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21話

いよいよラストバトル

 狐憑きという現象がある。

 多くは患者に多大なストレスが及ぶことによる精神分裂などの精神異常であり、精神病であるとされ、実際そうである。

 しかし、実際に狐が被害者に取り憑くという狐憑きも、存在する。

 そう言った場合、狐はまず被害者の肉体に入り込むのではなく、その精神に干渉を始める。自らの一部を少しずつ切り離し、被害者の肉体という器に入っている精神に、少しずつ溶け込んでいく。そうして全てが融けたとき、被害者は肉体も変異を起こし、狐憑きと化すのだ。

 理人が行ったのは、そういう事だった。霊的存在である榛名の本体、いわば精神を自らの肉体に入れ、部分的に融合しつつ分離させたままにすることでもう一つの術式の演算機構として駆動する。これは榛名の消滅、または理人の精神と肉体の崩壊をも引き起こしかねない危険な賭けだった。

 そして、彼は賭けに勝利した。


「榛名っ!」

『了解っ!』


 横に理人が跳躍する。彼の姿が掻き消え、居た場所を灼熱が薙ぎ払っていった。彼の跳んだ先に落ちているのは――スナイパーライフル。

 着地と同時に横に回転。そのままライフルを拾って前に跳躍。リリアの頭上へ。

 すぅ。

 空中でライフルを構える。引き金を引く。薄青色の発砲炎と共に銃口から7.62mmのタングステン芯の弾丸が飛び出す。それはリリアではなく彼女のすぐ横の地面を狙っていたが、彼女の周りの球殻状の薄紫の膜に触れて50センチも進まないうちに、蒸発して無くなった。


「くそっ!」


 つま先から音も無く着地。そのまま真横に向かって駆け出す。リリアの周囲を回る様に動くことで、狙いをつけさせないつもりだった。

 それでも全方位に攻撃されたらお終いだ……。理人は内心冷や汗をかきつつ、一気に跳躍して廃墟団地の棟の屋上に飛び乗った。そのまま棟の屋上を八艘飛びの様に跳躍していく。そして再び跳躍したところで、体をひねってリリアの方を向き、再び発砲する。

 術式の制御と霊力の供給と増幅を榛名に任せている今、彼は狙撃の演算に集中することが出来た。実際彼の反った弾は綺麗にリリアの股の間を抜けるコースにあった。しかし――


「――駄目だ、弾が蒸発する! あれじゃあ近づけない!」


 放った弾は再び膜に触れて50センチ程進んで、蒸発して消えた。半径5メートルほどのその球殻の内側は、リリアの放出する灼熱ドラゴンブレスで満ちていた。

 棟から飛び降り、音も無く地面に着地して走り出す。リリアの腕が動いた。大きく横に振りかぶるような動作。回避が得策だろう、しかし理人はそれよりも優先することがあった。


 術式展開。


 通常時よりも濃厚な、プラズマの球殻。着地と共に地面と障壁が触れている箇所が融ける。


「5秒だ、耐えるぞ、榛名!」

『了解!』


 収束も指向化もしていない、乱雑に放たれた巨大な壁の様な灼熱ドラゴンブレス。周囲の大地すら焼き尽くされていくその中で、薄いプラズマの障壁1枚で理人は耐える。


『あと3秒!』 


 榛名が叫んだ。理人はその瞬間を待つ。


『あと2秒!』


 こちらを捕捉しているリリアはドラゴンブレスを放出し続ける。


『あと1秒!』


 そして、その瞬間はとうとう訪れた。わずかに収縮する、リリアの灼熱の領域。


「離脱するっ!」


 一気に理人は跳躍した。再びリリアの頭上を通り過ぎる。その目でもう一度確認した――領域が、小さくなっている!


