11話
会話回、ちょっと短め
そう言って、彼女は俺に向かって弱弱しく笑ったのだった。彼女の頬には、涙の跡があった。
「構いませんよ」
「ありがとうございます」
俺は談話室に入る。入った所で扉を拾って元の位置に嵌め直す。外れやすく作られているので、嵌め直すのも簡単だった。靴を脱ぐのは一苦労なので、座敷に腰掛けた。スナイパーライフルが邪魔だったので一旦ハンガーから外し、横に置く。
「ステインさんは、何てお名前なんですか?」
プラチナが言う。
「すいません。本名に関してはセキュリティの問題で、作戦中は話せません」
「あっ、そうなんですか。すみませんでした」
少し残念そうに言うプラチナ。
「まぁ、作戦が終わったら問題ないですから。名前はその時で」
「そうですね。ええと」
プラチナは次の言葉を探しているのか、一瞬上を見た。そして少し考えた後、思いついたのかあっと言葉を漏らした。
「そういえば、ステインさんはお歳は幾つ何ですか?」
「16です。今年の春に誕生日を迎えました」
「私も16なんです。ついこの間、誕生日で。同い年だったのですね」
プラチナは軽く微笑んだ。しかしそれのみで会話は続かない。プラチナの笑顔があっという間に曇る。どうしようもならなくなって、俺はプラチナから顔をそらして軽く頭を掻いた。
「……ステインさんは、強いのですね」
会話に完全に詰まった頃、プラチナが呟いた。ふと彼女の横顔を見ると、自嘲とも取れる様な笑みを浮かべていた。
「私と同い年なのに、戦って。私なんて、守られていただけなのに」
俺は返事をせずに黙りこくる。返すべき、適した言葉が見つからなかった。
「家が襲撃にあった時も、何もできずに只逃げただけで。本当に、ドラゴン何ですけどね。私」
声が震えている。そう思ってみると、彼女は自らを抱き締めて震えていた。
「情けなくて……」
声が震える。彼女が酷く小さく見える。
昔の自分の様だ。俺はそう思った。周囲に渦巻く『怖い物』から守ってもらっていた、小学校の頃の自分。胸の傷がジクリと痛み出す。
結局、俺はあの頃から変わることが出来たのだろうか?
俺は天井を見上げる。ため息。いろんな事がまた頭をぐるぐると回り出す。耳の奥で銃声が響いている。
俺が戦う理由。ツツジを守る為? 別に俺が戦わなくてもいい。むしろ、少年兵に当たる自分の存在はむしろ邪魔なのではないか。でも、それでも俺は戦う道を選ぶ。一体どうして?
「……あんまり、意識した事はないですね」
「え?」
プラチナが顔を上げる。
「戦う理由、ですよ。正直言うと、戦っている最中はそんな事を考える事は無い。何で戦っているんだ、とか、人を撃った、とか、そういう感情に襲われるのはいつも戦いの後ですよ。戦っている最中は何も考えない。ただ、生きる事だけを考えている」
俺は、プラチナを見ずに、ただ扉を見つめながら言う。
「だから、プラチナさんも、今は生きることだけを考えていてください。今に全力を注いでください。後で後悔しない為に」
『最善を尽くして、後は神に任せなさい』。カティアさんが俺によく言う言葉だ。
「本当に、ステインさんは強い人ですね」
プラチナが呟くように知って言った。かすかに羨望の色が見て取れる。
「ステインさんにはご家族はいらっしゃるんですか?」
プラチナが興味津々に聞いて来る。あまり個人情報を漏らすことは出来ないが、まぁある程度までならいいだろう。
「妹が一人。それだけです」
「妹さん? ステインさん、ご兄妹だったのですか?」
「ええ。昔、色々あったせいで寂しい思いをさせてしまって。大きくなってもじゃれついて来る、可愛い妹です」
時々洒落にならないレベルの『じゃれ付き』をしてくる事もあるが、それはご愛嬌という者だ。目に入れても痛くないだろう。
「私にも姉がいるんです」
プラチナが言った。
「昔、私、結構引きこもりがちの暗い性格で。そのせいで家族にはかなり迷惑かけてしまって。それでも一番に私を気遣ってくれたのが姉だったんです」
プラチナの声が震えはじめる。しまった、と思った。プラチナは懸命に涙をこらえている。
「襲撃があった時にも、私を庇って「生きてますよ」?」
俺はプラチナの言葉を遮って、言った。妙な確信が胸に宿る。いつもの勘だった。
「生きてる。プラチナさんのご家族は、きっと生きています」
確信を持って告げる。プラチナは間接的にとはいえカティアさんから頼まれた人物だ。カティアさんの管理下にあると見て間違いないだろう。あの人が管理下の者を死なせるようなヘマをするとは考えられなかった。そして、連合の医療班は優秀だ。死んだ人間でも20分以内なら生き返らせられるような連中である。そしてプラチナの家族はドラゴンだろう。そうなると、間違いなく生きている。
それに俺の勘は告げていた、生きていると。
「なんだか、元気が出てきました」
プラチナが少しぎこちなく微笑んだ。
「今が頑張り時です。さぁ」
俺は立ちあがると脇に置いていたスナイパーライフルをハンガーに取り付ける。
そしてプラチナに手を差し出した。
プラチナは一瞬驚いた表情をする。だがすぐに頬を緩め、俺の差し出した手を握った。俺はその手を心なし強く握る。プラチナもその手を握り返してきた。意外と力が強かったのは、ドラゴンだからだろうか?
ドアがノックされる。咄嗟に霊力の確認をする。榛名だった。
「いいぞ」
「入るぞ。ご主人。レーションのマナのパンだけ置いてあった。取りあえずこれで腹は膨れるだろう」
「ありがとう、榛名」
「3人分だ、プラチナさんと一緒にご主人も食べるといい」
榛名が銀色のビニールに包まれたレーションを渡してくる。開けると、煎餅サイズの硬いパンが中に入っていた。
「プラチナさんもどうぞ。榛名。連絡が本部とつながり次第出るぞ、あまり一か所にとどまりたくない」
「了解」
ストックが尽きました。やべぇよ、ヤベえよ……