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7話

久々の更新。すまない……リアル事情が忙しくて更新が遅れて本当にすまない……

 玄関に着くとリリアはブーツを手馴れた手つきで履く。その隣で理人はハイカットの登山靴の様にも見える靴を履いた。その靴に彼女の目が留まる。


「その靴、良いですね」


 黒い靴。機能美、性能美と言った物に彼女は惹かれた。


「重宝しているよ。何だかんだ言って足に馴染む」


 似たようなものを履く機会も多いからな。そう言って理人はリュックを背負って立ち上がった。ドアを開けると、外の空気が流れ込み、ムワッとした空気が身体を包んだ。外に出て、リリアと共に外に出てドアの鍵を閉める。


「私も登山靴は持ってます。ただ……ちょっと街中で履くのは厳しい様なものですが」

「まぁ完全に山用の物は厳しいよな」


 真夏の太陽がじりじりと照り付ける。湿度が高いせいもあって、すぐに汗が吹き出そうだった。


「ちょっと歩くぞ。街中はちとばかし遠い」

「大丈夫です! 歩くのは好きですから」


 微笑むリリア。日差しを受けて彼女の長い白銀の髪が煌めく。その光景に理人は何となく雪原と太陽という相反したイメージを唐突に抱いた。

 家を出て歩き出す。商店街までは歩いて10分程で、二人は田園地帯の真ん中を走る道路の端を歩く。時折農作業器具を乗せた軽トラが過ぎて行った。


「私、水田って初めて見ました」


 リリアが歩きながら言う。彼女の金色の瞳に田園の緑と空の青が映っていた。瞳孔は眩しいせいか、縦に細く閉じている。


「まぁ水の豊富な気候ならでは、って感じの農業だからな。日本や中国南部以外だと東南アジアとかのモンスーンアジアでしかやってない独特なものだろう」


 水田の上を吹き抜ける風は涼しく、何処か心地よい。汗が風で渇いてひんやりとした感触が肌を撫でる。


「理人さんの家も農家の方なのです?」

「いや……畑の土地を持っているって話は聞いた事無いな」


 庭に家庭菜園は有るけどな。理人は榛名が育てている野菜を思い出す。小さな畑だが、畝もしっかりある本格的な物だ。


「それに、爺さんも魔術師かんけいしゃだった。農業に手を出してるって話は聞いた事ないよ――何か気になる事が?」


 いえ。そう言ってリリアは周囲を見回しながら言う。周囲には穂をつけ始めた稲が茂る水田の若草色や、所々に混じって休耕している田の茶色、他の作物の深緑色のモザイクが広がっていた。ビニールハウスの姿もちらほら見られる。


「私の実家でも城塞の中に畑があって、家族で畑を弄ってたんです」


 今城塞って言ったぞこのお嬢様。理人は心の中で冷や汗を流す。プライバシーに関係するという事であまり彼はリリアの実家の情報については報告を受けていない。実質彼女自身から聞くしかなかった。今までの文通からは彼女の実家がかなり大きいとは想像していたが、まさか城だとは。


「すまん、先に謝っておく」

「?」

「いや、何かあまり土弄りをしているイメージが無くてな」


 そう言うと少しリリアは悪戯っぽく微笑む。


「私の家族みんな、土弄りが好きなんです。自分で育てた作物を自分で収穫して食べる。それって、何処か楽しくありません?」


 それを聞いて理人は少し考え込んで、答える。


「まぁ、否定はしないな」

「でしょ?」


 それにしても農業、か。ブルガリアのドラゴンは太陽と夜、火と水を司るドラゴンとしての性質がある故か、単なる守護存在としてではなく農耕神としての側面がある。ひょっとしてそんな性質が現れた結果だったりするのだろうか? そう考えて彼は少し苦笑いをした。榛名と相談して畑を拡大でもしてみようか。ふとそんな事を思う。

