1話
第1話です。
手紙という物の起源は、相当古い。文字通り『紙』の手紙が出来るのは日本で言う奈良時代辺りに中国で紙が発明されてからだが、それ以前にも紙以外を用いた手紙は存在した。羊皮紙や木の板何かがそうだ。
そんな時代から千年以上経った2030年でも、手紙は存在していた。インターネットによるグローバル化が進んではいるが、手紙という文化はしっかりと根付いているらしく、衰える気配を全く見せていない。普段手紙を送らないような人でも、年末には大量の年賀状を送る。日本郵便の仕事がなくなることはない。
20年前に出された本を買い取ったことがあるが、そこには2030年の未来予想が描かれていた。日常は電子ペーパーで溢れ、一家に一台ロボットが存在する。グローバル化が進み、手紙は廃れる。2030年に生きている者としては、こんな進んじゃいねーよ、という感想だった。さらに昔のSF映画を見たことがあるが、その映画では2015年には空飛ぶ車が実用化していた。今の俺と同じ様な感想で、2015年の人はこの映画を見ていたに違いない。さらに古い本では21世紀では何故か人々は全身タイツで描かれている。というか、未来人イコール全身タイツという図式は何処で生れたのだろうか? 今度調べてみよう。
さて、話は戻るが、要するに今でも手紙は存在し、そしてそれは俺の家――穂高家のポストにも配達される。
朝8時という、夏休みにしては早い時間帯に起きた俺はポストを開け――あった。中世から抜け出てきたような、古めかしく、飾っているわけでもないのに高級感漂う、一通の手紙。
国際宗教連合、略省IRUの活動は多岐に渡る。その一つに、このような文化交流があるのだ。そもそも宗教間の摩擦をなくし、融和と協力を図る為に作られた組織の為、この手の活動には積極的に力を入れている。その活動の一つが、これだ。
去年の暮れ、ロシアにいる俺の上司の一人にこの交流活動を勧められた。というか、半分強制だった。同世代の女の子だから、きっと色々楽しい事になるわよと言っていた上司のナニカ企んでいそうな顔と声がいまだに頭に残っているが、あまり気にしていない。なんでも、ブルガリアに住んでいるらしい。上司はあったことがあるといっていた。可愛い子だったわよ、と言われて少し胸が躍った事については、偽りなくはいと言っておこう。
それから俺はブルガリア語を勉強し、指定された日に届くようにして手紙を送った。数日後、初めての手紙が来た。事務的、とも取れる内容で自己紹介がされていた。字が妙に綺麗だった。もしかしたら、結構育ちの良いお嬢様なのだろうか? 届いた手紙のあふれ出る貴族オーラに、貧乏性が骨の髄まで染みこんだ俺と榛名は思わずひれ伏しそうになった記憶が妙に真新しい。
そうして文通が始まった。最初は何というか、堅苦しい言葉の銃撃戦の様になっていたが次第に打ち解けて、今では結構フレンドリーに文通出来ている。1か月程前、文章の一部を日本語で書いてきた時は心なし、嬉しかったのを覚えている。今では俺がブルガリア語、彼女が日本語で手紙を出すという形になっている。
そして、いま手元にあるのが最新の手紙。早足で居間に向かう。ペーパーナイフを取り、手紙の封部分を丁寧に切った。中の手紙を取り出し、読む。
穂高 理人 様
こんにちは。
お手紙読みました。日本では暑いが厳しくなっている様ですね。私のいるブルガリアのヴィトシャ山地は肌寒い日が多いのですので、暑いというイメージがあまり湧きないです。
理人さんのいるナガノはリンゴが有名だと聞きましたので、行ったら是非食べたいです。ちなみにブルガリアではバラやヨーグルトが有名なので、今度ジャムを送りますね。