「……打開策が、見えた」

『聴かせてもらおうじゃないか、ご主人』


 理人の立てようと思った術式を榛名が感知し、即座に出力する。変成術式が発生し、理人の周囲の地面から巨大な長方形の形をした岩の板が幾本も伸びる。理人は前方に向かって跳躍し、岩の板を蹴って空中を高速で動く。


「ドラゴンブレスを撃つと、纏っている方のドラゴンブレスが消費されてる。本体に干渉するならそのタイミングだ」

『なるほど。ご主人、あったぞ』


 感覚の強化された先。先程落とした拳銃が、そこに転がっていた。


「まだ使えるといいがねっ……!」


 轟音と共に岩板が紙切れの様に融けて吹き飛ばされていく。その破壊をすぐ後ろに感じながら、理人は岩板を変成し、その上や横を駆けていく。

 岩板が途切れる。理人は空中に躍り出た。拳銃の落ちている場所まで、あと少し。

 視界の端に捉えていたドラゴンブレスが揺らめく。嫌な予感。理人は一気に加速した。その直後に彼の後ろをドラゴンブレスの奔流・・が過ぎていった。

 先程に比べ、精度が増している。

 短期決戦の必要がある。そう思って理人はスナイパーライフルをハンガーに収納し、少し跳躍、そのままスライディングをしながら落下していた拳銃を拾った。スライディングで速度が落ちる。摩擦に任せて足を曲げ、そのまま、一気に後ろに跳んだ。空中で後ろに回転。手足を広げ、海老反りになって回転の勢いを殺す。その下を、ドラゴンブレスの奔流が薙ぎ払う様に通り過ぎる。急には向きを変えられないのか、そのまま奔流は廃墟に衝突して棟を一瞬で赤熱させ、崩壊させた。


『ちっ、やっぱりか!』


 榛名が毒づく。

 拳銃の引き金を、拳銃をリリアの足元に向けて引くが反応が無かった。高温でネジがイカレたか、パーツが融けたか。


「それでも、使い道は……あるっ!」

 

 術式展開。


 カートリッジ内の炸薬に一気に放電、莫大なエネルギーが一気に集中する。理人はそれをリリアに向かって放り投げた。拳銃はドラゴンブレスの膜に接触、一瞬で赤熱し――

――目もくらむような閃光が走った。理人は物理障壁を展開。この間数千分の一秒の出来事だった。

 火球が障壁を撫で、爆風が押し寄せる。だが理人は止まらなかった。彼は進んだ。


「榛名っ!」

『レディーっ!』


 爆風を強引に突っ切った先には、ドラゴンブレスの膜が払われ、完全に裸(・・・・)になったリリアの姿。理人の両手に、莫大な理人の霊力が集中する。

 1歩、両手を後ろに振りかぶる。

 2歩、それを勢いよく前に突き出す。拳は最後に少しだけ残ったドラゴンブレスを突き抜け、右手はリリアのみぞおち付近に、左手は脇腹に触れて、止まる。

 3歩。

 理人が霊力を開放する。溜まった大量の霊力が、さながらAEDの様にリリアの身体に流れ込んだ。青白い閃光が接触部分に迸り、リリアの背後に身長程はあろうかという青白く光るリングが現れた。

 理人の狙い。それは『部分的な狐憑きの失敗の再現』だった。別の霊力を『狐』とみなし、それをリリアの体内に流し込むことで無力化を図ろうとしたのだった。精神汚染は、本部やカティアさん直属の優秀な専門家に任せればいい。ただ眠らせるか、行動不能にするのが目的であった。

 一撃が決まる。リリアの身体からふっと力が抜けた。

 やったか? そう理人が思った瞬間だった。

 再びリリアが顔を上げる。同時に周囲に満ちてくるドラゴンブレス。咄嗟に飛びのこうとした、その瞬間。リリアが乱雑に振るった右腕が、理人の左脇を直撃した。

 巨大な柱で思いっきり殴られたような、そんな感触。口の中に鉄の臭いが充満し、胸からバキバキと長ネギを思いっきりへし折った時の様な、嫌な音が体内に響いた。一瞬理人の視界は暗転。そのまま吹き飛び、まだ赤熱する団地の棟に直撃した。コンクリートの壁を突き破り、2部屋分の壁を突き破って、ようやく止まった。壁から床にずり落ちる。


