお知らせやらの本部からの連絡のアイコンが表示された。俺はその中のメールのアイコンをクリックする。メールボックスが表示され、自動分類されたメールの数々が表示された。『穂高理人のメールボックス』の右下に、1という数字が表示されていた。誰かからメールが俺個人に宛てて届いた、という表示だ。他のは来てない様だったので、俺はそのメールボックスを開いた。
差出人、カティア・クリチェフスカヤ。タイトル、無題。受信時刻、午前4時23分。
如何にも嫌な予感がしたが、開かないわけにもいかないので俺はメールボックスを開く。ロードはすぐに終わると、ロシア語の文書が表示される。それを俺は頬杖をつきながら読む。
そんなに長くない文章であった。内容は端的だった。急いで書いたと思われる感じが所々に見受けられる。
『もうすぐ武装指示、場合によっては何らかの任務が言い渡される可能性がある。詳細については機密事項だから言えないけど、危ない任務になる可能性が高いわ。気を付けてね。危なくなったら、連絡してもらえれば、すぐに駆けつけるから。
カティアより』
詳細は機密事項。つまりは表沙汰になったら問題なほど深刻な何かが起きている。カティアさんがそれを知っているという事は、カティアさんも作戦に投入されたという事だろう。急いで書いたと思われる文章。差出アドレスは携帯の物。作戦が一旦終わった時に慌てて書いたのだろうか? この受信時刻の時、ロシアは真夜中だ。
取りあえずメールを読んだという事を伝えるメールを打つ。読んだという事、内容を理解したという事を端的に書いて、最後に、心配しなくていいですよ、大丈夫です。と書いた。一回読み直して、送信ボタンを押した。
「ほらご主人、お茶だ」
榛名が俺の机にコップを置く。麦茶は相当冷えているのか、コップの表面が水滴でビッシリ覆われていた。口に含むと、冷たい麦茶が体を冷やす。
「よく冷えてるな」
榛名に言った。
「冷蔵庫に麦茶が置いてあってな。味も臭いも変じゃないから、大丈夫だろう」
そう言って榛名は俺の右前の席に腰掛ける。其処が榛名のデスクだった。
俺はメールボックスを閉じ、連絡事項の項目を見る。特に入っていない。こうなると、本当に暇になる。
暫く、何もせずにデスクトップを眺めていた。何も変化が無いまま、20分程過ぎる。
「なぁ、ご主人」
榛名が呟く。
「ご主人のセキュリティーアクセスレベルって、幾つだ?」
情報にはセキュリティーレベルが設定されていて、最重要をレベル7、連合職員であればだれでも見られる物をレベル1としている。俺のアクセス権限はレベル3だった。ちなみにカティアさんは6である。
「手紙の彼女の情報を、それである程度推測できると思うんだ」
「フムン」
アクセスすることで、リリアさんの情報がレベル4以上か以下なのか、それが判明する。パターン1、連合に保護されているただの家系の場合ならアクセスレベルは3若しくは2だが、カティアさんの様な特異者のアクセスレベルは5であり、吸血鬼の様な人外であれば場合によっては最重要に近い5か6になる。カティアさんがこの文通を立案出来たという事は、高くともアクセスレベルは6であるということ。データバンクにアクセスして情報の詳細を見るには申請の後許可が必要だが、検索だけなら問題ない。
俺はパソコンを操作し、本部のデータバンクにアクセスする。再認証の表示。先ほどとは別のパスワードを入力していく。認証完了、ようこそ。の表示。
パソコンの表示が丸ごと変わり、アクセス中という表示が右下に現れた。六角形状のアイコンの戸籍・データバンクのアイコンをクリック。すぐに検索画面が表示された。検索名Lilia Ferre Vitosha。
数秒間、検索中の表示が出たのち、検索結果が出た。
『検索結果:1件
Lilia Ferre Vitosha 【警告:あなたのセキュリティーレベルではこのファイルにアクセスできません You can not access this file on your security level.】』
これで、少なくともリリアさんがこちらの事情を知っているだけの普通の人間であるという可能性は、無くなった。
「さて、いよいよ人外の可能性が高くなってきたな、ご主人」
「別に構わないさ」
榛名が軽く笑う。アクセスを閉じてパソコンから目を外すと、書類棚の上に将棋盤が置いてあるのを見つけた。
どうやら、時間つぶしには良さそうだ。
取りあえず4日おきに投稿していく予定です。