19話
またも戦闘回
「はぁっ、はぁっ、っはぁっ」
術式を解除するが、強烈な負荷が俺を襲う。立っていられずに思わず膝から崩れ落ちそうになる。必死に踏ん張って、何とか落ちているPDWを拾いに行く。拾おうと屈んで、そこで耐え切れずに転んだ。
口の中に広がる土と血の味。身体強化の術式はとっくに切れていた。よろけながらなんとか座り、PDWをハンガーに仕舞う。
「ぐっ……」
グローブを外し、左腕の傷に右手を押し当てる。鋭い痛みが走る。
術式展開。
不慣れな再生術式。損傷した組織を修復していく。何とか傷口が塞がりはしたが、ちゃんと治療を受けないと後遺症が残るだろう。俺は拳銃を引き抜き、安全装置を外して片手で構える。左腕は暫くまともに動かせそうになかった。
ともかく、榛名と合流しなければ。俺は立ち上がって拳銃を構え、歩き出した。
平衡感覚が完全に戻っていないまま元いた棟に入る。棟の術式とのリンクは先程の霊力切れのせいで完全に途切れていた。
拳銃を構えながら暗い棟内を進む。一寸先は闇だった。自分の心臓の音が妙に響く。1階を過ぎ、階段へ。
榛名の仕掛けたグレネードの位置は覚えている。階段を登った所、3階の天井。階段を、音を立てずに上り2階へ。迎撃は無い。榛名からの応答も無い。ECMは続いているが、歳程よりはレベルが下がっている。2階の階段を上り、3階へ。俺は天井を見上げる。
何もなかった。
起爆した可能性は低い。周囲は何も傷ついていない。だとしたら解除された? 相当腕の立つ魔術師なのだろうか。
とうとう先程榛名がいた階にたどり着く。まだ敵がいるかもしれない。俺は慎重に歩みを進めた。
部屋の前をゆっくり過ぎていく。そして、先ほどの部屋へ。
誰もいない。床には先程プラチナが使っていた段ボールのベッドと断熱シート。
拳銃を片手で構えながらゆっくり部屋に入る。クリア。
「誰もいないか……」
思わずつぶやく。
これで完全に榛名、プラチナとはぐれた事になる。自力で合流しなければ。
そう思って振り返った所で、視界の端で何かが光った。
術式展開。
全力で入り口に向かって駆け出す。ほんの数ミリ秒。壁を蹴って勢いを殺さずに俺は廊下を走り抜け、階段の小さな窓から外に向かって飛び出す。再び空中に飛び出す。
背後で閃光が走る。俺は背中に熱を感じた。さっきより遠いが、威力はデカい。地面が大きく凹む。轟音が体をたたき、炎が団地を照らす。遠くに人影が見えた。榛名じゃない。体格からして女性の様だった。左肩に何か白い物を担いでいる。
物じゃない、あれはプラチナだ。
感覚が引き伸ばされ、世界がスローモーションのようにゆっくり進む。背中のスナイパーライフルを俺は意識した。拳銃を手放し、スナイパーライフルに手を回す。重力にひかれ、ゆっくり落下が始まる。俺はスナイパーライフルを引き抜き、そして右手で構える。不安定な姿勢だが、落下して無重量の今なら、片手で保持できる。それでも狙いは付けられない。プラチナを担いでいる側の反対側に照準を合わせようとする。落下が進む、地面が近づく。落下に合わせて照準をゆっくり上にずらして、
引き金を、引いた。
肩にかかる衝撃。響く発砲音。変な姿勢で撃ったせいかバランスを崩し、左腕を下にして地面に墜落した。強烈な痛みが襲ってくる。
「―――っ!」
俺は右手で何とか体を起こすと、目標を視界にとらえる。右腕に当たったらしい。腕が吹き飛び、倒れていた。プラチナは地面に投げ出され、ピクリとも動かない。
落下した時にスナイパーライフルと拳銃を手放していた。慌てて首を動かし、少し離れた所に転がっているライフルを見つけた。
咄嗟に駆け寄って取ろうと立ち上がる。しかし視界の端で目標の女性が起き上がり、こちらを見て居るのが映った。マズい、狙われた。