『ご主人っ! 起きろっ!』


 榛名の声が頭の中に響くが、理人の意識は朦朧としていた。呼吸をしようとすると苦しい。息を吐こうと力をいれるたび、理人の口から血が溢れた。


「あ……うぁ………」


 理人の身体が淡く金色に輝きだし、榛名の治癒術式が損傷した組織を修復していく。

 だが、リリアの周囲には理人を焼き尽くそうと再び淡い紫色のドラゴンブレスが凝集していく。


『早くしろっ! 消し飛ぶぞっ!』


 しかし、理人の身体は動かない。自動車に撥ねられた時並みの損傷。生きているのが不思議だった。


「は……るな……お前だけでも……逃げろ……」

『何言ってやがるっ! あと7秒! 7秒だけあればっ!』


 壁に空いた大穴の向こう。リリアの金色の虚ろな瞳は、真っすぐ理人を捉えている。彼に向かって突き出されたその腕には、纏わりつくように凝集したドラゴンブレス。


『……糞がっ!』


 せめて理人だけは守らなければ。榛名が自身の全霊力を持って障壁を展開しようとした、その時だった。

 遠くに聞こえる、甲高いエンジン音。


『?』


 リリアもそれに気づき、その右腕を理人に向けたまま、その音の方向を見た瞬間だった。

 1機の飛行機が、突っ込んできた。

 その飛行機には、コックピットと呼べる部分は存在しなかった。のっぺりとした、ステルス性を意識した表面には複雑な模様が描かれ、機体全体は鏃の様な、エイのような形状をしている。

 IRUの無人偵察機、アトラスだった。


『死なせてたまるかっ! 帰ってきて報告書と頭下げやがれっ!』


 彼の耳に届くのは、無線から聞こえる、黒部の声。

 アトラスが亜音速でリリア目掛けて突っ込む。ドラゴンブレスの膜に触れた瞬間機体は一瞬で赤熱し、直径20メートルは有ろうかと言う巨大な火の玉を発生させた。爆風はリリアに到達し、その細い体が吹き飛ばされ、爆風に煽られて宙を舞う。やがて地面に力なく落ち、少し転がって、止まった。

 その体に傷は、ない。

 爆発したアトラスの破片が燃えながら辺りに降り注ぐ。

 リリアがゆっくりと起き上がる。敵と判断した理人はまだ排除出来ていない。再び右腕にドラゴンブレスが凝集し出す。そしてゆっくりとその腕を先程の棟に向けた。


「そっちはお留守だっ……!」


 リリアの背後から声。リリアの背中に拳が触れる。直後に迸る青白い閃光とリング。効果を確認する前に、理人は後ろに大きく飛び退く。リリアは地面に力なく倒れ込む。しかし彼女の周囲を漂うドラゴンブレスは、消えない。


「くそっ、まだダメか!」


 そう言う理人の口からは、血が筋になって未だに流れていた。過剰に霊力を使い、膨大な術式を組み立てた影響で目は充血して左目からは出血していた。呼吸もまだ荒く、完全に感覚も戻ったわけではない。

 だが彼は、諦めない。

 戦う事を、やめない。


術式――


 彼の頭上の聖者の光(ホロウ・ニンバス)が輝きをわずかに増す。


――展開。


 莫大な霊力があふれ出し、理人の足元から波紋の様に光が広がって行った。

 異変は、その瞬間に発生した。

 滝の様に降り注ぐ雨が地面に落ちた瞬間、再び浮き上がっていく。

 次の瞬間、地面が不気味に揺れ動く。そしてあちこちから、水柱が上がり始める。水柱の本数は増していき、やがて理人の元に向かって伸びていく。水は理人を中心に渦を巻き、そして、弾けた。青白く光る水滴が、周囲に飛び散っていく。

 理人はスナイパーライフルをハンガーから引き抜いた。空になった弾倉を引き抜き、新しい弾倉を入れてコッキングレバーを引く。弾が薬室に送り込まれる、金属音。

 視線の先ではリリアがゆっくりと立ち上がっていた。その周囲には先に比べて量は減ったものの、まだ淡い紫色のドラゴンブレスが渦巻いている。

 理人は、膝を軽く曲げ、スナイパーライフルを片手で構えてリリアに向けながら、叫ぶ。


「――来いっ! 俺はここだっ!」

「■■■■■■■■!」


 リリアが、吠えた。

 殺到するドラゴンブレス。しかし既に理人の姿はいない。左に跳んだ理人は、スナイパーライフルに術式を込めていく。複雑な術式はいらなかった。ただ、発動の鍵だけでよかった。

 発砲。マズルフラッシュが煌めく。銃弾はリリアの左をすり抜けて向こうの地面に着弾する。

 術式が発動する。周囲から一瞬で集まった水が巨大な塊となって後ろからリリアに襲いかかる。あっけなく飲まれるリリア。しかし次の瞬間、内側からあふれ出したドラゴンブレスであっけなく水塊は蒸発する。再びリリアの周囲に広がるドラゴンブレス。しかしその範囲は3メートル程で、球状だった形は揺らいで歪になっている。

