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9話

9話

 俺は腕の端末を操作して戦術ネットワークに接続する。現在位置から長野支部までの道のり、方角、距離を表示させる。拡張現実(AR)が変化する。正面に『DATA―LINK』の表示が出、下にゲージが表示される。ゲージはすぐに埋まり、半透明のマップが空中に浮かび上がり、長野支部のある位置の上空に大きな矢印とそこまでの距離が現れる。直線距離、14キロ。


「歩いて4時間位か」


 最短ルートを検索。表示されたマップに現在位置を示す矢印とルートが追加される。まるでカーナビだ。


「走ればもう少しは早くなるが、どうする?」

「霊力は温存しておきたい。普通に徒歩で行こう」


 先程から式神しか襲ってこない。じきに主人――つまりは人間の魔術師が来るだろう。そうなれば、苦戦するのは確実だ。少しでも条件を良くしておきたかった。そもそも先程からの式神の襲来は、こちらの体力、霊力を消耗させるための物だろう。ほぼ戦力にならないといっても過言ではない餓鬼が大量に襲ってくるのが理由だった。


「1匹見たら30匹はいると思え、だな」


 俺は腕の端末を操作する。ドローンを索敵モードに。ドローンが高度を上げ、周囲をレーダーで警戒し始め――爆発した。


「!?」


 2機あったドローンのうち1機の、4枚あるファンの片側2個に長い槍状の物が突き刺さっている。バランスを失ってクルクル回り出すドローン。もう1機は防御プログラムに従って高度をビル群の下まで下げた。落下し始めたドローンには、まだ大量の弾薬。


「ブレイク、ブレイク!」


 俺はプラチナを咄嗟に抱きかかえる。身体強化の術式を展開、最大出力で霊力を流し込んだ。2人分の負荷が疲労の様に全身に襲い掛かる。俺は全力で地面を蹴った。空気を押しのけるはっきりとした感触。道路が水面に石を投げいれた様に大きく波打ち、ひび割れていく。

爆発的に加速、風圧で街路樹が揺れた。

 次の瞬間、ドローンの弾薬に火が付いた。

 後方で閃光。プラズマを用いて形成した物理障壁を後方のみに展開し、更に護衛対象プラチナを押し倒して地面に伏せ、その上に覆いかぶさることで体を張って庇う。次の瞬間、衝撃波と銃弾が結界を揺らした。


「くっ……!」


 結界に次々と走る衝撃、何発か減衰できずに貫通した。太腿に火傷の様な熱さを感じ、すぐにそれがじんわりとした痛みに変化する。被弾した。かすり傷だ。


「ゴルトっ、無事かっ!?」


 俺はドローンの破片が降り注ぐ中、念話で榛名に向かって叫ぶ。


『こちらゴルトっ! くそっ!』


 念話越しに聞こえる榛名の舌打ち。上を見ると、閃光がビルの上で煌めいている。


『僕は平気だっ! 交戦中っ! 敵は3、魔術師だっ!』


 次の瞬間ビルが爆発した。敵の攻撃か榛名の流れ弾か。大量のガラスの破片や鉄骨、コンクリートの破片が宙を舞う。俺はプラチナを抱きかかえ、再び走り出した。降り注ぐ破片をかいくぐり、全力で走る。地形の特徴を最大に利用した攻撃だった。

 道路が急にせり上がる、巨大な土壁が姿を現した。俺は全力で跳びあがる。壁を跳び超え、ビル群の上に(・・・・・・)


『ご主人っ! 罠だっ!』

「――ああ、そうだと思ったよ」


 跳びあがり、必要な運動量をプラチナに与えた直後に俺はプラチナを手放した。同時に背中のハンガーのスナイパーライフルを引き抜く。空中で体をひねり、体を回転させつつ同時にライフルを構えた。銃床ストックを肩に当て、頬を付ける。スコープから見える景色が流れる。その中に――いた。

 それが何か――少なくとも榛名ではない――認識する前に照準が合う。俺は躊躇いなく引き金を引いた。銃口が跳ね上がる。スコープから標的が消えた。俺はライフルを持ったままプラチナを空中で引き寄せる。自由落下。空中で体勢を立て直し、道路に着地した。道路のアスファルトにひびが入った。


「あ、あのっ、ステインさんっ」

「後でですっ!」


 プラチナが何か言いかけたがそれを遮って走る。


「ゴルトっ! 護衛対象を隠し次第援護に回るっ!」


 俺は榛名に向かって念話で叫ぶ。しかし数秒の沈黙ののち、榛名から返答があった。


『いや、その必要はない』

「どういう事だ!?」

『引いて行ってる。体勢を一旦立て直すつもりらしい』


 腹の中で、どす黒い予感の様な物が芽生えた。


「……どういう事だ?」


 俺は榛名に尋ねる。心なし、震えている様な気がした。

 榛名は数瞬言いよどみ、それから一度唾をのみ込み、言った。


『ヘッドショット、ヒット。エネミー1、ダウン』


 全身から力が抜ける様な感覚。しかし俺はそれを堪える。


「……そうか。合流してくれ」

『離れすぎた。時間がかかるかもしれない。何処かに隠れていてくれ』

「了解」


 念話が切れる。走る脚が重くなり、ゆっくり速度を落として止まった。

 俺はプラチナを地面に降ろすと、手を引いてビルの間の物陰に隠れた。術式を消し、気配を殺す。隠蔽を済ませると、全身にかかる重圧感に俺は背中をビルの壁に付けてへたり込んだ。


「あー……くそ、やっぱり慣れねぇ」

 人を、殺すという事は。


 魔術師になって、多角マルチ部隊に所属して、覚悟はしていた。決意もあった。スナイパーになって、その銃口を何に向けて引き金を引くのかも知っていた。あの時、撃たなければ俺も護衛対象も間違いなく殺されていた。

 人を殺したのも、これが最初では無かった。

 それでも、嫌な感触は胸のうちに残り続けた。

 いつかはこの迷いが命取りになってしまうのだろうか。ふと脳内にツツジが浮かぶ。あいつを独りにしてはいけない。でもそうならない為には、俺は引き金を躊躇ってはいけない。


「……くそったれ(ファック)」


 英語の最大限の侮蔑の言葉を呟く。誰にも宛てた言葉でもないそれは、静かに空に融けていく。


「……あの」

「……何ですか」


 プラチナが言う。俺は彼女の方を向かずに答える。プラチナが息づまる声が聞こえた。それからプラチナは少しだまり、それから声を絞り出す様にして言った。


「ごめんなさい……」

「何で謝るんですか」


 不安にさせたのか。そう思って俺が気丈に振る舞ってプラチナの方を見ると、彼女は潤んだ目でまっすぐこちらを見ていた。肩が震えている。


「だって、私を守る為に、ステインさんはとても苦しんでいるのに」


 優しい少女だ。そう思った。自分の命が狙われている状況なのに、自分を守る人の心配を出来る。まるでおとぎ話のお姫様だな。そう思った。

 でも、彼女には何も出来ない。あくまで彼女は護衛対象だ。

 八つ当たりにも近い、いや、完全に八つ当たりな感情が浮かぶ。俺はそれを押し殺した。


「別にいいんですよ」


 俺は立ちあがりながら言う。


「これは、俺の任務ですから」

「ステインさん……」


 表の道路で着地音。榛名だ。


「行きましょう。心配しないで下さい。なにがなんでも、俺は貴女を護りますから」


 俺はプラチナに向かって言う。俺を見るプラチナの金色の瞳は、ひどく悲しげだった。


プライベート・ライアン、見てみようかなぁ

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