 そんなとりとめのない話をしながら少し歩いているうちに、水田の密度は減り、民家が増えてくる。平日の日中と言う事なのか、それでも人の姿はほぼ見なかった。


「あ。いけない」


 唐突にリリアが呟く。何やら慌てた様子でポーチの中を弄って、出てきたのは眼鏡ケースだった。


「眼鏡?」


 理人は小さく呟いた。ケースの中から出てきたのはごく普通の横長の長方形の角が丸まったレンズの、縁なし眼鏡。彼女はそれをかけて数度瞬きをした。


「理人さん。私の眼、今どう見えてます?」


 そう言ってリリアは理人の顔に顔を近づけ、その瞳を真っすぐ見つめてきた。理人は少し気恥ずかしさの様なものを感じながらも言われた通り彼女の瞳を見つめた。彼女の金色の、太陽の様な瞳。その瞳孔は日差しを浴びて眩しいのか、小さな円になっている。

……円?


「眼が変わってる……?」


 小さく呟く。しかしそこですぐに違和感を覚える。何かが感覚に干渉している様な、そんな感覚。彼は静かに術式を展開して感覚への干渉を観測し、すぐに逆位相の干渉を始めた。

 次の瞬間目に飛び込んできたのは、何度か見たことのある金色の瞳に、縦長に細まった瞳孔。


「大丈夫だ」


 理人は術式を停止させながら言った。


「認識阻害は正常に稼働してる。ヒトの目(・・・・)にちゃんと見えるぞ」


 そう彼が言うと、リリアはほっと胸をなでおろした。


「よかった……カティアさんに言われたんです。外出する時は付けていなさいって」

「まぁ意外と人の眼って言うのは目立つからな。ましてや金色の瞳は、な」


 そして唐突に思いついたひと言。それを言おうかどうか悩んで、ふと一瞬言いよどむ。


「太陽みたいで、綺麗だと思う」

「――!」


 慣れない事を言った。一瞬でそう思って理人は少し後悔した。何で自分はこんなキザな事言っているのか。自分で思っている以上にこの買い出しと言う名のデートで舞い上がっているのだろうか。榛名にニヤけ顔がキモイと言われた先日の事が想起される。どこかぎこちない、苦笑いにも似た笑みが自然と浮かぶ。

そんなリリアはと言うと、彼女の色白の頬は少し赤く染まり、表情にぱぁっと笑みが満ちる。


「理人さんの鳶色の瞳も、まるでトパーズみたいで綺麗でしたよ」


 そう言ってどこか嬉しそうに理人の手を取り、そっと握った。滑らかな手袋の感触の下からリリアの体温が伝わって来て、自然と理人の心拍数が上がる。


「ふふふ、素敵なデートになりそう」


 そう楽しそうに呟いてリリアは理人の手を引く。理人も軽く肩をすくめてぎこちない笑みを浮かべ、歩き出した。意外と彼女に撃墜されのもそう遠くない日かもしれない。そんな事を彼は思った。

 というかはっきりデートって言ったな今。もう誤魔化さないのね。というか完全にリリア、デートのつもりでいるんだな。理人は少し苦笑いを浮かべる。喉元に変な汗が一筋流れた。

 そんなとりとめない話をしながら歩いているうちに、周囲の景色はすっかり住宅が多くなっていた。先程まであった田園風景とは違い、今や畑や水田より家屋の方が多い。


「もうすぐ商店街だ」


 理人が言う。商店街は駅から続いており、昔ながらのアーケードに商店が並んでいる。一々別の店に行く必要があったのは不便だが、店ごとの品ぞろえは非常に良く、マニアックな物を売っている店も多かった。


「商店街……市場の様なものですか?」

「市場とは……確かに似てるが違うな。個人経営の店が並んでるようなものだ」

「なるほど」


 興味津々に聴くリリア。思えば彼女にとってはこれが初めての外国なのだろう。物珍しいに決まっている。理人はそんな彼女を見て、どこか微笑ましいといった感情を抱いた。遠い異国の地で珍しい物に目を輝かせるお姫様。そんな印象だった。