 リリアがドラゴンブレスを再び放つ。理人の進路上にそれは放出された。理人はスナイパーライフルを足元に向け発砲。術式が発動し、周囲の水が一斉に集まって来る。そして理人の左手に、水の濁流が現れた。彼の目の前には、紫色の奔流。理人は左手を振りかぶり、真横に薙ぐように振るう。水の巨大な濁流はドラゴンブレスに突っ込み、そのまま蒸発していく。

 だが、それだけではなかった。

 大量の質量の水が押し寄せる中、水が蒸発して出来た莫大な体積の、熱伝導率の著しく低い水蒸気は、何もかもを焼き尽くすようなドラゴンブレスに、100度という低温(・・・・・・・)の切れ目を、確かに作っていた。

 理人は迷わずその隙間に飛び込む。奔流を抜け、リリア目掛けてライフルを2発撃った。理人の狙い通り、リリアの脇をすり抜けて後ろの地面に着弾する。再び発生する水塊。今度リリアは振り向き、ドラゴンブレスを放つ。水塊は一瞬で蒸発。

 しかし、目に見えてドラゴンブレスの領域は小さくなっていた。

 理人の視界が段々と紅くなっていく。限界はもうすぐそこだった。スナイパーライフルを投げ捨て、領域の小さくなったその一瞬を狙って、リリアの懐に飛び込む。リリアの左わき腹と脇に両手が触れる。閃光が走った。効果を確認する前に理人は飛びのく。

 リリアを覆うドラゴンブレスの領域は既に彼女をやっと覆う程度まで、小さくなっていた。リリア自身も、どこかふらついている。

 あと一発。

 そう思った瞬間、再びリリアからドラゴンブレスがあふれ出した。淡い紫色のそれは、歪な形のまま広がっていく。7メートル程まで膨れ上がると、そこで一瞬止まり、収縮を始めた。

 背筋に鈍い寒気が走る。理人は大きく跳躍。団地の棟の屋上に着地した。もう一度跳躍し、棟の裏に降り、射線を切る。

 ドラゴンブレスの領域は小さくなっていく。そして、リリアの右腕に細く、収束していった。ドラゴンブレスが渦を巻くように回転を始める。リリアが、再び吠える。長い銀色の髪を振り乱し、その右手を振りかぶった。そして次の瞬間、

空が、

切れた。


「え?」


 思わず素っ頓狂な声を理人は漏らす。

 細く、細く、一本に収束したドラゴンブレスはレーザーの様に1筋の光となって空を切り裂いた。リリアはそれを放つ、振りかぶった右腕を静かにもたげ、

 そのまま、振り下ろした。

 巨大な光の剣が降ってきた様な、そんな光景。度重なるドラゴンブレスで半分溶解していた団地の棟は、一瞬で消し飛んだ。射線の周囲の空気が一瞬で超高温高圧のプラズマと化し、急速に膨張して周囲を食い荒らしていく。そして熱せられたプラズマは大気と同じ圧になるまで膨張した後、ドラゴンブレスの奔流に引かれて急速に収縮していき周囲の物を飲み込んでいく。そしてドラゴンブレスはその射線上にある様々な物を削り取り、素粒子レベルまで分解しながら夜空へと伸びて行った。

 細く収束していたドラゴンブレスが途切れ、リリアの周囲に高温が吹き荒れる。周囲の水は一瞬で蒸発し、乾いた地面は熱に曝されて溶け出す。

 爆風で積もった瓦礫が動く。その下から理人が大きな鉄筋コンクリートの欠片を片手でどけながら起き上がった。


「くっそ……なんて威力だ……」


 振り下ろされた瞬間、咄嗟に足元で水を蒸発させて水蒸気爆発で横に大きく跳んでいなかったら跡形もなかっただろう。現につい先ほどまでいた場所は地面が大きく抉れ、赤熱して泡を上げていた。少し横に目をやると、裏山の一部が綺麗に無くなって赤く燃え盛っている。岩石が蒸発する程の高温。最大出力で物理障壁を展開しても消し飛んでいただろう。

