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14話

 再開発の遺産。今でも雑誌で時々取り上げられる事がある。地方の人口流出をどうにかしようと地価の安い地域に集合住宅を無計画に乱立させた結果ゴーストタウンと化した地区。それは俺の担当地域である槍沢町も例外ではなく、人が空いた空白地帯に人外が流れ込む形となった。それでも埋まっていない区画は――。


「……」


 プラチナが息を呑む。窓から見えたのは広々とした山の麓に広がる廃墟と化した団地。広大な敷地は有刺鉄線が上に張られた金網で囲まれ、金網には『危険 立ち入り禁止』のポスターが目立ちやすくあちこちに張られている。奥に見える集合住宅は原型を留めている物や倒壊している物が並んでいる。

 廃墟化した団地区域、それが特別作戦区域槍沢町で最も戦闘の頻度が高い所であり、今回の合流地点だった。

 車が右に曲がる。団地への入り口は仰々しいゲートで仕切られている。


「開けてくる。術式の処理は任せる」


 俺は榛名にそう言うとスナイパーライフルにマガジンを取り付け、コッキングレバーを引いた。薬室に弾が入る音。


「了解……ゴー」


 榛名の合図と共に術式が榛名の制御下に入る。俺はドアを開け、ライフルを静かに構えながら外に出た。安全装置、解除。周囲を警戒しつつ、片手でライフルを構えながら後ろ手にドアを静かに閉めた。ライフルの銃床に頬を当て、いつでも発砲できるようスコープを片目で覗きつつもう片目も開き、トリガーに指を懸けながら周囲を見渡す。クリア。

 周囲を警戒しながら門へ向かう。門は観音開きの金網で、真ん中に鍵が付いている。そっと鍵穴に触れると、静電気が走ったような感覚と同時に霊力が走る。術式が仕掛けられているのだ。俺は術式にコード化した術式を送り込む。錠前が外れる音がした。門を掴んで円を描くように移動しながら開く。錆付いた門が軋んだ音を立てた。片側開けただけだが、車一台は十分に通れる。

 俺は掌を車に向かって突き出す。『待て』の合図。ライフルを構えてもう一度廃墟となった団地を見渡す。

 気配はない。クリア。腕を上げ、こちらに向かって振る。『来い』の合図だ。車がゆっくり動き出すと同時に、上げた腕を下げて進む方向に向かって何度か振った。『止まるな』。

俺は周囲を警戒しつつ、横に逸れた。門を車が通っていく。車が通り過ぎてから、俺は門を再び閉めた。術式を再度仕掛け、門を閉ざす。

 車は止まらない。俺は走って車に追いつくとそのまま地面を蹴り、跳んで車の屋根に乗った。片膝を立ててしゃがみ、ライフルを構えて周囲を警戒する。同時に術式を展開、障壁を展開した。障壁の消費霊力が体に負担となってのしかかる。息苦しさが増した。汗が頬を伝って首筋に流れ落ち、インナーに染みこんで直ぐに乾く。喉元にひやりとした感触が走った。

 HUDに表示。UAV―OFF LINE。アトラスが帰投したようだ。30分は空の目が無くなるだろう。


『静かだな』


車内の榛名が話しかけてきた。


「騒がしいよかましだ」

『はは、確かに』


 車は徐行しながら廃墟に向かっていく。

 俺は周囲を見渡して警戒する。両目を開いたままスコープを覗いていると、スコープの中の視界が流れていく。

車は団地の奥の棟の前まで来ると、そこで止まった。


「ゴルト、棟を偵察するぞ。ここを拠点にする」

『了解』


 俺はスナイパーライフルを後ろ手にハンガーに仕舞うと、PDWを取り出す。


「リロードする」


PDWからマガジンを抜き、タクティカルジャケットのポケットに刺さっているPDWのマガジンと交換した。残弾、フル。

 俺は車の屋根から静かに降りると、車のドアを開けた。


「プラチナさん、外へ」


 プラチナはこちらを見て頷くと、そっと車から降りた。俺は彼女を庇う様に立つ。続けて榛名も降りて来た。手には拳銃が握られている。前衛を俺、後衛を榛名にしてプラチナを囲みながら周囲を警戒しつつ、棟に入る。

 棟の中はすっかり風化し、完全に廃墟と化している。壁のペンキははがれてコンクリートがあちこちでむき出しになっていた。床もボロボロで、壁がはがれたと思われる石が散乱し、塗料が剥げて踏むとサクサク音がした。

 PDWを構えながら進む。エントランスを抜けて通路に入ると、ドアがずらりと並んでいた。

 俺は床に落ちている小石を拾い上げると、アンダースローで投げる。小石は床に当たって音を立てながら通路の奥に当たった。通路に音が響く。五感を澄ます。


「……よし、部屋を確認していくぞ。ゴルトは廊下でプラチナを護衛しながら待機」

「了解」


 敵に先回りされていないか、それをまず確かめる必要があった。俺はドアに近づくと、ドアを押す。ドアノブはとれていて、ドアは押しただけで錆びた音を立てて開いた。PDWを構えて部屋に入る。解体工事が途中まででも進められていたのか、それとも建設途中で工事が中止されたのかは分からないが、部屋には何もなかった。壁も取り払われ、がらんとしたスペースが広がっている。PDWを構えて部屋を見渡す。影になっているところは移動して確認する。確認したが部屋には何もいなかった。


