12話
おひさ。今回は幕間みたいなもん。
数分後、レーションを食べている最中に通信が入った。『アトラス』経由の暗号化通信だと表示される。リンクを接続。
「こちらステイン」
『こちらHQ。ステイン、貴君はこれより本部の指揮下に入る、と。という訳だステイン。これからお前を俺がオペレートする』
通信機から黒部の声が聞こえてくる。
「了解。援軍の話は」
『今上に通しているところだ。ともかく、現在の区域で戦闘行動をとられると人払いにも限界がある。別の特定作戦行動区域に移動してくれ』
魔術師や人外を相手に戦闘を行った場合、戦闘エリアが生活圏に重なれば、現在の区域の様に結界が作動し、人払い――つまり隠蔽処理がされる。なお、結界の作動が不十分と確認された場合、戦闘エリアに残された一般人の保護が作戦目標の次に優先される。この長野支部が存在する地域も特定作戦行動区域だが、いかんせん規模が大きい為、結界の維持も相当な負担がかかるだろう。そこで、もう少し、戦闘エリアと同程度の規模の区域に移動してくれ、という事だろう。
尚、特定作戦行動区域は社会への参加を望む人外が多い。これは、『こちら側』である分隠蔽がしやすいのが理由と、万一戦闘に巻き込まれた時に自分で自分の身を守れるからと言う点が大きい。
「了解。何処の区域に移動すれば?」
『最寄りの作戦行動区域は4つ。一番有力なのは、お前の管理区域の槍沢町だろう』
「理由は?」
『まず第一に、近い。次に、お前は狙撃兵だ。白兵戦に持ち込まれる可能性を考慮すると、地の利はあった方がいいだろう。』
「他の候補は?」
『少々遠くなるが、ゴーストタウンを丸々区域にした地区が一つ、他には槍沢町と同じようなエリアが2カ所だ』
暫し、思考。そして答えを出した。
「了解した。現時刻より、松代区域から槍沢区域への移動を開始、そこで救援を待つ」
『了解、救援要請を通しておく。だが即応性は期待するな。上層部は大混乱だ』
恐らく、俺の作戦への参加か魔術師の襲撃が上層部にとって不測の事態だった? それともそもそもプラチナの一家の襲撃か?
一瞬だけ思考をめぐらせると、俺はここから移動すると二人に告げる。プラチナを見ると、心なし顔色が良くなっていた。
「榛名、移動するぞ、槍沢町の作戦区域に移動することになった」
「了解。足はどうする?」
榛名が言った時、ふと、周囲の空気が変わる。静けさが消え、纏わりつくような暑さが戻った感覚。人払いの結界の効果が切れたようだ。
「隠蔽処理が間に合わない。裏の駐車場に停めてある車で移動する」
「了解」
榛名だが、こんななりでも一応免許を持っている。連合での教習を受けて取ったものだった。
榛名は車の鍵を取りに2階に上がっていった。
「プラチナさん、具合は?」
「大分良くなりました。ありがとうございます」
先程のレーション、腹持ちはかなりいい方である。
「あの、ステインさん。その……お尋ねしたい事が……」
プラチナが俺に聞いた。
「何です?」
「先程の……美味しかったのですけれど、あれは、その……」
「何なのか知りたい、と」
「はい」
彼女が頷く。
「その質問には機密性も何も無いので、答える事は出来ますが移動が先です。車に移動してからにしましょう」
「あ、はい」
俺としては一刻も早くここを離れたかった。この場合、移動しなければ移動するより見つかる確率は高くなる。榛名が鍵を取って戻ってきた。
「出ます。離れないで下さい」
プラチナが頷く。
ドアを開けて外に出る。蒸し暑い空気が体を包む。周囲を警戒しながら駐車場に移動する。裏手の駐車場にある黒塗りの車。一見普通の車に見えるが、扉と窓ガラスは防弾処理が施してあるし、フレームにはカーボンセラミックス製の防弾プレートが仕込まれている。俺と榛名はプラチナを囲みながら移動する。車にたどり着き、運転席のドアの所にキーを差し込んで回すと、車のドアロックが解除された。ハッキング対策にこういった所にはしばしばアナログな部分が挟み込んである。
「さぁ、中へ」
右側のドアを開けて、プラチナを半分押し込む様にして中に入れる。その間俺は周囲を警戒し続けた。その間に榛名が運転席に乗り込み、車のエンジンをかけた。静かなモーターの回転音が聞こえてくる。
「ご主人、行けるぞ」
「了解」
俺は邪魔になるスナイパーライフルをハンガーから外し、プラチナの後に続いて後部座席に乗り込む。同時に隠蔽のための魔術を行使した。
術式展開、隠蔽術式。
車の表面に術式を走らせる。霊力による探査パルスを反射せずに吸収する術式で、大まかな位置を誤魔化す程度の隠蔽能力がある。ステルスと同じだ。続いて俺は腕の端末を弄り、ドローンの状態を確かめる。バッテリーの残りが少ない。ドローンは置いて行こう。ドローンの戦闘状態を解除し、着陸、休止モードに。
榛名が車を出す。燃料電池で動くモーターの静かな音が、ゆっくりと高くなると同時に車体が滑らかに動き出した。
車は道路に出る。もう道路には車や人の姿が戻っていた。先程戦闘した区画は通行止めになっていると交差点の手前の電光掲示板に表示されていた。
「処理は上手く行っているな」
運転席で榛名が言った。大方水道管の破裂か突風といったカバーストーリーによる事後処理がされるだろう。大通りに出た所で右折し、線路に沿って続く国道を走っていく。多少安全になったとはいえ、追手が人目を気にせず襲ってくる可能性も無くはない。正直気が抜けなかった。
俺はUAVとの接続を確認する。腕の端末を弄り、UAVとの交信状況を確認するとデータリンクは順調に行っていた。UAVの監視状況を見るが、異常は見られない。おそらく仕掛けてくる気はないか、見失ったか。
最低限の警戒はしつつ、俺は索敵を榛名に任せて一旦気を緩める。術式に霊力を使っているせいで、少し息苦しかった。
こっからラストまでが不安でしょうがなかったり。