私はあまり家の外に出いので、理人さんの送ってくれる写真や行ったところのお話がとても大好きです。前回のお話でしてくれた、冬の日本アルプスの山々の話は、まるでその景色が瞼の裏に浮かぶようで、とても素敵でした。また聞かせてくださいね。
日本語でお手紙を書くのがそろそろなれてきましたが、まだ文法や漢字が分からない部分が多いです。理人さんの苗字も、いつも辞書で調べて書いています。それに比べて理人さんはとても流暢な文章を送ってくれていますね。とても読みやすいです。いつか日本語を教えて下さい。
今年の夏に会えるかもしれないと、カティアさんが言っていました。会えるのを心から楽しみにしています。
リリア=フェレ=ヴィトシャ より
所々間違いながらも、頑張って書いたのだろう。それでも字が丁寧なのにはいつも驚かされる。となると、俺が出しているブルガリア語の手紙も文法間違いがないが非常に気になる。流暢と言ってくれているので、まぁ大丈夫かもしれない。それよりもリリアさんも随分日本語が上手になった。時々ある文法ミスも可愛いものだ。
今年の夏かぁ。手紙の終わりに記されている一言。カティアさんというのはロシアにいる俺の上司の一人だ。一応俺の保護者役でもある。今でも時々ロシアに来ないかと言われるが、断っている。
心から楽しみにしています。
その言葉を頭の中で繰り返すと、頬が緩む気がした。
「うわ、キモッ」
榛名のひと言が胸に突き刺さった。ヤバい、泣きそう。
「そりゃ独りで手紙読みながらニヤニヤしていたら気持ち悪いに決まっているだろう?」
こんなんでも、一応こいつは俺の式神である。
「だってブルガリアで、女の子で、育ちが良くて、しかも可愛いんだぞ? そんな子から会いたいとか手紙で言われたら胸躍らない方がおかしいだろ」
「ハッ、どうだか。それにカティアさんの事だ。きっと何か裏があるんじゃないのか?」
「そうだとしても、俺に害はない。それだけは信じられる」
それが、カティア・クリチェフスカヤという人物だという事を、俺は知っている。
「分かったよ。くそう、どうも僕はあの人が苦手なんだ」
榛名が苦々しげに言う。ふさふさした尻尾は股の間に挟んでいた。
でも榛名の言う通り、確かに何か隠されている事がありそうだ。まぁ、そもそもこうして文通している時点で一般人ではない事は確定である。予想としては、良くて魔術師、悪くて人外。そんな気がする。まぁ人外の友人なんざ沢山いるので、あまり気にする事は無い。それよりも問題なのは俺自身だ。いざ会ってがっかりされないか、それが心配だった。視界の上にチラチラ映る様になった前髪を弄る。今度床屋に行こう。
「そういえばご主人、今日は『出勤日』だろう?」
「わかってる、準備出来次第、行くさ」
階段を上って部屋に戻る。古びた机の引き出しの一つの鍵穴に鍵を刺しこみ、封印を解いて開ける。中には届いたのと同じような手紙が束になってまとめられていた。ツツジに見つかったら悲劇しか予想できないので、封印は厳重にかけてある。
引き出しの中に手紙を入れ、再び封印をかける。封印の解除キーは鍵なので、鍵が無ければ開けられない。ピッキング不可能の鍵の様なものだ。
続いて俺はクローゼットを開ける。クローゼットの奥には服で隠された戸があって、俺はそれに手をかけた。複数の術式で閉じられた戸。解除できるのは術式を仕掛けた俺と榛名だけだ。戸をゆっくり開けると、そこには拳銃やナイフ、防弾ジャケット、眼鏡、カードなどが入っていた。IRU関係で個人携行可能の物は、すべてここに入っている。俺はそこからカードだけ取り出した。