「クリア」


 俺は榛名に聞こえるよう言う。全部を確認するのは骨が折れそうだ。そう思いつつ、俺は侵入者探知用の術式を壁に仕掛けて次の部屋に向かった。



 1時間程で建物すべてのクリアリングは完了した。今は最上階の部屋の一つに拠点を構えている。UAVとの通信も復活していた。


「で、どうする」


 榛名が聞いてきた。


「本部との連絡は取れているからな。このまま2人で護衛していても埒が明かないし、応援を呼んで回収してもらう。それまでは籠城だ」

「敵が来るのが先か、要請が通るのが先か」

「言うな、考えたくもない」


 俺は構えていたPDWの安全装置を入れ、背中のハンガーに固定する。そしてスナイパーライフルを外して壁際に座り込んだ。マガジンを外し、コッキングレバーを3回引いて排莢すると共に薬室に弾が入っていない事を確認する。出てきた未使用の弾は拾ってマガジンに押し込んだ。


「ギアの確認か」


 榛名が言う。


「一応な。頑丈とはいえ散々振り回した後だ。さっきは出来なかったが、万一にも照準がぶれいてたら困る」


 俺はスコープの取り付け金具などのチェックを行っていく。機関部は弄れない。


「で、彼女。どうする?」


 榛名が親指で指さした先には、保温シートに包まり、床に敷いたダンボールの上に横になっているプラチナの姿があった。


「暫く休ませてやってくれ。多分相当疲れている。一般人がこんなのに巻き込まれたんだ。無理もないだろう」

「了解だ」


 チェックが終わる。俺はマガジンを入れてコッキングレバーを引いた。弾が薬室に入る音。安全装置を確認、オン。俺は立ちあがるとライフルを背中のハンガーに固定した。


「さて、やるべき事をやっておきますか」


 俺は右手のグローブを外し、屈んでそっと触れる。


 術式展開。


 このエリア全体に張り巡らされている術式。それに増幅式で増幅させた俺の霊力を流し込む。一瞬負荷がかかるが、すぐに仕掛けられた術式が起動し、内部の式で自立稼働を始める。触れている部分の術式が淡く、青白く浮かび上がった。正三角形と正六角形と円が複雑に線でつながった術式は、俺に電気回路を思い起こさせた。

 少しすると術式から応答があった。

 認証を求める。

 俺は認証用の術式を記憶を頼りに組み立て、このエリアの術式に接続した。数瞬の沈黙。その後術式が正常に起動した事を、俺は頭に一気に流れ込んできた情報で確認した――する羽目になった。


「――おいっ!」


 はっとして我に返ると、榛名が俺の顔を覗き込んでいた。鼻がジンと熱くなっているので、手で拭うと軽く鼻血が出ていた。この程度だったらすぐ止まるだろう。


「すまん、大丈夫だ」


 俺はそういうと、少しクラクラしつつも立ち上がる。


「また、か。こいつも改善した方が良さそうだな」


 榛名は下を見ながら靴で床を数回踏む。


「あぁ、起動するたびにこれじゃかなわん。そんな事だろうと思って、クリアリングする前にやらなくてよかった。万一とはいえ敵の目の前で無防備にはなりたくないからな」


 俺は術式とのリンクを確認すると、入って来る情報量に制限をかけ、術式をゆっくりと作動させる。先程とは違ってゆっくりと脳に染みこんでくる情報。生命反応、温度、風速エトセトラ。この棟のあらゆる情報が伝わって来る。ゆっくりズームアウト。隣の棟に焦点を合わせ、スキャン。生命反応なし。


「……次」


 次々にこの戦闘区域内をスキャンしていく。人の反応は、ここを除いて、無い。


「クリアだ、榛名ゴルト


 俺は深呼吸をする。肺に冷たい空気が流れ込んで全身の血に融けていく。長い間水中に潜っていたかのような気分だった。

 俺は腕の端末を操作して、HQに回線をつないだ。


「こちらステイン。HQ、拠点を確保した」

『こちらHQ……ステイン、少々マズい事になった』


 どうやら嫌な予()が当たったらしい。


『一応確認しておく。作戦コードはZH0012A22で合ってるな?』

「はい」


 出撃前のブリーフィングで聞いた作戦コードは、今言われたコードと一致していた。

 無線機から通じて聞こえてくる、言い争いの様な音。少し待っていると、マイクを取る雑音と共に声が戻ってきた。


『……ステイン。どうやらその作戦、上層部で許可が下りてない様だ』

「は?」


 おもわず素っ頓狂な声を上げる。榛名が何事かといった表情でこちらを見ていた。


『いや、作戦計画書は通達されているんだが、それが上層部の許可を得た形跡がない。要するに作戦担当が先走ったようだ。どんな意図があったかは知らんが』

「クソッ、仮にも軍事組織だぞ、どうなってる!?」

『わからん。こちらもこちらで調べてみるが、どうもこの作戦、何かがおかしい。なんでそんな女の子を魔術師3人が追いかけまわしてるのかも不明だ』


 俺はプラチナの方を見る。断熱シートが呼吸に合わせてゆっくり上下していた。


「わかった。よろしく頼む」

『救援要請の件だが、さっきの話からするとかなり絶望的だ。ともかく、別命あるまで現地点で待機する事』

「了解。ステイン、アウト」

『HQ、アウト』

ブランクって、厳しい。

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