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4話

プロローグ最終話!

「じゃあ、今日の部活はここまで」


 飯豊が部活の終わりを締めくくる。俺はそう多くない荷物を学生鞄に突っ込んで椅子を片付けた。


「お兄ちゃん、買い物買い物」

「覚えてるよ」


 今日は薬局で生活用品がセールだ。腐らないものは安いうちに買いだめしておくのが穂高家のモットーである。

 ツツジと一緒に部室をでる。房吉と洋介は用事があるといって部活が終わるなり急いで帰って行った。大方店番とナンパだろう。飯豊と至仏は暫く話してから帰るらしい。静かな廊下を歩く。


「お兄ちゃん」


 ツツジが言った。


「何だ?」

「いや、別に。呼んで見ただけ」


 珍しい。俺は何となくだが、そう感じた。

 昇降口で靴を履き替え、外に出る。まだ熱を持った夕日が肌を炙る。額に汗がジワリと滲むのを感じた。駐輪場へ向かう。


「暑くなってきたねー」


 ツツジが汗を拭きながら言う。早く冷房の効いた所に入りたい様だ。


「まぁもう7月も終わりだからな。これからもっと暑くなるんじゃないか?」

「最後の領域である日陰まで暑くなってしまうのか……ってかなんでお兄ちゃん平気なの」

「職業」

「わかった」


 職業柄、炎天下の中待ち続けることなんてざらにある。最早慣れた。

駐輪場に着く。止めてあった自転車の鍵を外し、引っ張り出す。ハンドルが太陽に熱せられて熱くなっていた。

 自転車を押して歩く。ツツジは隣に並んで歩いた。校門を出て、家とは逆の方向へ。薬局があるのは駅の傍の商店街だ。

 商店街は学校からさほど遠くはない。せいぜいゆっくり歩いても15分程だ。ツツジと他愛もない話をしているうちに、もう到着していた。薬局の前の邪魔にならない所に、自転車を止める。


「必要なのはサランラップとトイレットペーパー、ティッシュに歯磨き粉、あとシャンプー。それだけだな」

「分かった。ティッシュとペーパー取って来る」

「OK」


 ツツジと別れる。篭を取ると、俺は洗顔用具のコーナーに向かった。丁度店内の反対の個所に位置するので、二手に分かれて目的の物を取ってきた方が効率いいのだ。

 歯磨き粉を探す。特にこだわりはないが、何となく使いやすくて、使い慣れているメーカーの物を選んで篭に入れた。次はシャンプーだ。食料品のコーナーを通って――げっ。


「ん? よく見たら穂高じゃねーか」


 焼酎の大ボトルを片手で器用に4つ持つ、ジャージを着た女性。日焼けした体は筋肉が隆起しており、外国人の様なプラチナブロンドの髪を乱雑にポニーテールにしている。

 彼女が比叡山椿。俺の通う高校の体育教師であり、また部活の顧問でもあり、比喩でもなんでもない鬼だ。今は妖術で隠してあるが、額に2本の大きな角が生えている。その性格から多くの生徒に好かれているが、俺はどうもついていけない感じがして、苦手な方だ。だが、一応彼女も俺の管轄・・なので、関わる時間は結構長い。