基本連合の職員は各地の連合支部に勤務することになるが、地方の場合だと支部に向かう事は厳しい。そこで、地方には地方支部が設けられていて、代わりにそこに出勤することになる。基本自宅勤務なので、地方支部に向かう事は時々しかない。その時々を、『出勤日』と呼んでいる。
寝間着からポロシャツとジーパンに着替える。連合のカードはリュックの中のポケットに単独で入れた。適当に新聞を詰める。電子切符の入った財布と携帯をポケットに突っ込み、俺は部屋を出た。
階段を下りて玄関に向かうと、既に榛名がスタンバイしていた。背広姿のイケメン青年へと姿は変化していた。
「お待たせ」
「OK、じゃ、行こうか。ご主人」
玄関のドアを開ける。熱気がドアから室内に流れ込んできた。今日も暑そうだ。外に出、家の鍵を閉める。駅までは歩きだ。大分昇った日差しが斜め上から照り付けてくる。
田舎道を歩く長身金髪のイケメンと、髪ボサボサの高校生。シュールな光景だが、もう慣れた。俺がしっとりと汗をかき始めているのに榛名が汗一つ垂らさないのは体質に因るものか。
「なぁご主人」
駅に近づいてきたころ、榛名が話しかけてきた。同時に隠蔽術式を榛名が展開したのを俺は確認した。
「何だ?」
「いや、手紙の相手の事だ。ご主人が文通している」
「リリアさんの事か?」
榛名は遠くを見る目で言う
「いや、真面目に考えて、カティアさんが隠しているのは何だろうって話だ」
正直に言わなくても、それは俺も気になるし、非常に重要な問題だ。さっきも一瞬考えた。でも『人間じゃなくてもいいか』なんて考えが浮かんでしまうのは、古くから異種婚を平気でしてきた日本人のDNAによる物なのだろうか。亀、鶴、蛇、狐、蛤その他エトセトラ。
「一番良い――というか、隠し事がほぼ無に近い場合なら、魔術師だろうな」
魔術師にはある程度だが適正が存在する。適正の差は身長の差の様なもので、努力や工夫によって簡単に埋めることが出来る。そして適正は遺伝せず、完全にランダムである。つまり魔術適正の高い両親の子供が、魔術適正が低いなんてことはざらにある。しかし時々、本能的に魔術を行使できるほどの非常高い適性を持った人物が出てきたりもする。そういった人物は連合の存在する以前若しくは一般的には、聖人とか仙人とかみたいに呼ばれている。ちなみにカティアさんはその『非常に高い適正を持つ人間』らしい。事実、滅茶苦茶強かったりする。因みに俺は中の上から上の下位らしい。
話を元に戻すと、連合が結成された中世時点で連合の力は今ほど強くなく、管理下にない魔術師は各地に多く存在したらしい。そして、適正の高い者同士を結婚させることによってより適性の高い者を産もうと試みる輩も少なくなかった。勿論必ず失敗し、後には閉鎖的な家系が残されることになった。現在ではそれらの家系は連合の管理下にあるか、連合の協力の元一般人として社会に融け広がっている。
つまり、パターン1はリリアさんがそういった家系の人間であるという事。
「連合の庇護下にある家系の人間の可能性が一番高いか?」
「どうだろう。僕としてはカティアさんと同じタイプの人間の可能性が高いと思うがね」
パターン2、リリアさんは言うところの聖人。魔術の適性が非常に高いそういった人間は、連合の管理下に強制的に置かれるが、連合の活動への参加の強要は無い。拒否すれば、監視付きとなるが一般人と同じ生活を送ることが出来る。
ちなみにそういった人間が本能的に行使する魔術は術式が不明な事が多く、そういった術式が不明、若しくは未解析の魔術の事は『奇跡』と呼ばれている。海を割ったり、石をパンに変えたりするの何かがその代表だ。
そして、パターン3は。
「そもそも人間じゃないって可能性かぁ……」