女性が一気に跳躍する。空中で左腕が光っているのが見えた。ライフルに構わず駆け出す。
背後で轟音と共に衝撃。衝撃で宙に吹き飛ばされたが、何とか右手を使ってそのまま一回転前転して上手く着地する。一瞬振り向くと、直前までいた場所は融けた岩石の池のようになっていた。その中心で、女性が地面に腕を突っ込んだままの姿勢で固まっている。
そして、こちらを見た。
女性がそのまま腕を大きく振り上げる。地面がめくれ上がり、波か壁の様に押し寄せて来た。女性の姿が見えなくなった。俺はそれを大きく横に跳んで避ける。
腹部に衝撃。跳んだ先に待ち伏せされていた。
口の中に酸っぱくて鉄臭い液体が喉から上がって来て満ちた。殴られた勢いのまま地面を転がり、上下が分からなくなってそのまま止まった。
そのまま、吐いた。息苦しいと感じて、自分がようやく仰向けに倒れているのだと知った。悲鳴を上げる体をひねり、何とか口の中の物を吐きだす。濁った視界の向こうで、地面に赤い液体が飛び散るのを見た。
右わき腹に衝撃。痛みは感じなかった。小さく跳ねて、また地面に仰向けに落ちる。
呼吸が出来ない。体に、力が入らない。考えもうまくまとまらない。
仰向けに倒れた俺の上に、重みがかかる。人影の様だが、右腕が無い。さっき撃った女性か。
女性は左腕を振りかぶると、そのまま俺の顔を殴りつけた。感覚がマヒしているが、鼻の奥のツンとした刺激だけは感じることができた。
「よ―も仲―――対―――許―――い――!」
ぼんやりとした聴覚の向こうで、女性が何か叫んでいる。日本語だった。
視界の奥で、爆発した棟が再び炎を噴き上げた。雨に濡れて段々冷たくなっていく肌を、炎の熱が照らした。
ふと、女性の動きが止まる。女性は振り上げた左腕をぴたりと止め、困惑したような、驚愕したような表情を浮かべていた。
ゆっくり女性の唇が、動く。
「……子供?」
次の瞬間、女性の腹から一本の刀が生えた。女性の口から赤黒い液体が小さく噴き出す。
そして、女性の背後から聞こえてくる、聞きなれた声。
「よくもやってくれたな、人間……!」
金色が背後に少し見えた。
「ご……ると……」
榛名が勢いよく刀を引き抜く。生暖かい液体が頬にかかった。
女性が残った左腕で勢いよく裏拳を繰り出す。当たったらしく、榛名が大きく吹っ飛んだ。何回か転がって、起き上がる。
「くっ……がはっ!」
女性は俺に馬乗りになった状態から立ち上がるが、勢いよく血を吐きだした。ギリギリ致命傷にはならなかった様だ。
榛名がふらふらと立ち上がり、その場しのぎの変成魔術で作ったであろう刀を構える。女性は霊力剣を発生させて榛名に切りかかった。榛名はそれを危うげに刀で受け止める。見ると、榛名の身体は半透明になっていた。かなりダメージが蓄積していたらしい。
俺は何とか上半身を起こし、ハンガーからPDWを引き抜く。
震える手でPDWを構える。照準が揺れ動いて定まらない。狙おうとしている先では、榛名と女性がもつれ合いになっていた。
狙いが定まらない。しかし無理に合わせようとはしない。一瞬の、動きが止まるタイミングを見計らう。
榛名が覆いかぶさられ、女性の左腕が榛名の首を絞める。動きが一瞬、止まる。
俺は引き金を引いた。サイレンサーを通して出る気の抜けたような発砲音が7発響いた。
「……」
女性のタクティカルジャケットに赤い斑点が浮かび上がり、だらりと力が抜ける。榛名は乱暴に女性の身体を横に除けた。力なく倒れ、女性はそのまま動かなくなった。
俺もついに限界、といった雰囲気で体が動かなくなる。
「ご主人っ!」
榛名が駆け寄って来る。
「大丈夫か、ご主人!」