 そして。


「おぉー……!?」


 アーケード街の門に大きく書かれた『槍沢街アーケード』の文字。その先に続く天井付きの商店街に、リリアは目を輝かせた。予想通りの反応に、理人は思わずくくと小さく笑った。商店街の中に入ると、様々な店と店頭に並ぶ色とりどりの商品がリリアの目に飛び込んできた。


「理人さん理人さん、あそこは何を売ってる店です!?」


 興奮した様子でリリアが尋ねる。


「あれは肉屋だな。見てみるか?」

「はい!」


 理人は小走りで肉屋に向かうリリアの後に付いて行く。彼女は肉屋のショーケースの前で屈むと物珍しそうに中に並んだ桜色の肉の塊を眺め出す。理人が近づくまで肉屋の店主の女性はあらやだ英語なんて話せないわと困惑していた。


「こんにちは」


 理人が声をかけると彼女は安心したような表情を浮かべた。


「あら、穂高くんじゃないの。この子、知り合い?」


 どこまで話せばいいものか。理人は頭の中で情報を取捨選択し、「それらしい」話を一瞬で作り上げる。


「カティアさんの伝手ですよ。秋からの留学生の面倒を色々見てくれって」

「成程ね」


 カティア・クリチェフスカヤは度々理人の様子を見に彼の家を訪れ、数日間滞在していた。スタイルのいい引き締まった四肢の金髪碧眼の美女として槍沢地区のちょっとした名物になっていたりもする。滞在するたびに食事の材料の買い出しなどをする為に商店街を利用するうちにいくつかの店では顔を覚えられている。理人も当然セットだった。

 彼女の作るボルシチは絶品だった――ふと思い出した記憶を頭の片隅に押しやりつつ、理人は話を続ける。

 そんな中リリアは、二人の日本語で行われる日常会話は意識しないと完全に聞き取ることは出来なかった。しかしショーケースの中の様々な部位に綺麗に分かれた商品を見つつも、二人の会話で分かる単語を半分無意識に拾っていた。


「今月も暑くなりそうですね」

「ホントよ。食中毒には気を付けてるけど、それでもやっぱり怖いものはあるわ」


 主人はちらりとショーケースの中を見やる。表面には結露で露が付いていた。中にある腐りやすい肉などはきちんと冷蔵されて殺菌されたトレーの上に置かれているようだが成程、この気温では長くは持たないだろう、と理人は思った。


「おかげで狩猟依頼も増えて来たし」

「旦那さんは今日も?」


 店の奥を意識すると、人の気配が無い。この店の主人である女性の旦那、髪に白髪が混じり始めてなお現役の、おしゃべりな狩人は今日は留守のようだった。


「ええ。朝方、大きな鹿を仕留めたって。多分最近のはそいつね。夕方にはバラしたのが届くから、待たせるけどその時に来ればあるわよ」


 あっけらかに笑う主人。ふとリリアの動きがふと止まり、不思議そうに理人を見る。


『仕留める?』


 彼女はふと聞こえた肉屋としては似合わない単語に疑問を浮かべる。


「いえいえ、どのみちこれから買い物に行く予定だったんで。生もの何で、後で来ます」

「あら、引き留めて悪かったわね」

「お気遣い無く」


 理人がそう言うと、リリアが理人の腕をつつく。理人がなんだ? と日本語で聞くと、あの、とブルガリア語で言った。


「ここのお肉屋さんは、どこからお肉を仕入れてるのです?」


 リリアは聞こえた単語を思い返す。狩猟、鹿、仕留める。


「あー、それな」


 理人は腕時計を確認した。時間はまだあるが、すぐに昼飯時になりそうな時間だった。


「歩きながら話そうか」

「それもそうですね」



槍沢街のイメージは、高速道路とか新幹線で窓の外に見える田園風景の中に家が点在してる風景のイメージ。

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