 理人はせき込む。思わず手で口を押さえると掌にべっとりと血が付いていた。

 もう、あまり時間がない。

 理人は腕を振り上げ、地面を殴りつける。身体強化の術式によりブーストされた力で、拳は地面にめり込んだ。

 術式に干渉。回路にループを起こし、暴走を誘発する。

 その瞬間、燃え盛る団地は一瞬で荒れ狂う海と化した。

 術式に触れた『水』が連鎖的に次の術式を構築し、爆発的に増殖していく。付近一帯の地下水、雨水は全て暴走下に置かれていく。

 理人は飛び出す。荒れ狂う水の嵐の中でも、リリアのいる場所はぽっかりと穴が開いたように灼熱を保っていた。

 リリアが理人を視認する。再びリリアの右腕にドラゴンブレスが集まり始める。


『ご主人っ!』 


 榛名の悲痛な叫びが響く。

 理人の進む先。荒れ狂う水の谷間で、理人は両腕を左右の濁流に突っ込んだ。

 

 術式展開。


 両拳の先に現れる、2本の、身長程はあろうかという水の弧の刃。放熱の際の摩擦で電気を帯びたのか、青白い火花が散って帯電している。

 リリアの右腕に集まったドラゴンブレスがゆっくり回転を始める。初めはゆっくり。段々速く。

 

 術式展開。


 理人の周囲の水が一瞬で凍り付く。凍ったのは周囲のみだが、理人はそれを蹴って空中へ躍り上がる。

 刃を構える、上段で交差。刃が淡く輝いた。


「いいかげん――」


 リリアが右手を理人に向ける。渦巻いたドラゴンブレス。その掌に、小さな光が現れる。しかし、理人は視線をリリアの瞳を射抜いたまま外さない。


「――落ちろっ!!」


 ドラゴンブレスが放たれるほんの直前、2本の水の刃が振り下ろされた。圧力を開放し、微小な氷の粒同士の摩擦で強烈な電荷を帯びた巨大な白い刃が振り下ろされる。理人の全力の一撃。それはリリアが本能的に纏ったブレスを用いて防御した結果もあって本体には届かない。

 しかし、それでよかった。

 超低温の刃は完全に吸収され、ドラゴンブレスのエネルギーを大幅に打ち消した。リリアの右手に溜まっていて発射の時を待っていたドラゴンブレスも、制御を失って掻き消える。リリアがドラゴンブレスの扱いにまだ慣れていないという前提。それは結果的には正解だったが、危険な道であった。

 そして今、理人とリリアの間には、何もない。

 刃を振り抜いた拳に最後の霊力を注ぎ込む。ブレスレットの様に現れる聖者の光(ホロウ・ニンバス)。理人とリリアの距離はゼロになり、彼は拳を開き、2つの掌を彼女の腹部と右鎖骨の辺りに触れさせる。

 そして、霊力が爆発した。

 夜を真昼の様に照らす閃光。莫大な霊力の置換が起き、2人の頭上に巨大な聖者の光(ホロウ・ニンバス)が現れ、消えた。

 理人の霊力は、もうない。榛名とのリンクが切れ、理人の背中から半透明の榛名キツネが放り出された。

 リリアが力なく理人にもたれかかり、それを何とか抱き留める。理人も、限界に近かった。

 どうだ……?

 理人は消えそうな意識をリリアに向ける。半竜化は解けていないが、ドラゴンブレスはもう消えている。

 リリアがゆっくり顔を上げ、その瞳と目が合う。その金色の瞳の縦長の瞳孔は開いているが輝きは失っていた。その瞳に映るのは、恐怖。

 理人は一瞬逡巡し、そしてゆっくり、なんとかリリアを抱き締めた。手を頭に回し、撫でる。


「……大丈夫だ」

「……」

「もう、大丈夫だ」


 リリアの竜化していた部分が揺らめき、淡い紫色の炎になって消えていく。そしてそのまま、リリアの身体から、力が抜けた。重みに耐えきれず、理人もリリアの下敷きになる様にして地面に倒れる。


「まったく……ホント疲れた……」


 意識が揺らめきながら、彼は愚痴をこぼす。

 雨は止み、途切れた雲の先から見える星空をぼやけた視界で見ながら、理人の意識もまた、闇に落ちて行った。

無 人 飛 行 機 爆 弾

これでリリアちゃんの防御力(物理)が原子炉建屋や格納容器並かそれ以上ということに。


次回は短め。その後エピローグです

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