「こ、こんにちは、先生」

「なんだぁ~? つれないなぁ~。もっとふれんどりーでいいんだぜ?」


 肩を組んでくる先生。長時間外にいたのか、太陽の香りがした。あと酒。大方第二の住居としている用務員室のベランダで飲んでいたのだろう。仕事しろ。


「ん? いつもくっついてる妹の方はどうしたんだ?」


 ここで俺は一瞬迷う。ツツジを道連れにするか、庇うか。


「反対側にいますよ。多分ティッシュ売り場」


 即決で道連れにした。慈悲は無い。


「おおそうかそうか、なら少しの間は二人っきりという事だな?」


 外れだった。心の中で盛大に舌打ちする。そうこうしているうちに、椿先生に後ろからホールドされた。胸が背中に当たって、なんというか、その。


「ん~? 興奮してんのか~?」


 下手に答えると向こうがノリノリになってしまう。ここは最小限の言葉で耐えるのみ。


「変な事はやめてください、本当に」

「なんだ、つまんねぇの」


 意外とあっさり離してくれた。すぐさま1メートル程距離を取る。


「本当、こういう事やめてください。痴女じゃあるまいし」

「オイオイ、アタシが『こういう事』するのはアンタだけだぜ? 穂高理人」

「……褒め言葉として受け取っておきます」


 この人は、こういう素で恥ずかしくなるような事を平気で言ってくる。

 どうも、苦手だ。


「まぁ、卒業までに彼女が出来なければアタシが貰ってやんよ」

「……覚悟しておきます」

「オイオイ、ちょっとは自信持っていいぞ? アタシから見りゃ、お前は結構骨のある良い男なんだからよ」

「そんなことないですよ。今だって独り身です。好きになる物好きなんていませんよ」

「少なくともアタシは違うぞ。さて、卒業が楽しみだぜ」

「不束者ですが」

「ん? 告白か?」

「勘違いしないでください」

「かぁーっ。男のツンデレはキツイねぇ」


 そう言って、椿先生は手を振りながらのっしのっしとレジに向かっていった。俺は一人、残される。背中に残った先程の感触を反芻して、勝手に顔を赤くした。

 恋人かぁ。

 そんな事を呟く。職業柄、独身の方が面倒はないだろうし、何より、異性への感情というのがどうにも想像できない。本にはよく「運命の人」とか「一目で惚れる」とか書いてあったりもするが、俺にもそんな時が来るのだろうか。上司に勧められて文通している相手が頭をよぎった。


「……おにーちゃーん?」


唐突に声がかかる。声の方を向くと、ツツジが角から申し訳なさそうな顔をのぞかせていた。あいつ、見てやがったな。


「ツツジ、凄く怒るから出てきなさい」

「うわぁ、激おこプンプン丸だぁ……」

「あたりまえだ! 胃に穴が開くところだったわ!」


 ツツジも椿先生が苦手である。しかし俺と同じ様に、よく絡まれる。絡まれた後のツツジは20歳老けて見えるので傍から見ると面白いのだが、本人は笑えない話なのは俺と同じである。


「うう、理人兄さんに寄りつく雌猫は排除できても雌鬼は無理ですよぅ……」


 変態モードに入りつつも落ち込んだ様子のツツジが言う。珍しい光景だった。時間差で疲れが押し寄せてくる。俺が吐いた生暖かいため息は、すぐに薬局のエアコンで冷えた空気の中に溶けていった。

 結局、俺達はその後一言もしゃべらずに黙々と買い物をこなして薬局を出た。というより、喋る気力が無かった。精根絞られた気分だった。商店街でもそれは変わらず、『妙にげっそりした様子の顔の似た男女が黙ってゾンビのように歩いている』という怪奇現象の様な光景を生み出した。変な噂が流れないか、ただそれだけが心配だった。

 商店街を抜けると、再び畑や田んぼが広がる。夕日に照らされて俺とツツジの影が長く伸びていた。


「そういえば、さっき何の話してたの?」


 ようやく回復したツツジが聞いて来る。どうやら結構離れて見ていたらしく、会話は聞こえなかった様だ。


「俺に彼女が出来るか出来ないかって話」


 投げやりに答える。考えたくもなかった。


「ウフフ、何言ってるんですか? 私という彼女がいるのに」

「お前は妹だろいい加減にしろ」


 一瞬で変態モード入りしたツツジを窘める。ツツジがどんな切っ掛け(スイッチ)で変態モードに入るか未だに掴み切れていない。一度入ってしまうと抜けるまでは不安定なので結構苦労している。


「ま、構いません。理人兄さんは未来永劫、私のモノですから」

「……どうなんだろうな」


 これから先、俺がどう生きて、どう死ぬのか。考え始めると止まらなくなる。特に、戦場に身を置いている身としては。昨日引いた引き金の感触が勝手に反芻される。

風が吹く。昼の暖かさを保った生暖かい風が、首筋を通り抜けた。夕焼けが空を燃やし尽くして蒼い夜が反対から迫って来る。

 来る日も来る日も、世界は廻り続ける。


「……お兄ちゃん?」


 ツツジの声で我に返った。どうやらボーッとしてたらしい。ツツジが不安そうな顔でこちらを見ていた。


「ゴメン、考え事してた」


 無意識に立ち止まっていたらしく、それに気付いた俺は慌てて歩きだした。怪訝な表情をしながらも、ツツジは付いてきた。どうしようもない不安を抱えながら俺は家路を急ぐ。何かが起こり始めている様な、そんな不安。

――でも、願わくば、この平穏な日常が、もう少しだけ続きます様に。

という訳でプロローグはこれにて完結。次回から本編になります。

次章ではヒロインがいよいよ登場! お楽しみに。え? ツツジちゃんがヒロインじゃないのかって? それは【検閲済】ですよ。

次章、『フォーレン・ドラゴン』。

それでは、この辺で。

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