椿先生の例の様に、人間社会で生活する、若しくは人間社会に人脈的、経済的などの形で関わりを持っている人外は連合の管理下にある。連合で働くかどうかは自由であり、椿先生の様に存在を登録しているのみ、という者も多い。
話しているうちに駅に着いた。ポケットから電子切符のカードが入っている財布を取り出し、改札の読み取り機にかざす。ピロンという音と共にゲートが開いた。改札を通ると松代行きのホームに向かう。階段を上っていると、すれ違った同じ高校の女子生徒の集団が榛名を見てキャーキャー言っていた。榛名は最早この辺りのアイドルである。爆ぜろと口の中で呟いた。
電車はすぐに来た。ガラガラの車両に入ると、扇風機の風があたりやすい座席を探して座る。風で汗が渇いて、ひんやりして心地よかった。
「仮に人外だとして、種族は何だと思う?」
一口に人外と言っても、様々な種類がある。それらによって対応もまた変わる。
「僕の考えだと、可能性が高いのは吸血鬼だろうな」
榛名は目を細めて言った。
「因みに、根拠は?」
「まず育ちがいいってことだ。あんな高級そうな手紙をよく送って来る事、そして字がきれいな事。これから考えるに、資産家だろう。それに紋章。神の敵であるドラゴンが描かれている。そして位置。『ドラキュラ伯爵』で有名なルーマニアの隣じゃないか。大方、連合保護下の吸血鬼の血が混じった一族かもしれない。」
吸血鬼。ヴァンパイア。夜の王。榛名の論理は一貫していて、納得できる内容であった。実際、吸血鬼の血が入った連合職員に何人もあっている。皆普通の人だった。
しかし、どうもしっくりこない。何かが違う気がしてしょうがないのだ。魔術師の勘が、そう告げている。
「ご主人は、どう考える?」榛名が自信ありげに聞いてきた。
流石は、腐っても才色兼備の九尾の狐、という事か。他の答えが思いつかない。自信ありげにこちらをニヤニヤと見つめてくる榛名にイラついて電車の向かい側の窓を見る。窓の外を広告が流れていく。◯◯美容整形外科、パチンコ××、新発売RPG『ドラゴンファンタジア――
急に、ピースが埋まったような、そんな感覚。
「ドラゴン……」
「え?」
ブルガリア神話に出てくるドラゴン。名前はズメイ。雄のドラゴンは水、月を司り、雌のドラゴンは火、太陽を司る。そんな話を知っている。それにドラゴンが人になったり人がドラゴンになったりする神話はあちこちにある。リリアさんがドラゴンでもおかしくない。だが、それに論理的な根拠は無かった。強いて言うと、紋章のドラゴンのみ。
「ドラゴン、ドラゴンじゃないか?」
「……興味深いが、根拠は?」
「勘だ」
開き直る。どのみちこれ以外思いつかなかったし、妙な確信のようなものがあった。こういう時の勘は妙に当たるのは経験上俺も榛名もよく知っている。
「馬鹿馬鹿しいが、ご主人の勘だと言われると妙な説得力がある。くそう、反論も出来ない」
「まぁ、現実的に考えりゃ吸血鬼だ。榛名がきっと正しい」
「わからんぞ? ご主人のその勘、妙に当たるからな。これだけはどうしても理解できない」
「見直したか?」
「まさか」
鼻で笑った榛名に耳打ちをする。家に帰ったらお前の持ってる『キタキツネ物語』没収な。そう言うと榛名の顔がみるみる青なっていった。
「そんな、僕はこれからナニを楽しみに生きていけばいいと?」
「お前も大概だな……」
金髪のイケメンが青く取り乱す様はシュールだ。誰もこの車両にいなくてよかったな。
「昔なら、昔ならカワイコちゃん達を独り占めしてハーレムだったんだ。それが今はこの有様だ、畜生、畜生」
榛名のその言葉を聞いて、九尾の狐(獣)に沢山の雌狐(獣)が寄り集まっている様子を想像する。飛び込んだら気持ちよさそうだ。そんな事を思った。
ノーコメントっぽい!